38・☆あなたへ贈る3
いつもご訪問、ありがとうございます!
今回も長いです。
章の合間、誕生日編はこれで完結です。
廊下に人の気配を感じ、ルークは弟を起こさないよう慎重にベッドから立ち上がった。
赤と黒の一対の人物が、音を立てないよう気を使いながら扉を開けて入ってくる。
「ルーク殿、シリウス様は……」
「泣きつかれて眠ってしまった。――カイル、きみが留守にしていた理由は察しがつくが、あまりシリウスを心配させるな」
後悔と反省とでカイルが深く落ち込んでしまったようだったので、ルークも苦笑するしかない。
「二人とも、シリウスの顔を見てから休むといい。私は部屋に戻る」
廊下を去って行くルークを見送り、カイルとアルファは眠っている主人を確認して、顔を見合わせた。
「アルファ、私はシリウス様がお目覚めになるまでここにいる」
反対されるかと思ったのだがアルファはしぶしぶと言った様子で頷く。
「……そうだな。お目覚めになって最初にそなたが傍にいるのを確認できれば安心されるだろう」
ため息をついて、眠る主人にもう一度挨拶をすると、アルファはカイルを残してそっと部屋を出た。
扉を閉めたアルファは、出てきた部屋を振り返る。
「カイルのやつ、自分がどれだけ果報者かちゃんとわかっておろうな……」
もしカイルではなく、自分の方が姿を消したら、主人は同じように悲しんでくれるだろうか、と不意に考えてしまい、自分の愚かさに気づいて眉を寄せた。
考えるまでもなく、アルファの主人は同じように寂しがるだろう。
その様子を見てみたくないといえば嘘になるが、主人の心も体も守ることが、アルファが己に課している何よりの使命だった。
自分が傍にいるだけではたりないのだというふがいなさも感じる。
「お許しを、我が君……」
愚にもつかぬ事を考えた事を反省し、扉の向こうで眠っている主人に謝罪すると、アルファは自室へと戻っていった。
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シリウスはベッドの中で、もぞもぞと寝返りを打った。
朝の空気が気持ちよくて、もう少し寝ていたいのだけれど、そういえば、今日は早起きをしなければいけない理由があった気がする。
なんだっけ、と、夢うつつに考え……、
「カイル!」
唐突にひらめいて思い切り布団を跳ね上げ起き上がる。
「は、はいっ」
すぐ横から返答があったので、シリウスはとっさに振り向いた。
「カイル……」
紫の瞳から、たちまち涙が盛り上がり、視界の中の赤い髪がぼやけてしまった。
「あっあっ、お泣きにならないでください」
「カイルがいけないんじゃないか!」
抱きついて、カイルの胸をポカポカ殴った。
「どこに行くのか言わないし! 夜になっても帰ってこないし! このままずっと帰ってこなかったらどうしようって……」
「申し訳ありません」
素直に謝罪されて、シリウスはますます頭にきていた。
わがままを言っているのは自分なのだと十分理解していたからだ。
「なんで謝るの!?」
「えっ!?」
カイルの方は混乱してしまった。
非常に申し訳ないことをしたとずっと反省していたのに、いざ謝罪したら、謝罪したことで叱られてしまったからだ。
混乱の極みといった表情の青年を見て、シリウスはため息をついた。
「カイルは悪くない……。カイルはウェスタリアの……父上の部下じゃないもの。カイルはお客さんだって言ってた。だからほんとは好きなときに好きなところに行っていいんだ。アレスタに帰るのだってカイルの自由なんだ……」
そう言って、カイルに抱きつく。
「でもぼく、カイルにも、アルファにも、傍にいてほしい。――出かけちゃだめなんて言わないよ。でも、どこに行っていて、いつ帰ってくるのかちゃんと教えて」
「シリウス様……」
カイルは喜びで胸がいっぱいだった。
こんな風に想ってもらえているなんて、夢にも考えていなかった。
アレスタで暮らしていたころ、自宅にたくさんいたカイルにとっての従者たちのように、いつ誰が入れ替わっていようが多少人数が増減しようが気にしない、シリウスにとっての自分は、そんなありふれた人員の一人にすぎないのではないかと思っていたのだ。
カイルはシリウスを抱きしめたまま、しみじみと主人のぬくもりを味わった。
「シリウス様、私は、あなたがお生まれになった日に、身命を賭してお側に侍ると誓いました。なのにこんなに心配をおかけするまで姿をくらましたのは、まったくもって、私の罪です」
「でも……」
「もう二度と、このようなことはいたしません」
その言葉に答えたのはシリウスではなかった。
扉をあけて入ってきたアルファが、めずらしく明確に怒りを込めた視線でカイルを睨んだのだ。
「次にまた我が君をこのように悲しませることがあったら、城から放りだしてくれるからな」
「わ、わかった」
アルファには昨晩の件で宝石を売ってもらうための手助けをしてもらっていたので、カイルも今は逆らえない。
二人のやり取りをみて、シリウスはようやく笑顔を見せた。
