40・☆三者面談
「兄上、おかえりなさい!」
その日、軍務で出かけていたルークが城に帰ると、ルークの大事な弟がすかさず飛びついてきた。
「あのね、さっきまでレスター子爵のご長男がいらっしゃってたんだよ。父上が紹介して下さって、ちょっとだけ遊んでくれたんだけど、すぐ帰っちゃったんだ」
レスター子爵の息子は16歳で、おっとりと温和な性格ではあったが、シリウスの遊び相手としては年上すぎるな、とルークは思った。
なにしろルーク自身が16歳なのだから。
背後にいる竜人たちを見ると、彼らはシリウスに気づかれないようルークに向け密かに首を振る。
「本に詳しかったから、もう少し話したかったなあ……。ぼく失礼な事しちゃったのかな」
「そんなことはないさ。きっとアルファの顔が怖かったんだろ」
ルークは冗談めかして言ったが、顔はともかく、二人の竜人が怖くて逃げ帰ったというのはおそらく真実だろう。
けれどシリウスは兄の服を引っ張って抗議する。
「怒ってたならともかく、普通にしてたんだから、怖がったりなんかしないよ。普段のアルファはすっごくやさしいんだから。ね、アルファ?」
主人の問いに、アルファは微笑んだだけで何も答えなかった。
「すっごくやさしい」のは非常に限定的な相手に対してだけであり、実際は、子爵の長男とかいう人物に対して、アルファはかなりの迫力で睨みを利かせていたのだった。
ルークもその辺はよく心得ている。
ようするに、竜人たちは、シリウスの遊び相手候補である貴族の子息が気に入らなかったのだろう。
「また来てくれるかなあ……」
ルークは少し寂しそうにつぶやく弟に目線を合わせ、
「シリウス、友達が欲しいか?」
と、聞いた。
「……友達ならいるよ。バナードと、カイルとアルファが」
ちょっとだけ間を置いて答えたが、シリウスの表情が翳っている。
「そうだな。でもバナードは週に一度しか来られないし、カイルとアルファは友達とはちょっと違う」
「違わないよ」
唇を尖らせる弟を撫でてやり、ルークは思案する。
両親である国王夫妻は、シリウスの友人にふさわしい子供を見つけるのに四苦八苦していて、毎日のように候補の子供を城に呼んでいるが、年齢の近い男子に限定しているのでそろそろネタが尽きつつある。
今日のように年の離れた人物が来てしまうこともあった。
シリウス自身は誰とでも親しく接したが、竜人たちは主人の友人選定に頼まれもしないのに積極的に参加し、しかも彼ら独自の審査基準は恐ろしいまでに厳しく、決して妥協しない。
正直に言うとルークも、出世欲を隠さない両親に連れられた子供たちは、あまりシリウスに近づけたくなかった。
そうは言っても、子供に罪はないし、シリウスにも友人が必要だろう、と両親は言うのだが、なかなかふさわしい子供は見つからない。
ロンに出会えた自分は本当に幸運だったと、ルークはしみじみ実感する。
シリウスにだって、出世欲などは持たず年齢も近い、真実の友人がいるのだけれど、その当人であるバナードは身分が違いすぎる。
ルークは決意と共に立ち上がった。
やはりあの計画を早急に実行しなければ。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
バナードは学校からの帰り道を、友人たちとふざけあいながらいつものように歩いていた。
城に通っていることは完全に秘密にしていた。
別に話してもいいのだけれど、どうやっても自慢話になってしまいそうで、それに色々聞かれるのは東西広場のあとしばらくの騒動でもう十分だったからだ。
住宅地が近づくと、子供たちは小道があるたびに、気軽に挨拶をしてそれぞれの家へと帰っていく。
バナードも、自分の家のある小道への角で、手を振って同級生たちと別れた。
家の扉をあけて、ただいまー、と大きな声で挨拶したが、父も母も店に出ていていない事はわかっている。
母ちゃんの焼いたクッキーでも食べるか、と居間に入ったときだ。
「やあ、おかえりバナード」
「わあっ!?」
以前、竜人たちとシリウスがお茶を飲んでいたテーブルに、見たことのある二人の青年が座っていた。
文字通り『見たことがある』だけで、ほとんど関わる事のない二人だ。
ここにいるなんて絶対ありえない人物たちだったので、バナードは驚きのあまり後ろに飛びのいてしまい、入り口の扉にぶつかり転んでしまった。
「いてっ!」
「あっ、大丈夫かい」
青年のうちの一人、ロン、こと、ロナルドが慌てて駆け寄る。
バナードは驚きつつもなんとか返事をした。
「は、はい。ええと、ロナルド様……、ですよね?」
手を貸してもらい立ち上がりながら、バナードは夢でもみているのかと思っていた。
バナードはその青年と一度だけ言葉を交わしたことがあった。
城に通い始めたころ、シリウスが紹介してくれたのだ。
王太子ルークの幼馴染だというその青年は、おっとりとした風貌で、バナードにも非常に好意的だった事を覚えている。
今もロンはバナードを助け起こし、柔らかな笑みを浮かべているが、もう一人の青年に関しては、なぜこんな場所にいるのか、まったく理解できなかった。
