49・☆屋台村にて
会議場の外へ出たシリウスは、正装の上にアルファが用意してくれたフード付きのコートをはおった。
アルファもカイルも同じようなコートを着込んだが、三人ともが顔のよく見えないフード姿で、若干怪しい雰囲気だ。
だが正体が露見して騒ぎになるよりはいい。
外に出ると、シリウスは大きく深呼吸をする。
ひどく疲れていた気がしたけれど、淀んだ空気を肺から追い出して、新鮮な風を胸いっぱいに吸い込んだら、すっきりと気分が良くなった。
夜風が涼しく、同じように人が沢山いるのに会議場の中とはまるで空気が違っている。
ホッとした様子の主人を見て、竜人二人も息をついた。
「風が気持ちいいね」
二人を見上げて微笑むシリウスを見て、外に連れ出してあげられて本当によかったと安堵する。
会議場周辺の屋台村は、各国の代表に随従してきた人々であふれていた。
今日の親善のための催しや、初日に行われた会議に入れなかったような、下級の騎士や従者たちだ。
かれらの懐を目当てにした屋台が道の両端に並び、街のそこここの路地が祭りのような様相になっている。
「父上たちは羊の串焼きを買ってきてって言ってたよね。ずっと会議場に閉じこもってるから、いっぱい食べるかな」
問われたカイルは頷いて、屋台村の一角に出来ている、自由に座って食事をするためのカフェテリアスペースを指し示す。
「私が何か買ってまいります。アルファと一緒にテーブルにおかけになってお待ちになっていて下さい」
「ぼくも一緒に見て回っていい?」
請うような視線で見上げられ、カイルは頷いた。
本当は待っていて欲しかったのだが、シリウスがこの数日ずっと様々なストレスに晒されていたことを知っていたからだ。
「では三人で一緒にまいりましょうか」
「うん!」
嬉しそうに返事をしたシリウスは、すかさずカイルの手を握った。
信頼されていることが幸せで、同時に柔らかな手のひらのぬくもりが愛しくて、カイルは相好を崩す。
見た目はまるで似ていない二人だったけれど、手をつないで歩く様子は仲のよい兄弟のようだった。
屋台を回りながら、シリウスはいくつか買い物をした。
珍しい魚介の串焼きや、見たことのない果物を搾ったジュース。
周りの人々はシリウスが何者なのか、など、まったく気にしていないし気づいていない。
良く見れば、シリウスたちと同じように、顔が目立たないような格好をして、護衛らしき相手を連れた人もちらほら存在した。
みな会議にやってきた要人か、その関係者たちだろう。
部屋の中に閉じこもることに飽き、それなりの身分なのを隠して屋台村を歩き回っている。
父王ライオネルから頼まれた串焼きの店は、混雑していて行列ができていた。
カイルはシリウスと手をつないだまましゃがみ、やさしく提案する。
「シリウス様、買い込んだ品を持って先ほどのテーブルで先にお食べになっていてください。ここは私が並んで買って戻りますから」
「ぼくも並ぶよ」
けれど今度のカイルは頷かなかった。
「先に買った品物が冷めてしまいますよ。気にせずアルファとテーブルにいてください」
「我が君、そういたしましょう」
アルファにも言われ、シリウスは仕方なく頷いた。
「はやく帰ってきてね」
「はい」
にこやかに返事をしたカイルを置いて、今度はアルファと手をつなぎ、その場を離れる。
振り向きながら去って行く主の姿から目を放せず、カイルはいつまでもシリウスの姿を見送ってしまった。
「おっと、並ばないとな」
シリウスが視界から消え、ようやく正気に戻ったカイルは、肉の焼ける順番を待つ列の最後尾へ律儀に並んだのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
カイルと別れ、首尾よくテーブルを確保できたシリウスとアルファは、買ってきた品物を並べた。
6人ほどが座れる大きなテーブルだったが、ほかに空きがなかった。
「街の中なのに外で食べるなんて、なんだかピクニックみたいですごく楽しいね」
ニコニコしている主人が愛しくて、アルファも微笑む。
さっき会議場にいて、アルファの殺気混じりの視線に追い払われた人々が見たら、この人とさっきの人は、絶対同一人物ではない、と目を剥くようなやさしい笑みだ。
「我が君、まず何をお召し上がりになりますか?」
「カイルを待っていようよ」
「カイルは時間がかかりますゆえ、遠慮なさらず。カイルもそのほうが喜びましょう。それに料理は温かいほうがおいしゅうございますよ」
そのほうがカイルもよろこぶといわれ、シリウスも納得したようだった。
「じゃあ、ちょっとだけ食べていようか」
「ではこのホタテの貝柱の串焼きなどはいかがですか?」
「直接かじっていいのかな」
素手で串を握って、食べ物に直接かぶりついたことなど一度もないシリウスは、少し困ったように首をかしげる。