ベッドを飛び降りて二人の竜人の手を握る。
「ぼく、二人に見捨てられないように、勉強も稽古も、ちゃんとがんばるからね」
「見捨てるだなんてそんな! 絶対にありえませんから、シリウス様はもっとのんびりなさってもよろしいのですよ」
必死に訴えるカイルに、アルファも頷いている。
「俺は、我が君が何をされようと、どこにいかれようと、決してお傍を離れませぬ。付いて来るなと申されても、唯一その命令だけは従えませぬゆえ」
などと真剣な顔で深刻な事を述べ、主人を苦笑させたのだった。
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ルークside
今日はついに、シリウスの誕生日。
正確には、卵で生まれた日付とは違っているのだけれど、この世界にシリウスという素晴らしい子供が生まれたのは、卵からでてきてくれた今日だと思う。
城下には酒がふるまわれ、城の中では控えめではあるが祝いのパーティが開かれている。
なぜ控えめなのかと言うと、シリウス自身の性格から、あまり派手派手しいものは喜ばないのではないかという近臣たちの配慮からだ。
いつかシリウスも社交界にデビューする日が来るだろうが、まだもう少し先のことだし、なにより今日はシリウスのための日なのだから、最後まで楽しめるようにしてあげたい。
今日のシリウスは、金糸でふちを飾られた白いスーツを着て、美しい髪をひとつにまとめている。
親しいみんなから祝いの言葉を受け取り、様々な贈り物を貰って、幸せそうに笑っている。
だがきっと私は、祝われている当人であるシリウスよりも幸せな気分になっていると思う。
弟が笑っている姿を見ているだけで幸せだ。
母上はシリウスを何度も何度も抱きしめて、美しい絵の具と筆のセットを贈っておられた。
母上はもともとあまり位の高くない貴族の出身で、そのことを気にしてかとても控えめであられるが、今はシリウスの勉強を直接お教えになったり、少しずつ積極的になろうとされているように思える。
城を離れられない父上の代わりに地方へお出かけになることもしばしばだ。
父上は、シリウスのために、騎馬の産地で有名な遠国から、若く逞しい黒馬を手に入れていた。
父上がそのような贈り物を用意していたことに、私も全然気づかなかった。
一点の班もない、漆のようにつややかな黒馬だ。
ウェーブした長いたてがみが美しい。
真っ黒すぎて若干誰かを思い出させるが、馬と竜は違うからな……。
まだ若い馬だったが、すでに城のどの馬よりも体格がいい。
どれだけ大きな馬に成長するのだろう。
その黒馬よりも黒い髪と瞳の持ち主、竜人、アルファの贈り物は、城内の人間をひどく仰天させた。
特に魔法省に関わる大臣や近臣たちは腰を抜かすのではないかと思うほど驚いているようだった。
私の友人、ロナルドも、すごすぎる、と、言ったきり、口があきっぱなしだ。
黒竜公の贈り物は、彼自身の角でできた短剣だった。
黒鋼色の刃は、黒曜石のような透明感と、油膜のような虹色の光沢を持ち、青白く光っているようにも見えた。
柄の部分は何でできているのかと思ったら、柄まですべて一体となった竜の角なのだという。
やたら黒い以外はデザインもシンプルで無駄がなく、そのくせとても美しい。
ダイヤモンドよりも固く、高価で、魔力に満ちたこの上ない素材であるのは認めるしかない。
その上、柄の部分にはいくつかの宝石もあしらわれていた。
どれも魔力が込められていて主人を守るというのだが、私はシリウスにはまだ常に身に着けておくような剣は早いのではないかと心配だった。
もし万が一、うっかり自分を傷つけるようなことがあったら、と。
しかしその点まで、この百歳を超える竜人はぬかりなかった。
なにやらあやしい呪術を使い魔法を施したらしく、シリウスだけは決して傷つけぬ短剣なのだと豪語したのだ。
シリウスが、ためしてみてもいい? と、迷うことなく切っ先を手のひらに当てたので、私は慌てて制止した。
もちろん、あの竜人のやることに間違いはないのだろうが、絶対に安全なものであろうとも、シリウスが自分の体に剣の刃を当てているところなど見たくない。
黒竜公の贈り物に関しては、のちのち臣下たちの間で議論の的になった。
なにを議論したのかというと、その価格についてだ。
非常に下世話な話になるが、あの短剣は下手をすると小さな国の国家予算にも匹敵するような値がつくのではないかと言うものまでいた。
竜のうろこを加工した品なら、数は少ないがそれでも各国にチラホラと存在する。
――だが角は別だ。
確かに私も竜の角を加工した道具など、見たことも聞いたこともない。
しかも、ただ角を加工したというだけでなく、持ち主を傷つけないという魔法も、かなり高度で稀なものだった。
現存する武器のなかで同じ効果を持つものは、法王庁が保管している聖剣ランドローブのみのはず。
ただ、私としては、どんなに稀な付加価値があろうとも、竜人の角にそれほどの価値は見出せない。
たしかに二つとない素晴らしい代物なのだろうが、あのアルファの角だぞ?