「王太子殿下……」
変装のつもりなのか、伊達メガネをかけ、比較的庶民風の服を着て、その青年は少し決まり悪そうに頷いた。
「勝手に家に上がりこんで申し訳ない。他に方法が思いつかなくてね。どうしてもシリウスには内緒で君と話がしたかったんだ」
ルークは片手で示しバナードにも席に着くよう促した。
「君が城に来ているときは、シリウスがいつもそばにいるから二人きりで話せない。いずれバナードのご両親にも話を伺うつもりだが、まずは君だ」
「話……ですか?」
バナードはおずおずと椅子に座り、なにを言われるのかと少々おびえていた。
王太子を見つめては失礼かもと思ったものの、ではどこに視線をやったらいいのかわからず、机の上の赤い皿をじっと見る。
先日シリウスにもらった赤い皿には、青リンゴとぶどうが盛られていた。
皿の透明感ある赤に、青リンゴのさわやかな緑とぶどうの紫が映える。
非常に美しく、よく見れば年輪模様が浮かび、油膜のような虹色の赤に輝く皿で、赤竜公の髪の色にそっくりだった。
つまり、赤竜のうろこの色にそっくりだった。
受け取った時は、まさか『皿』が竜の鱗だなんてありえないよな、と思ったし、シリウスに、とってもきれいだから、バナードの家の果物を盛ってあげて、と言われて貰ってしまったのだけれど、よく考えてみたらどうみてもこれは本物の……。
いつもそこまででバナードは思考を止める。
あんまり考えすぎるとシリウスの友達としてやっていくのは難しいのだった。
受け流しのスキルが重要だ。
赤い皿の不思議な輝きを見つめながら、バナードはお茶を淹れなくていいのだろうかと、落ち着かない。
シリウスと初めて出会ったときは、王子だなんて知らなかったから自然と親しくなれたけれど、ルークに関しては完全に最初から王太子だと知っていたので、とてもではないが普通の気分で接することなんて不可能だった。
それにルークは無邪気なシリウスと違い、見た目もしぐさも漂うオーラも、まさに『王子』そのものだ。
もしかして、自分が城に通っていることを快く思っていないのかもしれない、などと先走って考えてしまう。
ガチガチに緊張しているバナードの肩を、すぐ傍に立ったままのロンがやさしく叩いてくれた。
「ルーク、勿体つけずに本題に入ってやれよ。かわいそうに、おびえているぞ」
王太子に対してタメ口、しかも叱るような口調だったのでバナードは驚いたが、ルークはロンを咎めたりせず、それどころか申し訳なさそうに頷いた。
「そ、そうだったな。バナード、固くなることはない。私はカイルやアルファなんかよりもずっと気安いと思うぞ。シリウスといる時のように普通にしていてくれ」
「は、はい」
バナードにとっては、赤竜公も黒竜公も王太子も、全部同じように遠い存在だったのだけれど、黙って頷くことにした。
見上げると、ロンがバナードの気持ちを察したように、苦笑している。
「それで、バナード、今日私がここに来たのは、他でもない、君の進路について聞きたかったからなんだ」
「オレの進路ですか?」
そうだ、と頷いて、ルークはバナードをじっと見つめた。
「バナード、君は将来、お父上の店……、果物屋を継ぐつもりなのか?」
思いもかけないことを聞かれてバナードは瞬きしてしまった。
そんなことは考えるまでもなく当たり前の将来だと思っていたからだ。
このあたりでは、長男なら家業を継ぐのが普通のことだ。
「はい。そのつもりです」
あっさり答えると、ルークはロンと顔を見合わせる。
ルークは少し間を空けてから、身を乗り出し、
「……バナード、君は将来、騎士になるつもりはないか」
と、低い声で聞いた。
「は?」
考えてもいなかったことだったので、王太子に対して思わず無礼な声を出してしまったが、それにも気づかない。
ルークは伊達メガネを外すと、深く息を吸って話し出す。
「君が騎士になってもいいと思うなら、士官学校への費用はこちらが出す。父上にも許可を頂いた」
「ええっ?!」
驚いてバナードは、そばで肩に触れてくれているロンを見上げてしまった。
ロンはバナードに頷いて見せた。
ルークが続ける。
「急には決められないだろうし、君がいいと言ってくれたら私からご両親と話すつもりだが、まずは君の意思を確認してからでなければと思って押しかけてしまった」
そう言われても、士官学校なんて、まるで次元の違う世界で、そこに通うなんて想像もできなかった。
今通っているのは、貧しい家庭の子供から一般的な収入の子供までが集まる、無料で学べる下町のレンガ校舎の学校で、入学には試験も資格も必要なかった。
もちろん貴族の子供は一人もいない。
中にはそこそこ裕福な家庭の子もいたが、それだって一般庶民の範疇を出ない程度の金持ちだ。
士官学校の生徒はほとんど貴族の子息か、そうでなくともかなりの金持ちの子供しかいないのではないだろうか。
そんな場所に通うなんて、想像したこともなかった。
士官学校の校舎を下町の友人たちと遠くから見たことはあったが、白い塀に囲まれた美しい建物の中からは、騎士見習いたちの乗る馬のいななきが聞こえ、魔法の練習をしているらしき閃光が届いてまぶしかったのを覚えている。