「ええ。ですが、串の先端がとがっておりますゆえ、お気をつけて。正面からではなく、横からお食べになってください」
そう注意して串焼きを差し出したときだ。
「あはははは! すっごい過保護だねえ」
頭上から若い女性の豪快な笑い声が響いてきてシリウスは驚いた。
見上げれば、見事なプロポーションの若い女性が、軽装の皮ドレスにアレスタの騎士団服と思われる上着を着た姿で腰に手を当て立っていた。
一瞬緊張したが、アルファが落ち着いているので大丈夫なんだと気づく。
もしもこの女性に悪意があったら、アルファは問答無用で叩き出すはずだ。
相変わらず気に入らない相手に返事はしないけれど。
その若い女性はひとしきり豪快に笑った後、シリウスたちが料理を並べたのと同じテーブルに躊躇なく座ろうとした。
「おい、貴様、勝手に座るな」
アルファが低い声で警告したが、女性はまるで気にしない。
「だってほかに座るところがないんだよ。おーい、こっちこっち」
と今度は、同行していているらしい誰かを呼び寄せる。
「いい加減にしろ。我々にもほかに連れがいるのだ。席を埋められては困る」
「つれって何人?」
「一人だが、とにかく同席はできぬ」
「ケチケチすんなよ! いいじゃん、椅子ならまだあいてるんだしさ。あたしらが買ってきたものも色々食べていいから。ほらほら遠慮せずどんどんお食べ!」
そう言って、肉だのスープだの粥だの、とにかく大量の食料を並べ始めた。
彼女は自分で持ちきれない料理を店員にも運ばせていた。
たちまちテーブルの上がめずらしい料理の山でいっぱいになる。
シリウスは目を丸くした。
料理があんまり大量だったからだ。
シリウスの家の基準で言えば、女性が並べた食べ物だけで、10人分の夕食が余裕でまかなえそうだ。
料理で埋め尽くされたテーブルに、女性騎士に呼ばれた二人の青年がやってきた。
どちらも二十歳前後の見た目で若かったが、堂々とした様子から、結構な実力者のようだ。
そしてもちろん、彼らもそれぞれが大量の食料を持っている。
「アルファ、この人たちを座らせてあげようよ、確かにさっきよりも混んできたし、いい人たちみたいだから。こんなに料理を持ってたら、テーブルがなくちゃ食べられないよ」
「しかし……」
「おっ、こっちの子の方が話がわかるね! あたしはエリカ、アレスタの下級騎士だよ。よろしく」
おもいきりさし伸ばされた手を、シリウスは握るべきかどうか迷った。
顔を隠して出てきていたため、名乗っていいのかわからなかったからだ。
けれど結局はその手を握った。
「はじめまして。よろしくね」
名乗らなかったシリウスに、エリカは一瞬まばたきしたが、こだわらずすぐに破顔する。
今日のこの屋台村は、そういう場所だったし、目の前の二人があからさまに顔を隠していたため察したのだった。
気にせずつれの二人も紹介する。
「こっちの髪の長い美形がレイ。ごっつい大男がロック。同僚さ」
レイは優雅に腰を折り、ロックは、よろしくな! と、大声で叫ぶように笑った。
「で、こっちの態度の悪いのは?」
エリカはアルファに視線をやったが、アルファは瞼を伏せてみせただけだった。
ほうっておけ、という意味だ。
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わいわいガヤガヤと騒がしい場所で、一段と騒々しい人々と同席できて、シリウスは本当に楽しかった。
さっきまで様々な思惑が入り乱れる場所にいたから、みんながなんの策謀も抱かず、嘘偽りなく心から楽しいと感じていることが伝わってきて幸せだった。
不機嫌だったアルファも、シリウスが楽しそうにしているので、闖入者の存在を容認したようだ。
三人の下級騎士たちは酒をのみまくり、食事を食べまくり、食べたと思ったらまた買ってきて、すごい食欲だった。
レイというプラチナブロンドの男性も、エルフのような見た目に反してものすごく食べる。
シリウスの周囲に、こんなに大量に絶え間なく、しかもおしゃべりしながらひどくおいしそうに、何かを食べる人物はいなかった。
見たことのないタイプの三人に、シリウスは興味深々だ。
「エリカさん」
「んぐ? なんだい?」
なにかの動物の骨付き肉に手づかみでかぶりついていたエリカが顔を上げる。
美人が台無しだ。
「エリカさんたちはアレスタの騎士なんですよね?」
「騎士ったって、平民上がりの下級騎士さ。この前までただの兵士だったんだ。出世して騎士になれたのはつい最近だよ。近頃どこの国も魔物が多いから、うちだけじゃなくあちこち戦闘要員を増やしてる」
線の細い容貌をしたレイも頷いた。
