98・☆救助大判振舞1
「オレ明日も早いんだけど……」
ぶつくさ文句を言っているのは、自宅で休んでいたところをむりやり起こされ、引っ張ってこられたジャンだ。
誘拐された要人たちの救助へ向かうにあたり、カイルは実家から大型の馬車を二台借りてきた。
救助した要人たちを乗せるための馬車と、自分たちのための馬車。
助け出す予定の人々の面倒を見てもらうためと、現場への道案内をかねて、カイルはジャンに手伝いを求めた。
口では不満を表明したが、ジャンとて誘拐されている人々を助けたい気持ちは同じだ。
馬車で着替えると言って、自分の服を抱えてついてきた。
近い場所から順番に回る予定だったので、最初の現場は半刻ほどで到着した。
ワグナーの屋敷と同じく、立派だった建物は崩壊寸前で、今にも崩れて瓦礫の山になってしまいそうな様相だ。
門扉に傷を負っていなかったせいか、周囲に見張りは誰もいない。
ジャンを馬車の中に残し、シリウスたちは廃墟の屋敷に忍び込んだ。
カイルの炎が、目立たないよう足元だけを照らす。
慎重に歩いていたがそれでも暗くて、シリウスはうっかり足元の小石につまずいた。
すかさずアルファが抱きとめる。
「ありがとうアルファ」
「お怪我はございませんか」
自分でしっかり受け止めたくせに、心配そうに聞いてから、アルファはシリウスを抱き上げた。
「屋敷の中までこのまま参りましょう」
本当は自分で歩きたかったシリウスだけれど、今日は自分のわがままを押し通して来てしまったのでおとなしくしていた。
救助に支障が出ない限り、竜人たちの好きなようにさせたほうが無難だ。
彼らが危険と判断した瞬間、やっぱり帰りましょう、となるのは目に見えている。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
建物の中、玄関ホールは、やはりワグナーの屋敷と同じく床に大穴が開いていて、しかもこちらは片付けも手付かずなせいで散々な有様だった。
枯れた巨大な葉や、切り裂かれた蔦もたくさん落ちていて、魔物の暴れぶりと住人の抵抗が伺えた。
シリウスはアルファに下ろしてもらい、床に手を触れる。
「……うん、やっぱり下に空洞がある。気配が薄いからほとんど感じられないけど、魔物もいるみたい」
「では前回と同じように倒してまいりましょう」
カイルが一歩前に出たが、そのカイルの袖をシリウスがひっぱった。
「前と同じじゃだめなんだ。音も振動も大きすぎてすぐ騒ぎになっちゃうよ。これから何箇所も回るんだから、バレないようにしなきゃ」
「で、ではどうすれば……」
カイルには、魔物を燃やしてしまう以外に方法が思いつかない。
そうなると当然魔物も抵抗するし、前回と同じように大きな地震のごとき揺れと地響きは避けられない。
どうしたらいいのかわからず困ってしまったカイルに、シリウスは笑顔をかえす。
「この前あの魔物は眠ってたみたいだった。今もじっとして動かないし、ほとんど気配がないんだよ。葉っぱだから動くの好きじゃないのかも。寝てるなら、そーっと近づいて捕まってる人をこっそり助けたらいいんじゃないかな?」
かなり楽天的な考えだったので、竜人たちはみんな、なんと言って主人を止めたらいいのかわからず顔を見合わせた。
けれどシリウスは彼らの反応も十分予想していた。
「魔物がいる場所は、丁度今立ってるとこの真下だと思う。ぼくかアルファが小さく穴をあけて、そこからこっそり入って、魔物を起こさないように助ける」
「も、もし魔物が起きてしまったらどうなさいます?」
カイルのもっともな質問に、シリウスが首をかしげる。
「そのときは仕方がないから前と同じで戦うことになっちゃうかな?」
バレたらバレたで仕方がないと、シリウスは思っていた。
それは今回の救助作業の事でもあるし、自分の能力の事でもある。
家族も竜人たちも、シリウスの能力が他の誰かに知られることをとても心配していたが、シリウス本人はさほど気にしていなかった。
みんなは特別な能力だと言うけれど、シリウスにとってはどうということのない普通の力だったからだ。
自分がしっかりしてさえいれば悪人に利用されることもないだろうし、何より竜人たちがいてくれる。
アルファはシリウスの提案にうなずいた。
集中してみなければわからないが、確かに今いる場所の地下に、魔物の気配がある。
じっと動かず、やはり眠っているように思えた。
