39・☆最強の同級生
カイルは、先日シリウスの誕生日にアルファの部屋で見た魔法陣を忘れられずにいた。
短剣に高度な呪術をほどこすために作られた、アルファが自分で構築したオリジナルの陣。
カイルは始めて出会った時からずっと、アルファは武闘派だと思い込んでいたのだが、常に魔法の研究を行っている様子を見ると、どうも実際はそうでもないようだ。
アルファは剣術や体術よりも、魔法のほうに重きを置いている。
属性である闇魔法以外にも様々な魔法を使いこなし、さらなる向上を常に心がけていた。
それに比べて、とカイルは自分を省みる。
つい先日までは、生まれ持った才能に頼りきりで何の問題も感じなかったが、最近は自分の無力を噛み締めることが多い。
できないことなど何もないと思っていたのに、今の自分はできないことばかりに思えるのだ。
自分で魔方陣を作り出すなどできないし、自分だけの魔法も持っていない。
明確な敵が存在する今、このままでは大事な人を守りきれないのではないかと不安になる。
そんなわけで、シリウスが家庭教師と勉強している間、隣室に控えていたカイルは、同じく静かに本を読んで主人を待っているアルファをつい仔細に観察してしまっていたのだが、見られているアルファの方は、視線に気づいているのかいないのか、まったく気にする様子がない。
最初は黙々と読書を続けるアルファを邪魔しては悪いかと遠慮していたのだが、ついに思い切って話しかけた。
「アルファ、相談があるのだが……」
声をかけられた方は無言のまま一瞬だけ顔をあげる。
カイルは、そのまま話を続けろ、という意味だろうと受け取った。
「今の私の実力では、先日の魔人……ツヴァイと言ったか。1対1で戦った場合あいつからシリウス様をお守りしきれないかもしれない。実際に戦ったわけではないからはっきりとはわからないが、少なくとも実力は拮抗していたように思う」
アルファの眉がわずかにつりあがった。
「それで?」
「そなたはどうやって己の属性以外の魔法をあのように使いこなせるようになったのだ」
思いつめたように話すカイルに、アルファも会話に本腰を入れる気になったのか、ようやく本を閉じて答える。
「我らは竜だ。属性がなんであろうと、根本からして所有している魔力が人間とは桁が違う」
「それはそうだが、炎に属する魔法以外は呪文を詠唱しないとスムーズにいかない」
手のひらに小さな炎を生み、カイルはそのゆらめく熱をじっと見る。
「いままでのような魔物相手に使う分にはいいが、相手が魔人では話にならない」
のんびりと詠唱など行っている間に戦いは終わるだろう。
アルファはカイルに向けて感情の篭らない闇色の瞳を向けた。
「竜が己の属性の魔法を使いこなすのは、野生の獣が下位の魔法を本能のまま使うのと同じだ」
「獣……」
そうだ、と、頷いて、アルファもカイルの手のひらの炎を見つめた。
「獣は呪文を詠唱しない。歩いたり走ったり、噛み付いたりするのと変わらない、本能からの行動だからだ。そなたが炎の魔法を何も考えず使いこなすのも同じだ。だが、本能以上の魔法を使いたいのであれば、獣とは違う努力が必要だ。魔力の量だけでは意味がない。地道に人と同じ訓練をするしかないのだ」
「訓練をすれば使えるようになるのか?」
カイルは産まれてこの方あらゆる物事について訓練などしたことがなかった。
生来身についている能力だけで十分だったから。
所属していた騎士団では、どんな課題でも何も苦労せずこなせたものだ。
「まあそうだ。自分にあった属性を探せ。全部を無詠唱で使う必要はない。――そなたは何を学びたいんだ?」
「風魔法は少しなら無詠唱でも使えるから、当面はこれを伸ばしたい。それから、解析と治癒」
カイルは躊躇せず答えた。
自分でも何を使いこなせるようになるべきか、ずっと考えていたからだ。
「風なら俺もそれなりに学んだが確かに炎とは相性がいいだろうな。治癒魔法もわかる。――だがなぜ解析魔法を」
解析はあくまで補助的な魔法で、補助など必要としない強力な魔力をもつものは、あまり積極的に学ばない種類のものだ。
ちなみに、アルファが雷属性の魔法を特に学んだのは、見た目が派手で威嚇効果が高いためだった。
雷の音と光で脅せば、闘うまでもなく相手が逃げて行く。
風はあらゆる魔法と相性が良く、利点を考えてついでに学んだ。
「私が解析魔法を学びたい理由は、戦闘に使うためだけではない。シリウス様になにかあったとき……」
カイルはうつむき、拳を握って炎を消した。
「病気や怪我などの原因をいち早く知るために」
もちろん、病気や怪我を避けさせるのが自分の役目だとカイルは思っていたが、以前シリウスが倒れたとき、何もできずにうろたえるばかりだった己が完全に無力だった事は忘れられない。
「……なるほど。それは確かに有用だ」
アルファもあの時のことを思い出したのか、納得したように深く頷いた。
「我らはつい力任せの戦法になりやすい。なまじ桁外れな魔力があるだけにな。今まではそれで問題なかったが、魔人相手ではそうもいかぬだろう。補助魔法もいくつか詠唱なしで使えるように訓練したほうがいいだろうな」
「では教えてくれるか」
カイルが真剣な顔で身を乗り出した。
だがアルファは難しい顔をして頷かない。
