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48・☆舌戦

 

 

 

 さりげなく入ってさりげなく去る予定だったシリウスたちだったが、会場の人々は遠慮なく視線を投げかけてくるし、話しかけてこないくせに遠巻きにしている人の輪も全然減らない。

シリウスは父と兄の姿を見つけると、傍に駆け寄って小声でささやいた。


「勝手にきてしまってごめんなさい。実は、このあと少しだけ三人で出かけようと思っているんだけど……」


「出かける? どこへ」


 父よりさきに答えた過保護な兄の返答は、問いかけの中にすでに「心配」の成分が含まれていた。


「建物の下に屋台村ができてるみたいだから……。外の空気をすいたいんだ。アルファが顔が見えにくいようにコートを用意してくれたし、兄上たちの分も食べ物を買ってくるよ」


 首脳会議にやってくる異国の要人や、その同行者の財布の中身を目当てに、建物の周辺に屋台が出ていることはライオネルもルークも知っていた。

ロンや騎士たちなどは、屋台を出している商人たちの思惑通り、自由な時間を使ってすでに何度か外で買い物をしてきている。

本当はかわいい弟をずっと部屋に閉じ込めておきたいぐらいだったルークだが、シリウスがここに来てからあまり元気のないことも知っていた。

本人は何も文句を言わないが、初めての外国なのに、楽しい要素が何もないどころか、会議場では敵意に満ちた人々に囲まれ、さぞかし怖かったはずだ。

心配ではあるが、少しだけでも外に出してあげたかった。


 父王も同じ思いなのだろう、ルークの心を読んだようにうなずいている。

屋台は会場のすぐ傍にあったし、竜人たちが傍にいればめったなことはないはずだ。

ライオネルはシリウスの頭を力強くなでた。


「アルファ殿とカイル殿の言うことをよく聞いて、二人が行くなという場所には決して近づかないこと。ちゃんと約束できるなら、行ってもいいよ」


「はい!」


 父と兄にわかってもらえてうれしかったのか、久しぶりに満面の笑みになったシリウスを、家族だけではなく竜人二人とロンもほほえましく見守った。

さしあたっては、この会場から「さりげなく」退出するのが目標だ。


 

 ウェスタリアの一行がこっそり相談し合っていると、さきほど話しかけてきていた軍事国家の将軍が再び戻ってきた。


「ライオネル陛下。次男殿下もみえられたようですな。私にご紹介願えましょうか」


 ルークは内心、なにが「みえられたようですな」だ、と舌打ちしたい気分だった。


 さっきシリウスが会場に現れたとき、この男はライオネルに挨拶もせず、すばやい動きでシリウスの方へ向かったのだ。

近くまで行ったものの、自分ひとりでは睨みを利かせる竜人たちに近寄れなかったのだろう。

しかし紹介して欲しいと請われればライオネルも拒否するわけにいかない。


「シリウス、こちらはグリード皇国のナスル将軍であらせられる。将軍、当家の次男シリウスです。後ろの二人は赤竜公殿と黒竜公殿。我らの友人です」


「はじめまして、ナスル将軍閣下。シリウスです、よろしくお願いします」


 シリウスが笑顔と共に手を差し出すと、ナスルと紹介された男は、その手を無駄に力いっぱい握りしめた。


「こちらこそ、よろしく」


 竜人の方々も、と言おうとして、見上げた彼らが「不愉快」を隠そうとしないので作り笑いを引きつらせた。

だが、まがりなりにも強国の将軍であるので、そこであきらめたりはしなかった。

竜人たちと握手できないのであれば、と、シリウスの手を両手でしっかり握ったまま放さない。


「シリウス殿下、殿下は異国に興味はおありですかな?」


「はい。外国は今回が初めてですが……」


「では、ぜひ我がグリードにもいらしてくだされ。もちろん、竜人の方々も歓迎いたしますぞ。これから具体的な日取りを検討いたしませぬかな。あちらで茶でも飲みながら、ゆっくり」