戦わずに救助だけするということは、魔物をこのまま放置することにもなってしまうが、前回カイルとフォウルが戦ったときも、核である根の部分は地中に埋まっていて手を出せず、結局逃げられてしまったし、今日簡単に倒せるとは思えない。
「俺がここから真下に向け穴をあけてみましょう。万一魔物が目覚めた時は危険です。我が君は建物の外へ。――フォウル、我が君を頼む」
「待ってアルファ。ぼく、カイルと外にいる。植物の魔物って水が好きなんだよね? フォウルならこっそり上手に近づけると思うんだ」
カイルとフォウルは目を合わせた。
シリウスの言うとおり、植物系の魔物を倒すならカイルが最適だが、こっそり近づくのならフォウルの方がふさわしい。
結局、穴はアルファが開け、フォウルが自身を水の膜で覆ってこっそりと進入する作戦で落ち着いた。
カイルが手のひらを広げると、その手の上に小さな魔方陣が浮かび、青白く輝く炎の精霊を呼び出された。
留守番の時間を利用して勉強し、最近になって使えるようになった召還魔法だ。
「イグニス・ファトゥス。フォウルの傍を離れるな」
イグニス・ファトゥス。
ウィル・オー・ウィスプとも呼ばれる鬼火は、返事の代わりにわずかばかり揺れると、フォウルの肩のあたりに留まった。
青白い光はあまり広範囲を照らさない代わりに目立つこともない。
準備が完了すると、カイルはシリウスの手を握って屋敷の中全体が見える位置まで下がった。
主人が安全圏まで引いたのを確認してから、アルファはフォウルと視線を交わし、しゃがんで地面に手を当てる。
何の詠唱も、何の予備動作もなく、再び立ち上がったとき、彼の足元には両腕で輪を作ったほどの大きさの穴が開いていた。
カイルに借りたイグニス・ファトゥスにそっと照らしてもらうと、暗い穴の中で呼吸するように、ゆっくりと膨らんでは縮む、巨大な魔物の塊がわずかに見える。
「やっぱり中に人がいる。昨日の人間よりも生気が弱い」
フォウルがさして興味なさそうにつぶやいた。
「救助が遅れている分、弱っている」
フォウルは自分とイグニス・ファトゥスとを、しゃぼんのような水の膜で包み込んで覆う。
小さな炎の精霊は、苦手な水に包まれたせいで驚いて震え、光を薄くしたが、フォウルはおとなしい精霊に向け微笑んだ。
「君を消してしまったりしない。約束する」
フォウルの蒼い瞳に、イグニス・ファトゥスの小さな光が映りこむ。
精霊は子リスのような声でチリチリとかすかに鳴くと、自分を奮い立たせるように最初より明かりを強くした。
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離れた場所で作業を見守っていたシリウスは、隣で自分を守護してくれているカイルを見上げた。
「ねえカイル」
「はい」
躊躇なく穏やかな返事が戻ってくる。
そのまっすぐな心が自分に向けられていることが嬉しくて、同時に切ない。
「……カイルはもっと自分の好きに行動していいんだよ。ぼくが必要なら手伝うから、遠慮することない」
今回の件で、カイルは祖国の要請を半分飲んで半分断った。
助けはするけれど、土砂の除去は断ったのだ。
「ぼくね、学校で、アレスタの人が他の要人たちを助ける要請をカイルに出したってきいて、本当はちょっと胸がモヤモヤしたんだ」
心配そうに見下ろしているカイルに、シリウスは少しだけ寂しげに微笑んだ。
「カイルが学園で講演してくれたときと同じだね。平気だって言ったのに……」
「私のすべてはシリウス様のものです」
キッパリと言うと、カイルは膝をついてシリウスの手をとった。
「お嫌でしたらすべて断って……」
「違うんだ。そうじゃなくて……」
屋敷の中をチラリとみやると、フォウルが穴の中へ入っていくところだった。
「うまく言えないんだけど、やっぱりぼく、やきもち焼いてる。アレスタの人たちはみんなカイルが大好きで、カイルはみんなに優しいから……」
金のまつげを伏せ、カイルに抱きついた。
「でも、誰かに意地悪なカイルなんか見たくない。アレスタの人たちがカイルに頼みごとをして、カイルもそれを助けてあげたいと思うなら、カイルの思うとおりにして欲しい。ぼくはちょっとやきもちをやいて、そのあとすごく誇らしい気持ちになれる。ぼくも一緒に行くし、手伝えることはなんでもするから」
「シリウス様……」
「さらわれた人たち、みんな助かるといいね」
カイルの胸に頬を押し付けて、シリウスは大事な友人の暖かなぬくもりを感じていた。