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171・シリウスと友人たち



 シリウスは兄の隣で釣りをしたが、気がそぞろなせいか、魚は一匹も釣れなかった。

兄や騎士たちが、輝く鱗の淡水魚を釣っていく姿を眺めながら、どうすれば平和に魔人と会えるかを考えてぼんやりしてしまうからだ。

常に前向きなシリウスでも、ことは世界の安全に関わる問題だ。なんとかなるだろうと思考を停止してぶっつけ本番で挑んで良い事案ではなかったので、ますます考えるのを止められない。


 白竜の合流は一行を驚かせたが、予定に変更はなく、明日になったらこのまま進むこととなった。

釣った魚や、狩りをしていた騎士見習いたちが手に入れてきた猪の肉など、その日に食べきれないものは干肉に加工する。


 午後には森の探索から帰ってきたバナードやハイドと話をしたかったシリウスだけれど、彼らは今日もそれなりに仕事があり、会話の機会は得られなかった。

代わりにワグナーが朝食兼昼食を食べた湖の畔で、シリウスのお茶につきあってくれた。


「あいつらが獲ってきたの、大きなメスの猪だからきっとおいしいぞ。切り分けて干すのは結構大仕事だから、夜までかかるかもな」


「うん……」


 言外に、仕事中なんだから話しかけて邪魔しちゃだめだぞと伝える。

さびしそうなシリウスを見て、ワグナーは若干罪悪感があったのだけれど、これはバナードやハイド、彼らの教官たちと、森の中で話し合って決めたことだった。

つまり、シリウスを守るにはバナードたちはまだまだ未熟で分不相応なのだ。

あまり親しくしすぎて、見習いという立場を忘れてはいけない。

食事のときなど、任務とは関係ない時間、王子の方から話しかけてくるならば相応の応対をするべきだけれど、本当に親しくなるのは、きちんと実力を身に付けて、正式な騎士になってからにせよ、と、そういうことなのだった。


 とはいえ、ワグナーは彼らとは違う。

身分的にも不相応ということはない。

それに、学生たちは森を抜ければウェスタリアの首都に戻ってしまうけれど、ワグナーは最後まで同行するのだ。

単なる留学生でシリウスの友人として参加しているので、遠慮なくバナードやハイドのフォローに回っていた。

昨日、エルフの里でそれなりに打ち解け、今日も狩りを通して親しくなったので、フォローぐらいはいくらでもしてやれる。



 シリウスは大きなため息をつき、足元で横になっているフォウルをチラリと見る。

魔人と親しくなりたいのに、もともとの友人とすら、一緒にいることがままならない。


 真面目に悩んでいる様子のシリウスに、ワグナーは前々から打ち明けようと思っていたことを話そうと決めた。。


「ところでシリウス、今回のこと、本当なら俺は、全部日記に書いてアレスタに送らなければいけないんだ」


 フォウルが顔を上げる。

シリウスは首をかしてた。


「どういう意味?」


「俺は父上から、留学を許可する代わりに、毎日何があったかきちんと詳細な日記を書いて、週ごとにそれを手紙にして送るように言われている。

でもさ、父上は政治家だし、言いにくいんだけど、やっぱり竜人の方々や、お前の動向を知っておきたいと考えているんだと思うんだ」


 ワグナーはため息をつく。

本当はこんなこと考えたくないし、シリウスにも話したくない。

でも自分の父親が政治家なのは事実だし、アレスタで起きた事件や、その後、竜人たちとシリウスを追放するように追い出してしまった件については、かなり強烈に後悔と反省の意見が飛び交っている。

留学に行くにあたって、あからさまには何も言われてはいないけれど、自分が何を期待されているか、十分に理解していた。


 すなわち、隣国の王子と、王子を守る竜人たちとの親交を深め、アレスタとの確執を減らすこと。

そしてもうひとつ、彼らの動向を探ること。


 もちろんワグナー自身はシリウスがアレスタにいたときと同じように接するつもりだったし、政治的な行動をするつもりもなかったけれど、自然に振舞っているだけで、アレスタの高官達の思惑通りになっていると思うと面白くない。

