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97・☆赤竜への依頼

 

 

 

 シリウスがアルファの教室をのぞいていたころ、下宿で留守番をしていたカイルの元にも客人がきていた。

アレスタ正騎士団の団長であるグリフ准将だ。

カイルの実家で所在を聞き、数名の部下を伴って、行方不明者の捜索の手伝いを依頼に来たのだった。

彼らが下宿を訪ねてきたとき、カイルはシリウスの部屋の掃除にせいを出していた。

ボロ下宿を掃除する赤竜公を見て、騎士たちはみんなあっけにとられ、何かの見間違いに違いないと、目撃した光景を忘れることにした。


 准将は鍛え抜かれた壮年の男性で堂々としていたが、部下たちは赤竜カイルを目の前にしてみな緊張の面持ちだ。

だが准将の依頼を聞いたカイルは不思議そうな顔。


「なぜ私に要人救助の依頼を?」


「先日の魔物を倒したのは赤竜公殿だとお伺いした。我らには手を出せない深みに囚われている行方不明者の救出にぜひ竜人の力を……」


「それはわかったのですが、そういう意味ではありません」


 カイルは客人たちを自室のテーブルに招いていたが、座りきれないので准将だけが椅子に座っていた。

部下たちは起立したままだ。

カイルは手ずから全員に紅茶を差し出してから自分も着席する。


「私はシリウス様のものです。爪のひとかけら、髪の一本まですべて。ですから私に依頼して頂いてもお答えできません。准将殿は先日の首脳会議にもいらしていたのですから、このことは十分ご存知ではないのですか」


 その答えにあっけにとられた来客たちだったが、カイルは気にせず紅茶に砂糖を足している。


「それに、前回ロイド卿をお助けしたのもシリウス様のご協力があったからこそ。私だけで以前屋敷をうかがったときは何も発見できなかったのですから。そもそもロイド卿の屋敷跡を尋ねたのも、ロイド卿のご子息がシリウス様の同級生だったからです」


「つまり依頼は赤竜公閣下ではなく、シリウス殿下になされよと?」


 もともと自国の竜人だった赤竜公なのに、他国の王子を通して依頼をしなければならないのがグリフ准将は大いに不満だ。

そもそもほんの二年前までは、カイルは近衛騎士団に所属していたのだ。

グリフ准将は正騎士団の団長であったので、あまり接点はなかったが、直接ではないにしろ、カイルの上官であったことは間違いない。

本来なら今でも赤竜公はアレスタの騎士だったはずなのだと准将は唇を噛んだ。


 カイルはため息をつくと首を振る。


「私に関する事柄のすべての決定権はシリウス様にありますが、主人は今、留学のためアレスタに滞在しておられるのです。わずらわせるのはご遠慮いただきたい。申し訳ないが、アレスタの問題はアレスタで解決するべきです」


「我々だけでできるならそうしている。だが地中を塞ぐ土砂は、今日明日中には簡単に除去できない。ロイド卿が発見されたときの衰弱具合から言って、これ以上救助が長引けば生命に危険が及ぶだろう」


 それを聞いたカイルはなんと言うべきか迷った。

土砂を取り除き、壁や天井を補強したのはカイルではなかったからだ。

けれど誰がどうやったのかを説明するわけにはいかない。


「土砂を除去したのは私ではありません。その力を期待しておられるのでしたら、私にはまったくご協力できない」


「ではどうやって土砂を取り除いたのです」


 准将の当然の疑問にカイルは無言だ。


「屋敷の片づけをしていた騎士の話では、赤竜公が屋敷においでになったとき、金髪の少年と黒衣の青年、それに狼が同行していたという事ですが、金髪の少年がシリウス殿下で、黒衣の青年はおそらく黒竜公閣下ですな。土砂は闇魔法で取り除かれたとしても、壁や天井の補強はどうなさったのですか」


「私の力ではない、とだけ理解していただければ十分です」


挿絵(By みてみん)


