第18話 乙姫コロニー行政府
今回、敵を文字通り殲滅したことにより、竜宮星系への直接侵攻は当面心配する必要がなくなった。後顧の憂いなく、こちらから打って出ることも可能だ。
相手側を揺さぶる意味でフェイント?をかけると面白そうだと思ったが、効果は限定的なうえ予測の揺らぎが大きくなるという理由で現段階では国外に対しては積極的な動きは当面控えるということになった。そのかわり、星系内の整備は着実に進めていく。
来週には、ここ人工惑星URASIMAで軌道エレベーターの起工式が行われる。工事関係の作業船などもぞくぞく竜宮星系に集まりつつある。軌道エレベーターのほか、各種人工惑星、人工衛星の建造を請け負っている総合建造業者の事務所もURASIMAに開設済みだ。そういえば、乙姫の開拓コロニーの市長を起工式に招待しているが、URASIMAまでの足があったかな? まあ、それくらいは自分で何とかするだろうから心配する必要はないか。万が一、足がないようなら言ってくるだろう。
今後、乙姫には発展してもらわなければならないが、市長はその要になる人物だ。これまで接点はなかったが、地上での評判もそこそこいい人物のようなので関係は良好に保ちたい。問題があるような人物なら、早い段階でワンセブンが何らかの手をうっていただろうから、今も健在であるということはワンセブンの認めた人物なのだろう。
軌道エレベーターに目途が立てば、乙姫上の諸施設のほか、ガス巨星、SS-72-cにガス採集用井戸の建設が始まる。ガス採集用井戸は実質軌道エレベーターだから、これもかなり大規模な工事になる。これができると、燃料、推進剤をよそから購入して輸送する必要がなくなるので早めに欲しいところだ。
あと、宇宙関係で残るのは、本格的工廠の建設だが、それはもう少し先の話になるだろう。当面は工作艦AKASIで間に合わせることになる。
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ここは、乙姫コロニー行政府、市庁舎の中の市長室。
安物のスチールデスクの後ろのこれも安っぽいスチール椅子に腰を掛けた市長の西田幾一郎が難しい顔をして、デスクの上の書類を眺めていた。
スーツを着て黙って座っていれば哲学者然とした顔立ちから周りの人間は知的なイメージを西田に抱くのだが、黙って座っているわけではないし、服装も至って軽いのでそのイメージを持ったとしても今の西田の姿を見れば思い直してしまうだろう。
「うーん」
「市長、先ほどからうなってばかりですが、どうしました?」
西田の秘書を務める伊藤清美が構ってほしそうな西田にやれやれと思いながらも声をかけた。
「いやー、清美ちゃん、聞いてくれる?」
わかりやすい市長の反応に苦笑しつつも伊藤が、
「それで、どうしました?」
「来週開かれる軌道エレベーターの起工式なんだけど、乗っていく連絡艇がないんだよね」
「いままで、連絡艇など必要ありませんでしたし、予算も有りませんから仕方ありません。市長が起工式に出ようが出まいがおそらく村田侯爵さまは気になさいませんよ」
「えー、仮にも僕は乙姫開拓コロニーの市長なんだけれど、僕が起工式に出なくていいの?」
「かまいませんよ。それではお断りの連絡をいれておきますね」
「ちょっ、ちょっと待ってくれるかな? 僕は、連絡艇がなんとか都合つかないかなーと思っただけなんだけど」
「それでしたら、先方にお願いして、連絡艇を出してもらえばいいじゃないですか」
「それじゃあ、みっともないじゃない」
「開拓地では余分なお金がないのは常識ですから妙な見栄を張っても仕方が有りません」
「この前、村田家からいただいたお金がだいぶあると思うんだけどそれを使っちゃダメなのかなー?」
「いただいたわけでもありませんし、議会も通さず使えるわけないでしょう。村田家からのお金がもう一年遅ければこの開拓団は破綻していた可能性が高かったんですよ」
乙姫では、期待された希少金属鉱山開発が暗礁に乗り上げてしまい、現在軌道に乗っているのは、石灰石鉱山と鉄鉱石鉱山だけなのだが、これらは価格重量比の関係で他星系への販売は到底出来ない。あとの有力産業は農業、林業、漁業のみだ。軌道エレベーターのない現状では、農林水産物も価格重量比を考えると他星系への販売には向かない商品である。そのため、乙姫開拓団の財政はひっ迫していた。そこに、干天の慈雨のごとく村田家からの融資があり破綻が避けられたうえ、村田人気にあやかり新規の開拓団を受け入れることもできるようになった。
新規の開拓団員を受け入れると、受け入れ人数に応じて国から補助金が出る仕組みがあるため、徐々に乙姫開拓団の財政状況は改善されつつあるのは確かである。
「いま、予算化作業中ですから妙な気を起こさないでくださいね。それに今からでは連絡艇の購入なんて間に合いません。あと、村田家からコロニー北方の丘の上の土地5キロ四方の購入申請がありましたので許可しておきました」
「へー、あんなところに何を作るつもりなのかねー」
「公示価格の5倍でのお買い上げです。村田家がわれわれに不利益になるようなことをする訳ありませんし、何が出来てもいいじゃないですか。市長、そんなことより、そろそろ重機の運転をお願いします」
そんなにお金があるのなら、連絡艇くらい買って欲しいと思ったが言わないでおいた。そのかわり、
「どこの開拓コロニーで市長が工事現場で働いているのかなー?」
「どこの開拓コロニーでも市長が現場で働いていますから安心してください」
「ほんとかなー? というより、現場の意味が違うんじゃない?」
「うそでも、本当でもいいから、早く工事現場に行ってください。週末には開拓団の第二次募集分の第1陣が来ますからしっかりお願いします。受け入れ式の準備も有りますから急いでくださいね」
「わかりました。行ってきまーす」
帽子かけにかけられたいわゆる麦わら帽子をかぶり、黒字で『ROCK AND ROLL HEROES』と書かれた白いTシャツの首周りに黄色いタオルを巻いた西田市長が、市長室の出入り口の壁にかけられた多目的建機のキーを持って、駆け足で名前だけは市庁舎である安普請の建屋から飛びだしていった。
市庁舎の前に留めてある建機に乗り込みエンジンをかけた西田の足には長靴風の黒い安全靴。西田は、片手で建機を操り、体を捻りながらズボンのポケットから取り出した音楽スティックをプレイヤーに差し込み、大音量で音楽を流し始めた。
この週末やってく第二次開拓移民の第1陣5000名の当面の住処を作るための土地の整地はあらかた済んでいるのだが、細かいところの仕上げがまだ必要だった。整地された地面に置いて、ボタンを押すだけで出来上がる簡易住居は中央から輸送船で運ばれて、大型連絡艇で先日到着している。整地が終われば、移民団の到着前に簡易住居を図面通りに設置していく必要がある。