「えっ? でもそれは、ぼくには決められません」


 手を放してもらえないし、なんだか困ったことを言われたし、シリウスはつい父を見た。

次男の目線を受けて、父が答える。


「将軍、シリウスはまだ幼く、当分外遊の予定は入れられないのです」


「ほう、それでは、竜人の方々だけでもいかがですか? 赤竜公か黒竜公、どちらかお一方ひとかただけでも、我が国を見ていただければ素晴らしさが伝わると思いますぞ」


 将軍とウェスタリアの一行のやりとりを、周囲の人々は視線をやらずに耳だけを傾け、興味津々の様子で伺っている。

話し声が極端に減ったのがその証拠だ。


 ナスルの提案を聞いたカイルは、無言のまま予告なく動いた。

シリウスの手を握り続けている将軍の手首を掴んで主から引き離す。

突然の無遠慮な行動にナスルが仰天していたがまったく気にしない。

シリウスがほっとした表情になったのを見て、カイルも微笑む。

そして将軍に向けては限りなく冷えた視線を投げかけた。

炎に燃えるような赤い瞳なのに、その視線は氷よりも冷たい。


「私がシリウス様のお傍を離れることは永遠にない。したがって、シリウス様のご要望でもないかぎり、私一人で他国に赴くなどありえない。そのことは先日の会議で十分伝わったと思ったが」


 相手が誰であろうと敬語を使わなくとも責められないのは、竜人に与えられた特権のひとつだ。

それでも普段のカイルは礼儀を守り、身分ある相手や年長者に対して敬語だったが、この場ではシリウスとその関係者以外に敬語を使うつもりがないようだった。

ナスル将軍は若干ひるんだが、それでもそのままあきらめたりはしなかった。


「で、では、黒竜公殿はいかがですかな? 国民一同歓迎いたしますぞ。ご主君のためにも見聞をひろめてみては」


 だがアルファは将軍に返答しなかった。

聞こえなかったわけはないのだが、無視されるなどという無礼な行為をされた経験のないナスルは状況を掴みきれず、


「黒竜公殿、いかがですかな?」


と、めげずにもう一度問いかけた。

だがアルファは今度も返事をしなかった。

視線をやることすらしない。

通常、誰かが誰かを無視すると、あるべき流れが断ち切られ、不自然な空気が重苦しい雰囲気を作るものだが、アルファはナスル将軍がまるで最初から存在しないかのように、ごく自然に放置した。

誰にも真似できない完璧な黙殺だった。


 普通であれば将軍は抗議してしかるべき場面なのだが、ナスルはあの日、会議場にいて、怒り狂う黒竜の姿を見た人間の一人だった。

あらがえない死を予感させられる、この上ない恐怖を体験した人間だ。

黒竜公は、一個人ごときがなにをどうやってもかなわない相手なのは明白だった。



挿絵(By みてみん)



―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 一方、将軍の存在を完全に黙殺したアルファの方は、先日の会議の時からずっと神経を尖らせていた。

会議場にいる人間たちは、シリウスに対して嫉妬や羨望、敵意を向けてくる。

彼らが欲してやまない、竜人という稀有な存在を独占している子供に、好意的な感情を寄せてくれるものはごくわずかだった。

最終的には、シリウスの並外れた容姿や、けなげな様子をはじめて眼にし、感銘を受けたものも多かったようだが、同時にシリウスには到底伝えられないような、下品な欲望などの看過できない感情も伝わってきていた。

あらゆる下心みえみえで近づいてきたナスルという軍人を、アルファは心の底から軽蔑していたし、シリウスの手を握って放さなかったことも許しがたかった。

返答するに値しない相手と結論を出したのだ。



 一方のナスルは動揺していた。

黙殺され、抗議するべきなのだが、もしここで黒竜公と争いになっても自分には万に一つの勝ち目もない。

しかし一国の将軍として、このまま引き下がるわけにもいかなかった。

そこでナスルがとった行動は、彼の無知さを浮き彫りにし、この場でもっとも選んではいけない道だった。


「シリウス殿下、竜人たちはあなたの臣下だという話でしたな、なれば主人としてもう少し部下の躾をきちんとなさったほうがよろしいのでは?」


 竜人どもに対しては勝ち目がないが、その主人だという美しいだけの少年であればどうとでもなると見たのだった。

自分を落ち着けるため、自慢の美髭をなでながら、皮肉を込めて言ってしまった。

言ってしまった直後、ナスルは自分の過ちを悟った。

だが悟ったが時にはすでにすべてが遅すぎた。


 悪意に満ちた発言に驚いているシリウスの前にカイルが立ったのだ。

ナスルの視線から主を完全に隠している。

炎の色の髪が怒りに揺らめいていた。


「言いたいことがあるならば我らに直接申されよ。私の主人に対する無礼は許さない」


だがナスルはこの期に及んでも己の誇りを捨て去れない立場であった。


「ゆ、許さないとは? いっそ戦争でもなさいますか」


冗談交じりに言ったその言葉に答えたのはアルファだ。


「お望みとあらば、俺が一人でそなたの国のすべてと戦ってもかまわぬぞ。今からはじめても明日の朝までにはけりがつく。いっそ国境線から大地ごときれいに消し去ってやろう。地図職人の仕事が増えてありがたがられるかもしれぬし、なにより俺がすっきりする」