それはバナードにとってとても遠い光景だったのだ。
バナードの戸惑いを察したのだろう、ロンはバナードの肩に触れたまま隣に座り、励ますように言った。
「君には予想外の申し出だったと思うけれど、僕たちはずっと前から話し合っていたんだ。シリウス殿下には友人が必要だから」
「シリウスに……?」
「私の弟は、みなに愛されているけれど、同時にとても孤独だ」
ルークは苦しげにつぶやき、
「王族には軍役が義務だが、士官学校に入学できるのは10歳からだ。あの子の年齢に関しては少々面倒な事情があって、まだしばらくは入学させられないだろうし、なにより……」
そこで言葉を切り、深くため息をついた。
「シリウスが竜人だった場合、軍人としての地位は一切あたえないことになると思う。そうなると士官学校にもいかせられない」
同じく竜人であるカイルはアレスタの軍人だったけれど、カイルの場合は国にも騎士団にも忠誠を誓わないという特殊な形での入団だった。
しかもアレスタと今のウェスタリアでは事情がかなり違っている。
もしも王子が竜人で、国のために軍人として在籍するとなれば、ますます各国との軋轢を生むのは明らかだった。
「弟は同年代の友人を持つことができない……」
苦悩するように眉を寄せ、バナードを見つめた。
「シリウスにとって、友人と呼べるのはいまのところ君だけだ。けれどバナード、君は成長するにしたがって、どんどんシリウスとの接触が難しくなっていくだろう」
子供のうちはまだいい、今もシリウスの遊び相手という名目で城に呼んではいるけれど、いつかはそうもいかなくなる。
そう言って息をついた。
「――けれど君が騎士になってくれたら、大人になってもシリウスと共にいることができる。……私にとってのロナルドのように」
ルークはロンと視線を交わした。
「で、でも、オレなんかより、他に貴族のご子息とか、そういう方を城に呼んだらいいんじゃないですか」
バナードが言うと、これには微妙な笑みが帰ってきた。
「もちろん、そういう子供を城に呼んで、試みてはいるのだが……」
「仲良くなれなかったんですか?」
シリウスはわりあい誰とでも親しく話そうとするし、すぐに友達ができそうなのに。
そう思ったのだが、ルークは首をふった。
「シリウスの問題じゃないんだ」
「ああ……」
それでなんとなく事態を察したバナードだった。
「君の想像通りだと思うけれど、まあ、竜人たちがな。少しでも気位の高い子供を許さない。シリウスに媚びようとする子供も許さない。そうじゃない子もいたのだけれど、同じ部屋にいると竜人を恐れて喋ることもできなくなってしまう」
「……」
それはとても想像しやすかったので、バナードも苦笑してしまった。
自分だって、他の出会い方をしていたら、きっと竜人が怖かっただろう。
「ついでに言うと、彼らのおめがねにかなわなかった子供は、私としてもあまりシリウスの友人としてふさわしくないように感じた。無理に作った偽者の友人をあてがって、シリウスが傷つくような事態にだけはさせるわけにいかない」
「そ、そうですね」
シリウスのお兄さんであるという王太子が、実のところ、竜人たちと同じかそれ以上に、シリウスに甘いという話は、なんとなくバナードも知っていたので素直に頷く。
「でも君は違う」
ルークは顔をあげ、あらためてバナードを見つめた。
「家業の事もあるし、すぐには返答できないだろう。しかし考えておいてほしい。もし士官学校に行ってくれるというのなら、入学は春からになる。寮に入ってもいいし、自宅から通ってもいい。どの場合でも、すべての費用をこちらで負担する」
きっぱり言い切ると立ち上がって歩み寄りバナードの手を握った。
「無理を承知で頼む。弟を守り支える、生涯の友となってくれないか」
困惑したバナードが王太子の目をすぐ近くで見つめ返すと、友人の兄の瞳は、思いのほかシリウスに似ていた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
王太子とその友人が帰っていったあと、バナードは一人呆然と椅子に座っていた。
シリウスを守る生涯の友になってほしい、と王太子殿下は言っていたけれど、シリウスの守護には世界一強い護衛が二人もついている。
友人だって、時間をかけて探せば近い身分の子供が見つかるかもしれない。
剣を握ったことも、馬に乗ったこともない。
自分が竜人たちや王太子に認められるような『シリウスにふさわしい友人』なのかも良くわからなかった。
バナードにとってシリウスは確かに特別な友達だったけれど、会っている時は相手が王子だなんてまったく考えず、他の友人たちにするのと同じようにしか接していなかったからだ。
「でも……」
いつも城を去るとき、寂しげな顔をするシリウスを思い出す。
黒竜公のように、自分の力で大切な人を守れるような人間になろう、と誓った事も思い出した。
「オレが騎士に……?」
一本道だった将来が急に二手に分かれ、そしてその分かれ道はすぐ目の前に迫っていた。