「俺は魔法に関して完全に自己流でやっているのであまり参考にさせられぬ。おぬしはまず基本をやり直したほうがいいように思うが……」
悠長に基本を学んでいる場合なのかという疑問もあるが、確かにカイルは魔法をきちんと学んだことがなかった。
「ではどうすれば」
「ふむ……。こういうのはどうだ?」
アルファは何かを企むように、わずかばかり口の端をあげた。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
翌日、シリウスに初歩の魔法を教えている家庭教師が部屋に入ると、いつもは同席していない黒竜公と赤竜公が王子の両隣に座っていた。
「これは、お二方、今日はどうなさいましたか」
魔法の教師はマグナスという名前の30歳になったばかりの男性で、身長も高く、どちらかというと武人のように見えるスマートな人物だ。
教師の問いかけに、元気良く答えたのは彼の本来の生徒、シリウス王子だった。
「先生、これからは二人にも魔法を教えてあげてください」
「ははは、ご冗談を」
ひとかけらも本気にせずマグナスは笑ったのだが、ほかならぬ竜人二人は笑わなかった。
「はは、は……は……。……あ、あれ? あのう、冗談ですよね……」
「冗談ではありませぬ」
カイルは静かに答えて、深い紅の瞳でマグナスを見つめた。
「ご迷惑でなければご教授いただきたい」
真紅の瞳にまじまじと見つめられ、教師は言葉を失った。
無尽蔵とも思える膨大な魔力をふるい、広場を業火に沈めた赤竜や、連続する雷で夕闇を切り裂きまくった黒竜に、魔法の何かを教えられるとは思えない。
「ええと、何か誤解していらっしゃるかもしれませんが、私は初級の魔法の教師でありまして、主に基本的な魔法の構造や組み立て方の理論などをお教えしているしだいです。竜人方にはもっとふさわしい学び舎があるのではないかとお見受けするのですが……」
真剣な様子の竜人たちに、教えられることは何もない、などとは言えず、マグナスはかなり遠まわしな言い方をした。
拒否の言葉が遠まわしだったせいではないだろうが、二人はまったく引く様子がない。
「無論承知している。――俺たち竜人は本能のままに魔法をつかい、基本を学ぶことがない。結果、力任せに魔法を振るうばかりで工夫も節約もあったものじゃない。今まではこれで問題なかったが、我が君の御身をお守りする立場になったからには、もっと効率が大事だという結論にいたったのだ」
アルファは目を閉じ、
「それに、俺もカイルも回復魔法をほとんど使えぬ。他の補助魔法に関してもそうだ。必要なかったから学ばなかったのだが、今はなにより必要だ」
そう言って腕を組んだ。
マグナスは口を開いたきりポカンとしていたが、一通り竜人達の話を聞くと、咳払いして息をついた。
「お話はわかりましたが、それにしても、もう少し上級の教室へいかれたほうが……。たとえば王立の士官学校とか……」
マグナスがシリウスに教えていたのは、本当に初歩の初歩で、たとえば風魔法にしても、ろうそくを吹き消すそよ風を起こす、といった程度のものだ。
だがやはりアルファもカイルも席を立とうとはしなかった。
「私はまず基本を学びたいのです。シリウス様の勉強の邪魔は決していたしませぬゆえ、どうか同席をご許可願いたい」
真摯に訴える赤竜にマグナスも否とは言えなかった。
アルファも続けて述べる。
「基本を学びなおせば、俺が独自に構築している魔法も改善の余地ができるだろう。マグナス殿に興味がおありなら、それらをお見せしてもかまわない」
「えっ?! ほ、本当ですか!?」
竜人のオリジナル魔法の構造を知る機会などめったにあるものではない。
マグナスの瞳が輝いた。
――かくして、無限とも言われている莫大な魔力を所有する竜人達は、魔法の初歩の初歩、基本の基本を、彼らの守護する主とともに机を並べて学ぶことになった。
本来の授業のスケジュールとしては、一番最初に扱いやすい「風」の魔法を教え始めていたのだが、竜人達の参加により、若干変更することにした。
「シリウス殿下にも竜人の方々にも有用と思われる、治癒魔法の基礎から始めようと思います」
マグナスは黒板にいくつかの図形を描き、教科書を指し示す。
ちなみに、教科書はマグナスの持っているものと、シリウスのものの二冊しかなかったので、今日のところ竜人たちは自分の主君に本を見せてもらっていた。
「なんだかすごく楽しいね。学校って、こんな感じ?」
大好きな二人に挟まれてシリウスは上機嫌だ。
竜人たちも非常に真面目に授業を受け、マグナスの教えに質問を挟むことなくひたすら大人しく清聴している。
アルファ自身は問いたいことも沢山あったのだが、本来はあくまでもシリウスのための授業なので、自分の疑問はあとで個人的に教師に聞けばいいと思っていた。
カイルの方はシリウスと同程度の熱心さで授業を聞いている。
もちろん知っている範囲の内容がほとんではあったけれど、それらを自分の魔法に生かすとなると話が違ってくる。
珍妙とすら言える授業風景は、セントディオール城内部でもたちまち話題になったが、竜人たちは気にする様子もなく、むしろ楽しげに、せっせと主人と共に魔法の基礎を学び始めたのだった。