 カイルは茶を飲んでから、短く息を吐いた。


「准将殿、そちらで土砂を取り除き、魔物の巣へと直結できるめどがつくのであれば、シリウス様に許可をいただいたのち、魔物を倒すのに力をお貸ししよう」


「本当ですか?!」


 勢い込んで身を乗り出した准将にカイルはうなずく。

これ以上詳細についてたずねられるのはいささか具合がわるい。

それにカイルの主人はきっと、捕らわれた人の救出に手を貸してあげてほしいと言うはずだから。

けれど主人の手を煩わせ、危険な現場に連れて行く気はさらさらなかった。

だから土砂の除去はやってもらわねばならない。


「ただし、協力できるのは私の主人が学校に行っている間だけです」


「お力をお貸しいただけるなら。もちろんそれでかまわない!」


 准将はこのチャンスを逃すまいと身を乗り出してきた。

カイルと握手を交わし、朗報を伝えるために部下を引き連れ慌しく帰っていく。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―




 シリウスがグリフ准将の依頼の件をカイルから聞いたのは夕食のあとだった。

少し申し訳なさそうに、祖国の民を救うのに力を貸してよいでしょうか、とシリウスの顔を覗き込む。


「それはもちろんカイルの自由だよ。でも……」


「でも?」


 不安そうに聞いてくるカイルの手をシリウスは握る。


「ぼくも行く」


「いけません!」


 その場にいた竜人三名が全員一斉に声を出したので、シリウスは目を丸くして、それから笑った。


「この前も大丈夫だったんだから、今度も大丈夫だよ」


 主のポジティブな意見にアルファが首をふる。


「我が君、すでに港町サンターナでの一件やロイド邸で魔法を使い、彼らは我が君の力に気づきつつあると俺は思います。これ以上深入りは危険です」


 フォウルもうなずく。


「人間たちにあなたの力を知られてはいけない」


 いつもは主人を止める場合でも、多少は譲歩する姿勢を見せる彼らが、今回はまったく引かなかった。

真剣な表情の中に、絶対にひきとめる、と書いてある。

シリウスにも彼らの言い分はじゅうぶんわかっていた。

けれど一緒に行かなければいけない理由もあったのだ。


「だって、普通にやったら土砂を取り除くのに何日もかかるよ。それに目的の場所はいくつもあるんだよ。ワグナーのお父さんはすごく衰弱していたし、なるべくはやく助けてあげないと命が危ないんじゃないの?」


「それでもあなたを行かせない。誰かが死んでもあなたのせいじゃない」


 フォウルは普段穏やかな蒼い瞳に明確な意思を宿して厳しい表情だ。


「助けられるのに助けないのは、ぼくの責任だよ」


 シリウスはそう言うと立ち上がる。


「じゃあ、今から行こう」


「今から?!」


 今度も三人の声が重なったので、シリウスはニッコリ微笑む。


「そう、今から。もう夜だし、騎士の人たちがやる作業は明日からなんじゃない? 誰もいない今なら、ぼくが魔法を使ってもバレないよ。明日じゃ見られちゃうから、今行こう」


「これから全員を助けに回るのですか?!」


 驚いたカイルが大きな声を出すと、シリウスは唇に人差し指を当てて、


「そんな大きな声を出したら聞こえちゃうよ。朝までに全員助けるつもりだよ。あ、でも、助けた人をどうしよう」


 と小首をかしげる。

主人の行動力には慣れっこの竜人たちだったが、今回はまだ反対のようだった。


「我が君、地下に通路を作ると、どうしても痕跡が残ります。カイルの力ではないとすでに知られているのですから、やはり俺は反対です」


「大丈夫だよ。助け終わったら、また元通り土で埋めちゃえば。もし魔物のいる空間の上が廃墟なら、真上に直接穴をあけてもいいし」


「!」


思いがけないシリウスの言葉に、竜人三名は顔を見合わせたのだった。



カイルは、シリウス様に許可をもらわないと! と思っていましたが、

アルファには、黙ったまま一人で行けばよかったのに……と恨まれているかもしれません。

ちなみに、フォウルには、なんで無視しないんだろうと思われている。



挿絵(By みてみん)

次回は、なぜかやることがないカイル。

しまった画像が左右反転状態だ!

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