26・☆咆哮
いつも閲覧ありがとうございます。
今回の挿絵は9割人外です。
獣とか魔物とかを描くのがなにより好きなので幸せでした。
夕暮れが近いオレンジ色の空の下、人々が上空を見上げ、ひとりふたりと指をさす。
紅に染まる雲の影から、コウモリのような形に切り抜かれた黒い紙が、ヒラリヒラリと舞い落ちてきていた。
時間をかけ、不自然なほどにゆっくりと。
「来るぞ……!」
アルファはバナードをかばうように低く構え、空を睨んだ。
はじめ小さな黒い紙片のように見えたものは、地上に近づくにつれ徐々にその形を濃くしていく。
「なんだあれ……」
不穏な空気は広場に集まっていた人々にも伝わり始めていた。
いまや不気味な黒い紙片は数を増し、空を見上げれば視界にコウモリのような影がいくつもうつる。
「なんだかこわい……」
広場に塔を見物にきていた若い女性が恋人にしがみつく。
まだ遠く空の上にある無数の得体の知れない黒い物体が、まるで死の象徴のように不吉に見えた。
みんな凍りついたように動けない。
バナードも、アルファにしがみつきたい気持ちを必死で押さえ込んでいた。
バナードのことを勇敢で誇り高いと言ってくれた、アルファを失望させたくなかったのだ。
「広場を出ろ!」
「!」
アルファの声に正気に戻ったのはバナードだけではなかった。
周囲にいた人々が悲鳴を上げ走り出す。
混乱は一瞬で広がり、たちまち広場はパニック状態になっていった。
人々の悲鳴が交錯する中、空から舞い降りてくる黒い紙片の一枚が甲高い叫び声を上げる。
聞いたものの魂を引き裂くような、おぞましい叫びをあげた紙片は、叫ぶと同時に膨れ上がり、赤黒い魔物となって重い響きとともに地上を揺らし広場に降り立った。
目撃した男性が叫ぶ。
「ワイバーンだ!」
しかしその魔物は、形こそワイバーンに似ていたものの、以前この場所を襲ったものとは違い、目玉がひとつしかなかった。
体の大きさも乗馬ほどの体高しかなく、本来のワイバーンの半分に満たない。
ぬらぬらとした固い皮膚、羽毛のない巨大なニワトリのような姿。
長い尾はトカゲに似ており、前足はそのままコウモリのごとき翼になっている。
体は小さいがしかし、その数が尋常ではない。
「ギ、エ、え、え、え、えええええぇぇえぇ!」
喉を引きつらせながら叫び、ひとつしかない血色の瞳を人々に向ける。
逃げ惑う人々で大混乱の中、アルファは轟然と立ち尽くしていた。
「多いな……」
魔物の数は10や20ではきかない。
黒い紙片は今も舞い降り続け、地上付近で次々と形の同じ禍々しい一つ目の魔物に姿を変えて行く。
おそらく総数は100を越えるだろう。
何百といようと倒せない相手ではないが、ここは人々が集う広場であり、すぐそこは住宅街でもあった。
戦えば被害は避けられない。
だがこの魔物どもを城まで到達させるわけにはいかなかった。
城にはアルファにとって、命よりも大事な主がいる。
アルファは数瞬目を閉じ、人々の叫びを頭のなかから追い出した。
息を吸い、吐き出す。
今いる場所から一歩、歩き出すのとなんらかわらない。
わずかな意思の力だけで、アルファは人の姿を捨て去った。
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突如広場に現れた魔物の群れから人々は逃げ惑っていたが、いち早く避難していたバナードは、同級生たちを連れて広場を見下ろせる丘の上まで到着していた。
黒竜公があんな魔物などにやられてしまうとは思えなかったけれど、魔物の数があまりにも多すぎて心配だ。
城まで走って、もう一人の竜人だという赤竜公を呼んでくるべきかとわずかな時間迷った。
「おい! あれ見ろよ!」
バナードたちと同じように丘の上まで逃げてきていた男性が広場を指差す。
「!!」
全員が息を呑んだ。
広場の上空に長大な体を晒していたのは、黒曜石のような鱗を夕日にきらめかせた闇色の竜だった。
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人々は魔物の群れに続いて現れた黒竜の姿に恐れおののき恐慌状態になりつつあった。
その巨体といい威圧感といい、明らかにワイバーンなどのありふれた魔物と同レベルではない。
どれだけ人員を裂いても、黒鋼色に輝く鱗ひとつ傷つけられないのは子供にも明白だった。
だがそこにバナードの喜色にあふれた声が響き、人々がわれに返る。
「黒竜公様だ! 大丈夫、オレたちの味方だよ!!」
黒竜公と呼ばれた竜に、少年の叫びが聞こえたとは思えなかったが、巨大な竜は首をもたげて街全体に響き渡る雄たけびをあげた。
