5:聖なる夜に、永遠の約束 5
「そういえば、前にドミニオ王子に教えてもらったことがある」
「王子に?」
「うん。シルファの持つ諜報力は恐れるに値する力だって。きっと、そういう事ともつながっているんだよね」
「王子がそんなことを……」
「ドミニオ王子はいろいろと見抜いていたもんね」
「そうだな」
シルファがそっとミアの体に回していた腕を解く。自分の顔を見ている視線に、ミアは思わず腫れた目元を隠した。ブサイクに拍車がかかっているのだ。見つめられていると思うと恥ずかしい。
みるみる顔に熱がこもる。
シルファが小さく笑った。
「良かった。いつもの顔に戻ったな」
「いつもの顔?」
「最近は何かを怖がるみたいに私を見ていたから、ずっと気になっていたんだ。もしかすると元世界に戻りたくなったのかと、余計なことを考えて少し恐れていた」
ミアは居たたまれない気持ちになる。
「醜い嫉妬で顔が歪んでいました。ほんとに、ごめんなさい」
いまさら隠しても仕方がないと、素直に打ち明けて謝る。
シルファは眩しいものを見るように目を細めた。ミアはきゅっと胸が詰まる。その眼差しを向けられると、いつも切なくなる。
彼は豪奢な上着を脱ぎ棄てて、解放されたようにふうっと吐息をついた。印象的な宝石で留められた襟元が窮屈なのか、長い指先でこじ開けるように立襟をひらく。
少しはだけたシャツの合間から、鎖骨がのぞいた。服装をゆるめても、だらしない様子とはまるで無縁だった。品の良さは損なわれず、ただ匂い立つような色気が広がる。
端正な横顔。きめの細かい肌にはシミひとつない。
ぼんやりと綺麗だなと見惚れていると、シルファが寝台に腰かけて、ミアにそっと手を伸ばした。
長い指。男性らしく骨ばった手が、ミアの手に触れる。熱い掌だった。強く手を握られて、ミアは鼓動が高くなる。
シルファの細い銀髪が揺れるのを、視界の端で見ていた。
抱き寄せられると、彼の筋肉質な胸の形が頬に触れた。薄いシャツ一枚になった上体から、さっきよりも高い体温が伝わってくる。ミアの鼓動が早くなった。
「ミアの嫉妬は醜くない」
「いえ、すごく醜いと思います!」
シルファに抱きしめられていることに狼狽えて、ミアは場違いな口調になってしまう。彼の肩から流れ落ちている銀髪の毛先が、ミアの頬をくすぐるように触れる。
「――おまえは嫉妬しても見失わない。私に大丈夫だと言った。わかっていると」
「でも、ずっと変な顔になっていたし……」
シルファが笑うと、声が振動になって、ミアの体の奥にまで響く。
「正妻に嫉妬する愛人は多い。その逆もまた然りだな。そして、主人を責める女も少なくない。でもミアは私の立場をわかろうとする」
「わたしは難しいことが何もわかっていないから。……公爵の正妻って大変なの?」
「まぁ、自由ではないだろうな」
シルファが話すたびに、ミアが頬を寄せている彼の胸元から、心地の良い声が伝わってくる。低くて、落ち着きのある響き。
「そっか。でも、いつかは影の一族じゃなくて、わたしに正妻を任せてもらえると嬉しいかも」
「面倒なのに?」
「うん、面倒でも大変でも、胸をはってシルファの一番ですって言えるのは格好良い。わたしには、まだまだ無理だろうけど」
「ミア」
体に回されたシルファの腕に力がこもる。ミアはますます彼の体の逞しさを意識した。耳元に息遣いが触れる。
「おまえのそういうところが、たまらなく愛しい」
ささやくような声が、熱を帯びていた。ミアは鼓動がさらに激しくなる。
「抱きたい」
「無理です!」
即座に答えたが、シルファはミアの真っ赤になった顔を見て、浅く笑う。
「聞こえない」
端正な顔を傾けて、シルファがミアの首筋に口づけた。ミアは「ぎゃ!」と色気のない声をあげる。
「せ、聖なる夜は、大人しく過ごす日なんじゃないの?」
「まだ前日だな」
シルファに喰われそうになりながら、ミアは室内の飾り時計を見て抗議する。
「もう当日になるのも、時間の問題だよ」
腕から逃れようと、ミアはぐっとシルファのたくましい胸板を押し戻す。
「わ!」
逃れようとするミアの力を受け流すように、シルファが姿勢を変えた。突っぱねていた腕が行き場を失う。勢いを殺しきれず、ミアはたやすく寝台に倒れこんだ。
起き上がろうとすると、シルファの手が容赦なくミアの肩を抑え込む。
「ちょっと待って!」
「待てない」
寝台にミアを押し倒して、じっとこちらを見下ろしているシルファの目が赤く光っていた。血のような真紅に染まった瞳。欲情に染められた証には、迷いのない欲望が滲んでいる。
ミアが固まっていると、ふっとシルファが悪戯っぽく笑った。
「白の書の規範は自然と共に生きる、だろ。男女の営みはとても自然な行為だと思うけど」
「屁理屈!?」
「そうでもない。今夜は同じようなカップルが山のようにいるだろうな」
シルファが嘘を言っているとも思えない。ミアは返す言葉を失ってしまう。見上げるシルファの赤い瞳が、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
彼の長い指が、ミアの唇をなぞるように触れる。
思いつめた声が、もう一度欲望を打ち明けた。
「抱きたい」
「……うん」
ゆっくりと、シルファの柔らかな銀髪が落ちかかってくる。唇を重ねると、すぐに甘さに翻弄された。
ミアはしがみつくようにシルファの背中に腕を伸ばす。素直に受け入れると、心地の良い体温と鼓動が重なった。彼の動きに合わせて寝台が軋んでいる。体に伝わる掌の熱が熱い。与えられる想いに、ひたすら溺れる。
「ミア……」
「ん」
シルファの想いが、からだ中に刻まれていく。胸がいっぱいになって、視界が淡く滲んだ。
聖なる夜。
胸の内で、ささやかな幸せをたしかめる日。
ミアは誓う。いつの日か、シルファに相応しい自分になることを。
そして祈る。共に歩む永遠が、色あせないように。
二人で生きる世界が、いつまでも美しく輝くように――。
聖なる夜に、永遠の約束 END