第3部:第1話:地雷を踏まれた狂信者
「君を調べ上げたビアンカは、君に魔術では叶わないと判断し、あろうことか、次は君の最大の弱点であるデール妃殿下を誘拐し、君がデール妃殿下を救出しにくるという罠にかけ抹殺しようとしていると報告を受けた」
スペーシング王国の執務室。ブルーコーラルが重々しい口調で、ファンナステッド王国から届いたばかりの極秘の『影』の報告書を読み上げた瞬間、室内の空気が一変した。
「……なんですって?……私の推しを誘拐……?」
シーリンの呟きと共に、部屋の温度が目に見えて急降下していく。
さっきまでお茶を淹れてニコニコしていた可愛い妻の瞳から、完全に色が消え失せていた。
「……許さない……。絶対に許さないわ、レッド・ビアンカ。あのデール様の、触れることすら恐れ多い神聖な領域に、その小汚い泥足で踏み込もうだなんて……ッ!」
シーリンの華奢な身体から、地獄の底から吹き荒れるような、ドス黒く禍々しい魔力が凄まじい勢いで湧き出はじめる。あまりの怒りと苛立ちの乗った覇気に、室内の観葉植物がチリチリと焼け焦げ、机の上の書類がビリビリと激しく震えだした。
「ーーっ……リンっ!? ちょっと落ち着いて!? 魔力抑えてっ!!」
スペーシング王国の若き王であるブルーコーラルは、彼女のあまりの魔力に椅子の背もたれにのけぞった。シーリンの魔力という名の覇気に身体が勝手にガタガタと震えてしまい、冷や汗を滝のように流して必死に両手を振る。
「これに対抗するため! すでにファンナステッド側とも連携して、デール妃殿下の影武者を用意してあるんだ! 彼女を囮にしてとある場所までビアンカを誘導し、また君の魔法陣で奴を無力化して、今度こそ捕まえたいと思っている……だからその、一度……魔力を引っ込めてくれないか!」
ブルーコーラルの必死の懇願を聞き、シーリンはふぅ、と冷たい息を吐き出した。ドス黒い魔力こそ収まったものの、その顔は怒りで燃えている。シーリンは不機嫌そうに小さく舌打ちを漏らし、綺麗な眉をこれ以上ないほど不快そうにひそめる。
「……でも、さすがに今回は魔女も警戒するでしょう? 前回、私の『あの魔法陣』を食らって死にかけたのです。同じ手に素直に引っかかるほど、あの執念深い女も馬鹿ではないはず。何かしらの身代わりや、遠隔の術式で対策を打ってくるに決まっています」
「……確かに……そうだろうな……」
シーリンの鋭い指摘に、ブルーは言葉を詰まらせた。
「ただ……奴の目的はあくまでデール妃殿下の確実な身柄だ。誘拐さえ出来れば君を罠にかけ勝てると思い込んでいるはずだから、その油断と一瞬の隙を突いて、なんとか無力化させたいんだが……」
「……んー、それなら」
顎に手を当てて冷酷に思考を巡らせていたシーリンが、ぽんと手を叩いた。
その顔には、天使のように愛らしい笑顔が浮かんでいる。――ただし、瞳の奥の光は一切笑っていない。
「直接魔法陣を踏ませるのが難しいなら、新しい魔術具を作りましょう。デール様の影武者をビアンカが捕え、指定の場所まで連れ込んで包囲網が完成したら――一斉に『拘束の術式』を組み込んだ、吹き矢のような魔術具でビアンカを遠距離から狙撃するのです。もちろん、念のために逃走経路には前回の無力化の魔法陣も二重に描いておきましょう」
さらりと言い放たれた、確実に魔女を蜂の巣にするためのエグすぎる二段構えの計画。
(敵じゃなくて本当に良かった……もしリンを怒らせたら国が滅ぶ……)と、ブルーコーラルは背筋に冷たいものを走らせながらも、彼女の圧倒的な発想力に感嘆するしかなかった。
「……また君にばかり負担を掛けてしまうが、本当にいいのかい?」
「ええ。デール様をお守りするためなら、たとえ火の中水の中。どんな場所でもどんなことでも、喜んでやってみせます!」
シーリンは胸を張り、力強く微笑んだ。
その瞳には、最愛の推しを脅かす不届き者を、今度こそ捕えるという、鋼よりも固い狂信の決意が宿っていた。
そんなシーリンにブルーコーラルは(君はもし私が同じ状況になったら、同じことをして同じように感じてくれるのか……)と、やはり嫉妬してしまうのだった。
ここから第3部になります。
第3部はまだ全て書いている訳ではないので投稿は以前のような頻度には出来ませんがお付き合いいただけると幸いです。
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