逞しく低く、その声は魔物たちのおぞましい叫びとは違い、人々の心を大いに勇気付けた。
守護神の咆哮のごとく魂に届くその声を聞いた人々は、少年の言葉どおり、黒竜は自分たちの味方だと誰もが確信した。
「黒竜公様……!」
人々が立ち止まり、輝きわたる漆黒の鱗を遠くから見つめる。
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アルファはとりあえず自身の属性である闇魔法を使わないことに決めた。
その気になれば広場ごと魔物を一掃することもできるのだが、逃げ遅れた人々がまだまだ残っており、範囲魔法を主とする闇魔法は危険すぎる。
となれば、次に有用なのは、自身で研究を重ねている雷属性の攻撃だろう。
黒竜が決断すると同時にイカズチの光が空を割った。
体の芯ごと震わせるようなすさまじい轟音が響き、大地が揺れた。
竜神の怒りがまぶしく輝く百万の強弓となって降り注ぐ。
雷鳴と稲光が広場を直撃するごとに、魔物が一匹黒焦げになって跡形もなく燃え尽きたが、敵の数はあまりにも多く、広範囲に出現しているため、一匹ずつを打ち倒して行く黒竜の攻撃はなかなか追いつかない。
城下町に大量の魔物現る、という恐ろしい報告は、すぐさま城にも届けられた。
ルークは一報を聞くとすぐにシリウスの居室に飛び込み弟の無事を確認した。
「シリウス、カイルとここにいるんだぞ。――カイル、弟を頼む」
「兄上、待って……!」
「大丈夫、どうやら現場にアルファがいるらしい。なに、以前も東西広場は襲われているが、今回は黒竜も戦ってくれているのだから、負けたりしないよ」
ルークは不安げなシリウスの頭を撫でてやり、カイルに弟の守護をまかせると、城内の騎士たちをひきつれて現場へと向かう。
シリウスの方は、兄が出て行ったあと、窓にとびついて塔のある広場の方をみつめた。
城からでも東西広場の上空に不吉な黒い魔物の影が飛び交っているのが見える。
「ぼくも行かなきゃ……!」
シリウスを守るため傍近くに控えていたカイルは目をむいた。
「なりません。危険すぎます。ここで私がお守りしますから……」
「アルファが戦ってるよ……!」
シリウスが指差す先をカイルが見ると、まだ赤い夕日のそらの中、確かに黒曜石のように輝く黒い巨体が遠くに見えた。
漆黒の鱗が自らの放つ雷撃を反射してまぶしく輝いている。
大地を直撃しているのだろう稲妻の鳴動が、遠く離れたシリウスの居室にも地響きとなって低く届いた。
「いかなきゃ……!」
「なりません」
いつもは主人に甘いカイルがきっぱりと言うと、シリウスをもっと安全な場所へ連れ出そうと手を伸ばした。
シリウスの居室は三階の見晴らしの良い場所にあったので、階下に連れ出そうとしたのだ。
だがシリウスはカイルの腕をすりぬけると、すばやく窓に足をかけた。
「カイルが行かないならぼくだけでもいく!」
言うなり躊躇せず細い体を空へと投げ出す。
だが今度はカイルも大事な主人を逃がさず捕まえた。
シリウスの背に金の羽が現れ、カイルの腕のなかで暴れている。
「放して!」
「シリウス様! いけません!」
「やだ! 絶対行く! アルファのところへ!」
シリウスは不吉な予感で胸がいっぱいだった。
今いかなかったら、きっとアルファの身に危険が及ぶ。
自分になにが出来るのかはわからなかったけれど、行かなければならないのだと強く思った。
「お願いカイル!!」
カイルの腕から逃れようと、本気で暴れる主人にカイルは困りきっていた。
このままでは魔物がどうのこうのというよりも、むりやりシリウスを捕まえている自分の方が、主人の細い体を傷つけてしまう。
「わ、わかりました! わかりましたから! 一旦お戻りになって……」
わかったといわれて、シリウスは暴れるのをやめた。
カイルの腕の中におとなしく納まって、信頼する部下の瞳をじっと見る。
主の視線を受け止め、カイルは深々とため息をついた。
「シリウス様をあんな現場に連れて行ったと知れたら、私があとでアルファに殺されます」
「でもカイルもアルファも、ぼくを守ってくれるでしょ」
「無論です。ですが、シリウス様の翼はまだ人々にお見せにならないほうが良いでしょう。私も竜になりますので手のひらの中にいていただけますか」
カイルの言葉を受け、シリウスは真剣な表情で頷いた。
今回のシリウスはアグレッシブで、カイル動揺。
過剰に過保護な護衛の二人がいなかったら、シリウスは常に街に出て外を走り回るような子供かもしれません。
二人があんまり心配するのでかなり我慢しています。
サイズ比較用のイラストのはじっこにいる、ワンコ的なものは、たぶん55話とかそのへんに登場すると思います。