あいつにとっては爪を切ったのとさして変わらぬ労苦なんじゃないか。
しかも角は時間がたてばまた元通りになるとう。
削り取るのに手間がかかるのは事実だろうけれど、それ以外はまさしく爪だの髪だのと変わらぬ価値ではないのか。
もったいつけているから数が少ないが、やつらがその気になれば、いくらでも量産できるはず。
……まあそんなことはおいておいて、私自身はというと、たくさんの本を贈った。
何週間も前から悩んでいたが、私にふさわしい贈り物は何かと考えたら、これしかないではないかと行き着いたのだ。
城の図書室にも、国立図書館にもないような異国の本を中心にあつめた。
これから毎日二人で楽しみながら読めるのだと思うと私もうれしい。
そして、ギリギリまで贈り物に悩んでシリウスを心配させたカイルは、緊張の面持ちでシリウスの前に立っていた。
手に持っているのは紫檀と金でできた小箱。
昨晩は、城の中でも外でも、彼のせいで騒ぎが起きた。
城の中では私の大事な弟が、あろうことかカイルのせいで泣いていたし、城の外では、――これは私が今朝になって報告を受けたのだが、カイルが商店街で竜になって人々の注目を浴び、そのまま城まで飛んで帰ってきたという。
なぜカイルが竜になったのか、詳しい事情は知らないが、おそらくたいした理由ではないのだろう。
早く帰りたかったとか、きっとそんなところだ。
一生に一度だけでも見られれば幸運、といわれている竜の姿だが、ウェスタリアではめずらしくもない光景になりはてつつある。
――とくに赤いやつ。
「シリウス様……」
カイルはこの期に及んでまだその贈り物をシリウスに渡すことを躊躇しているようだった。
秀麗な顔を苦悩にゆがめ、小箱を握り締めている。
こんな風に切なく不安げなカイルの表情を見たら、世の女性たちは老いも若きも駆け寄って、この嫌味なほど美形な青年をなぐさめてあげたくなるに違いない。
「どうしたの? カイル」
シリウスは手を伸ばしてカイルの手を握った。
「具合が悪いの?」
「ち、違います」
またしてもシリウスを心配させているカイルは、おずおずを自信なさげに小箱を差し出した。
こんな様子を見ていると、彼が世界を守護する偉大なる竜人だなどとは誰も思わないだろうな。
実際にこんな様子ばかりを見ていて、竜人に対する尊敬の念がおかしなことになってしまった私が言うのだから間違いない。
「シリウス様に何を差し上げるべきか、ずっと決められず、その……」
「カイルがくれるものだったらなんだってうれしいよ」
極上の笑みを浮かべてシリウスは小箱を受け取った。
あんな笑顔を向けられたら地獄の門番だってつられて笑顔になる。
けれどカイルはすこし寂しそうに笑っただけだった。
シリウスが箱を開けると、中には深い紫色に透き通る宝石が入っていた。
私も見たことのない石だ。
シリウスは宝石を取り出して、光に透かすように覗き込む。
「綺麗だね……」
紫の石の中央に、輝く白い星のような模様がきらめいていた。
複雑な深い色の紫がシリウスの瞳の色に似ている。
「ありがとう、カイル、すごく嬉しいよ」
シリウスに抱きつかれたカイルは炎の色の瞳を潤ませながら訴えた。
「でも、本当は、アルファのように、ちゃんと加工してからお渡ししたかったんです。このままでは石の持つ魔力も生かせません」
「加工?」
「はい。時間がなくて……」
それを聞くと、シリウスは少し首をかしげた。
「じゃあ、これをどうするか、ぼくにも一緒に考えさせて」
「一緒に……?」
「うん。――たとえば、二人が嫌じゃないなら、アルファにもらった短剣にはめこんでみるとか……」
シリウスは微笑んで、宝石を両手で包み込むように握った。
一瞬、柔らかな金の光が室内に満ち、私はシリウスが魔法を使ったのだと悟った。
あらゆるものを思いのままに作り出す、シリウスだけが使える、神のごときおそるべき魔法。
シリウスは本当に必要だと感じたときにしか自分の魔法を使わないけれど、その魔法が発動した時、世界はやさしい金色の光に包まれる。