「所詮平民の下級騎士など、にぎやかし要員のようなもの。お偉方がお偉い態度を維持するためには人員が必要ですからね。われわれが昇進できたのは、上が見栄えのいいのを優先的に選んだ結果でしょう」
細い顎にしたたった肉の汁をぬぐいながら、そんな事を言う。
ロックはレイの背をバンバンと叩いた。
「見栄えがどうのこうのと言っているが、こいつは下級騎士とはいえ、魔法もそれなりに使える魔法騎士なんだぜ! 出世頭だ」
「私たちは一般市民どころか孤児院の出だからこれ以上はどうやったって出世は無理だし、できるとしてもお断りだな。堅苦しいのは苦手だ」
レイは巨大なジョッキの麦酒をあおった。
美しい唇に麦酒の泡がついている。
なるほど堅苦しさとは遠い行儀の悪さで、三人ともとにかく豪快だ。
同じアレスタの騎士なのに、常に丁寧で繊細なカイルとはまったく違っている。
エリカも大笑いした。
「見栄えが第一だったら、ロックが出世できたのは無駄にムキムキな筋肉のおかげだね! 迫力だけは確かに人一倍だからさ」
なにごとにも大雑把な三人だったが、とにかく仲は良いようだ。
シリウスは彼らの遠慮のない関係がうらやましかった。
「三人はいつも一緒なの?」
「うん、あたしら孤児院からの幼馴染だからさ。血はつながってなくても、きょうだいなんだ。似てるとこが一個もなくたって、あたしにとってはどっちもかわいい弟なんだよ。あんたも、あんたの無愛想な相棒とはいつも一緒かい?」
アルファをからかうように見る。
「無愛想なんかじゃないよ。ぼくの大事な友達なんだ」
「我が君……」
感動したようにつぶやくアルファを、エリカは呆れたように見た。
「この子がよっぽど大事みたいだけど、フードかぶったままメシ食って暗いんだよ。うまいメシもまずくなるぞ。あたしらはあんたらが誰でも気にしないからこのぼうやだけでもフードを脱がせてやりなよ」
シリウスはアルファがすぐに断ると思ったけれど、アルファは少し考えるそぶりを見せた。
本当は、アルファ自身、せめて食べる間だけはフードを脱がせてあげたかったからだ。
ここは人が雑多で多少のことでは目立たない。
会議場の中と違い、シリウスを知っている人間も少ないだろうと思われた。
それに目の前の三人は、階級の低さから言ってシリウスの正体を知らないだろう。
もし万一知っていたとしても、あまり気にしなそうだった。
「我が君、お脱ぎになりたいですか?」
「えっ? うーん、でも……」
確かにフードがあると視界は狭くて暗くなるけれど、せっかくアルファが用意してくれたのに、脱ぎたい、なんて言っていいのかわからなかった。
だがアルファは返答に躊躇している主人を見て心を決めた。
円形のテーブルにはすでに体格のいい人間がアルファを含め4人座っていて、テーブルにも酒瓶が林立している。
一番背の低いシリウスの顔は見えにくい。
「すぐにかぶれるよう、コート自体をお脱ぎにならないのであれば、フードはおはずしになってもかまいません。万一の事があっても俺がおります」
「ほんとう?」
うれしそうにアルファを見返し、信頼する護衛であるアルファがやさしく頷いてくれたのを確認してから、シリウスはフードをはずした。
「うはあ」
「……」
「おお!?」
下級騎士たち三名の反応はそれぞれだったが、三名とも一様に驚きを隠そうとはしなかった。
「こりゃまたどえらい美人だね」
「ぼくは男だよ」
美人と言われてシリウスはむくれた。
エリカはシリウスの紫の瞳から視線を離せなくなっていた。
「そりゃわかってるけどさ、それにしても……。なるほどねえ、顔を隠すのもわかるよ。これじゃあ目立つわ」
アルファもフードをはずす。
「我が君に無用な軽口を叩くな」
「おおっと、こっちも大した色男だ」
エリカは心底嬉しげにジョッキを掲げる。
「あたしの連れだって顔は悪くないけどさ、あんたたちの並外れた美形っぷりは驚きだよ。あたしの人生の記念すべき日かもね」
あははは、と笑って、レイとロックの肩を叩く。
ロックも笑っていた。
「まったくだ。ぼうや、ここを出るときはまたフードをかぶったほうがいいな。あんたの連れの色男は腕が立ちそうだが、人が多いと悪人も出てくる。きれいどころには目がないからな!」
レイはもっと危機感を抱いたようだった。
「エリカが、むやみにフードを外せと煽ってすまなかった。確かにあなたのような人はあまり大勢の前で素顔を晒さないほうが良い」
顔の事をやたらといわれることが苦手なシリウスは不満を表明した。
「みんな大げさだよ……。ぼくだって普段はこんなのかぶったりしてないんだから平気なのに」
文句を言ったものの、それでもシリウスは楽しそうだ。
同席している三人はお世辞や下心があってシリウスの容姿について感想を述べたわけではない。
ただ素直に思ったままを口にしているだけ。
それがうれしかったのだった。