すべてを報告するべきなのかもしれないし、父や政治家達はそれを期待しているのだろうけれど……。


「俺はスパイじゃない。もし誰かにそれを期待されていたとしても、そんな役割はごめんだ」


「ワグナー……」


「……俺はお前の友達としてここに来たんだ」


 目を閉じて、深く息を吸い込むと、決意を込めて、顔を上げた。


「そのほうがいいなら、手紙を送ることもやめる。留学期間は一年の予定だけど、必要ならもっといたっていい……」


 手紙をやめても、本人が帰国してしまえば、詳細を聞き出されてしまう。

留学を決めた当初は、シリウスにまた会えることがうれしくて深くは考えなかったけれど、実際に再会し、竜人達やシリウスのすごさをあらためて身近で実感し、さらにはエルフとの邂逅を体験して、自分が本当はなんのために留学を許可されたのか、少しずつわかってきた。


 しかしワグナーは、シリウスと友達のつもりだったし、命の恩人でもあるこの邪気のない少年を裏切ることだけはしたくなかった。

祖国で期待されているとおりの働きをすれば『友人』ではいられなくなる。

たとえシリウス本人は気にしなくとも、ワグナー自身は自分を許せなくなるだろうし、せっかく竜人達がシリウスの傍にいることを許してくれているのに、彼らにも信じてもらえなくなる。


「でも手紙を送らないと、お父上は心配なさるんじゃない?」


「……」


 ワグナーが黙ってしまったので、シリウスが困ってフォウルを見た。

狼は立ち上がり、蒼い瞳をワグナーに向ける。


「手紙をやめるとかえって怪しまれる」


「……そうかもしれません」


「今日の天気でも送ったらいい」


 シリウスは、そんなわけにはいかないよ、とフォウルの頭を撫でたけれど、ワグナーの方はうなずいた。


「天気だけってわけにはいかないだろうけど、天気と進行距離、そうだな、今日なら、シリウスと湖で釣りをして遊んで有意義な時間をすごしたって報告しよう」


「いいの?」


「子供が宿題に書く日記なんて、そんなもんだろ」


 アレスタにいたころのワグナーが、もっとまじめに、作文のような日記を書いていたからこそ、父が日記を送るように言ったことはわかっている。

こんな日記を送ったら、真剣に詳細を書くよう叱る手紙が届くだろう。


「そうなったら、毎日楽しくて、詳しく日記を書く時間がないって言うさ。それでもうっかり知られちゃいけないことを書いたら困るから、送る前には竜人の方々にチェックしてもらおうと思う」


「ありがとう、ワグナー……」


 シリウスが礼を言うと、足元でじっと話を聞いていたフォウルが少し気まずそうに視線をそらした後、人の姿へ戻った。

それからワグナーに向けうなずいて見せた。


「君がこんなに信頼できる相手になってくれるとは思っていなかった」


「フォウル!」


「最初は噛み殺してやろうと思っていたし」


 シリウスはポカンと口をあけ、ワグナーが苦笑する。

確かに、蒼毛の狼に組み敷かれ、むき出しの牙が目の前に迫って、地鳴りのような唸り声を間近で聞いたあのとき、ワグナーは生まれて初めて命の危機を感じた。

ワグナー自身、あのころあんなにも疎ましいと思っていたシリウスが、誰よりも大事な友人になるなんて、考えてもいなかった。

殺されるのではと思っていた蒼狼、蒼竜フォウルに対しても、今はただ憧れのような尊敬の気持ちがあるだけだ。

フォウルは表情に乏しく、一見なにを考えているのかわかりにくいけれど、ひたすら真摯に主人を守っているだけで、別にワグナー個人を恨んだり攻撃したりしようとしているわけではないと、今ならわかる。


 視線をそらしていたフォウルが、ワグナーを見つめた。


「君は自分を変えようと努力した。そのあともたくさんの行動で示してくれている。ボクは君を信用する」


 蒼竜フォウルの言葉に、ワグナーは頬を紅潮させ、体を震わせた。

蒼竜に、自分の意志や行動が、ちゃんと伝わっていた。

緊張と感動で涙がこぼれそうになったが、ぐっとこらえると何度か深呼吸し、自分を落ち着かせてから、顔をあげた。


「俺は、シリウスと友人でいたいです。この先も、ずっと。友人にふさわしい相手であり続けたいんです。俺がまた何か間違えそうになったら、そのときは教えてくれますか?」


 フォウルは相変わらず表情を動かさなかったが、黙ったままうなずくと、再び狼の姿に戻り、何事もなかったかのように、シリウスの足元に伏せた。




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