「ちゃんと決まるまでは、ペンダントにして身に着けておくことにする。カイルもぼくのあげた羽をそうしてくれてるから」
シリウスが再び手のひらを開いたとき、紫の宝石には細い銀の鎖がついていた。
それを自分の首に下げ、幸せそうに笑う。
「急がなくていい。一緒に考えよう。きっと、すごく楽しいよ。――素敵な贈り物をありがとう、カイル」
「シリウス様……」
感無量な様子のカイルを見て、一部始終を見学していた人々みんながほっと胸をなでおろした。
私としては腑に落ちない点もあった。
ぼくのあげた羽 とはまさか。
あいつ、シリウスに、あの『金の羽』をもらったのだろうか。
あとでじっくり聞きだす必要がありそうだ。
そんな風に、竜人たちのせいで若干ざわつくこともあったが、基本的には滞りなくシリウスの初めての誕生日パーティは大成功に終わり、その日の夜、私はさっそく贈ったばかりの本を弟と楽しんだ。
異国に住む見たことのない幻獣たちの生態についてくわしく書かれた本だ。
本を読みながら、シリウスが私を見上げてくる。
「あのね、明日はバナードと遊ぶんだよ」
「そうだったな、私のあげた本を一緒に読めばいい」
そういうとシリウスは首をふる。
「兄上にもらった本は、兄上と読む」
私を喜ばせる言葉をピンポイントに言い放つのはさすがだ。
「父上が下さった馬を見るんだ。調教が済んでないからまだ乗っちゃだめなんだって。だから明日はバナードと一緒に、馬の名前を考えるよ」
本当は今日のパーティにバナードを招待してもよかったのだが、立場的に彼が辛いのではないかと考え呼ばなかった。
貴族や王族しかいないパーティに呼ぶより、翌日呼んで気兼ねなく楽しんでもらったほうがいい。
あの少年がいつか、生涯シリウスと共にいられる騎士にでもなってくれたら素晴らしいのだが、一人息子だということだし、進路に関して無理は言えない。
けれどこのままではバナードもいつか大人になり、シリウスの遊び相手という名目では城に呼べなくなる日が来るだろう。
だから私は近いうちに、今後についてシリウス抜きで本人に聞いてみようと思っている。
「バナードも乗馬の練習ができるように、私から馬を贈ろうかな」
「本当?! そしたら、みんなでまた馬に乗ってピクニックに行こうよ!」
シリウスは私に抱きついて頭を胸に押し付けた。
「ねえ、兄上、誕生日ってすごくうれしい日なんだね」
昨日は、誕生日なんてこなければ良かったと泣いていたシリウスが、笑顔でそんな風に言ってくれたので私もしみじみとうれしい。
来年も再来年も、そのつぎの年も、ずっとずっと祝ってあげたい。
もしかしたらシリウスは私よりもはるかに長生きなのかもしれないが、それでも、可能な限り、ずっとだ。
――何歳になっても、誕生日をうれしいと言ってくれるように。
☆ おまけ・翌日 ☆
「……ところでシリウス様、もしよかったら、皿はいりませんか? 大きめなサイズの、赤い皿です」
「お皿? カイルが持ってるの?」
「はい。果物などを盛るのにちょうどよい大きさなのですが……」
「果物を盛るお皿なら、バナードにあげたら? 果物屋さんだし」
「では、シリウス様にお預けしますから、シリウス様からバナードに渡してください。バナードも私からもらうより、シリウス様から受け取ったほうが嬉しいでしょうし、受け取りやすいでしょう」
「わかった。でもお皿なんて、どうしたの?」
「いえ、ちょっと……」
「……そなた、その皿、何かのきっかけで燃え上がったり、盛った果物が常に生ぬるく保温されたりしないであろうな」
「あはは、やだな、アルファ、お皿が燃えたりするわけないじゃない。ねえカイル」
「む、無論です!! そんなわけありません! (ありえる……。念入りに魔力を封じないと……)」
「そうしろ」
(うう、アルファ、私の心が読めるのか?)
「そうしろって、なにを?」
「なんでもございません、我が君。――そろそろバナードが来城する時間ですよ」
――――――――――――――――――――――――――
バナードは あかい さらを てにいれた!!