 発言の内容は、アルファを知らない人が聞けば冗談にしか聞こえないようなものだったが、彼を知っている人間は心底戦慄した。

彼の言葉に冗談の成分はかけらもなく、黒竜なら実際に可能な内容だったからだ。

まぎれもなく本気だ。

漆黒の瞳をナスルに向け、シリウスを背後にかばう。




 そしてアルファにがっちりと視線をさえぎられてしまったシリウス当人は、事の成り行きの急激さに驚いていた。

生まれたときからずっと、周囲の人々に愛され、大事にされてきたシリウスにとって、敵意に満ちた場所につれてこられたこの数日間はとても落ち着かないものだった。

それでもまだ戦争などという物騒な単語とは遠かったのだ。


「二人とも待って」


自分をかばう二人の竜人の前に出る。


「ナスル将軍閣下、二人はこの数日、ぼくを守るためにずっと緊張していて、ちょっとしたことに敏感になっているんです。戦争などと、そんな物騒なことは戯れであっても言わないで下さい。ぼくがもう少し大きくなったら、きっとお国にお伺いします。ですから……」


「シリウス」


 何とか和解してもらおうと訴えるシリウスを、今度はライオネルが制して将軍をみやる。


「お互いのためになりませぬゆえ、今日はここまでに。無礼も双方それなりだったということで、痛みわけと言うことでいかがでしょう」


 さわやかに笑み、手を差し出した。

将軍は二三度、唇を痙攣させたが、結局ライオネルの手を握った。


 竜人とやりあって、得になることなど何一つないのは将軍にもわかっている。

己のプライドを守るために争ったが、口争いならともかく、実際に戦いとなれば、たとえ国をあげて攻撃したところで竜人一人にかなわないことは先日の会議場の一件をみただけでも明白だった。

地上を何十万の精鋭兵士で埋め尽くそうと、黒竜が上空から雷撃を放てば一閃されてしまう。

どんな強弓も、どんな魔法も、あの黒鋼色の鱗に傷をつけられるとは到底思えなかった。


 しかも黒竜の本来の属性は「闇魔法」なのだ。

会議場での黒竜は天井を消し去った以外ほとんど自身の属性魔法を使わず、つまり、まるで本気を出していなかったことになる。

引き時をあやまるべきではなかった。




 ライオネルと握手を交わすと、将軍は見学していた人々を掻き分けるようにして早々に退出してしまった。


「シリウス様、我々はあいつが出て行ったのと反対側の、あちらの出口から退出しましょう」


カイルの提案にライオネルもため息と共に頷く。


「まあ確かに、今なら出て行っても不自然ではない。……シリウス、あまり気にするな。それと私たちには羊の串焼きを買ってきてくれ」


 父に肩を叩かれ、やさしい笑顔を向けられて、シリウスは少し泣きたい気分だったけれども、それでも外にいけると思ったら気分が軽くなった。

頷くと、二人の忠実すぎる護衛を見上げる。


「行こうか、アルファ、カイル」


「はっ」


 さっきまでの冷徹な表情とは打って変わって、愛情に満ちたやわらかな笑みを浮かべ、アルファとカイルは直ちに首肯した。




 彼らの様子を見ていた人々は、無謀な将軍のおかげで竜人たちの対処法を若干ではあるが、学ぶことができた。


第一に、彼ら竜人たちの、シリウスに対する愛情と忠誠心は度を越しており、主人の害となる人物とみれば、たとえ強国の主要人物であっても容赦しない。

冗談であっても、彼らの主人を侮辱するような発言は許されない。

すでにシリウスの父であるライオネルや兄であるルークには散々嫌味を投げかけてしまったが、竜人たちの前ではたとえシリウスがその場にいなくても控えたほうがよさそうだ。


 第二に、彼らと交渉したいならば、まずシリウスという少年を懐柔しなければ、成功する可能性はかぎりなくゼロである。

竜人だけを招こうとしたところで、彼らは決して少年の傍から離れない。


簡単そうに見えて、二つともかなりの難題だった。


竜人二人は「控えめに」という単語を知りません。

一番迷惑を被っているのはシリウスだったりするのですが、シリウス本人は別に迷惑とは思っていないあたりが大物。



次回は新しい人物の登場です。

以下、シリウスもあっけにとられる姉さんのお姿。



挿絵(By みてみん)


本作でもっとも豪快かつ、おおざっぱな姉さんです。

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