表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
おまけ短編
83/83

5:聖なる夜に、永遠の約束 5

「そういえば、前にドミニオ王子に教えてもらったことがある」


「王子に?」


「うん。シルファの持つ諜報力は恐れるに値する力だって。きっと、そういう事ともつながっているんだよね」


「王子がそんなことを……」


「ドミニオ王子はいろいろと見抜いていたもんね」


「そうだな」


 シルファがそっとミアの体に回していた腕を解く。自分の顔を見ている視線に、ミアは思わず腫れた目元を隠した。ブサイクに拍車がかかっているのだ。見つめられていると思うと恥ずかしい。


 みるみる顔に熱がこもる。

 シルファが小さく笑った。


「良かった。いつもの顔に戻ったな」


「いつもの顔?」


「最近は何かを怖がるみたいに私を見ていたから、ずっと気になっていたんだ。もしかすると元世界に戻りたくなったのかと、余計なことを考えて少し恐れていた」


 ミアは居たたまれない気持ちになる。


「醜い嫉妬で顔が歪んでいました。ほんとに、ごめんなさい」


 いまさら隠しても仕方がないと、素直に打ち明けて謝る。

 シルファは眩しいものを見るように目を細めた。ミアはきゅっと胸が詰まる。その眼差しを向けられると、いつも切なくなる。


 彼は豪奢な上着を脱ぎ棄てて、解放されたようにふうっと吐息をついた。印象的な宝石で留められた襟元が窮屈なのか、長い指先でこじ開けるように立襟をひらく。


 少しはだけたシャツの合間から、鎖骨がのぞいた。服装をゆるめても、だらしない様子とはまるで無縁だった。品の良さは損なわれず、ただ匂い立つような色気が広がる。


 端正な横顔。きめの細かい肌にはシミひとつない。

 ぼんやりと綺麗だなと見惚れていると、シルファが寝台に腰かけて、ミアにそっと手を伸ばした。


 長い指。男性らしく骨ばった手が、ミアの手に触れる。熱い掌だった。強く手を握られて、ミアは鼓動が高くなる。

 シルファの細い銀髪が揺れるのを、視界の端で見ていた。


 抱き寄せられると、彼の筋肉質な胸の形が頬に触れた。薄いシャツ一枚になった上体から、さっきよりも高い体温が伝わってくる。ミアの鼓動が早くなった。


「ミアの嫉妬は醜くない」


「いえ、すごく醜いと思います!」


 シルファに抱きしめられていることに狼狽えて、ミアは場違いな口調になってしまう。彼の肩から流れ落ちている銀髪の毛先が、ミアの頬をくすぐるように触れる。


「――おまえは嫉妬しても見失わない。私に大丈夫だと言った。わかっていると」


「でも、ずっと変な顔になっていたし……」


 シルファが笑うと、声が振動になって、ミアの体の奥にまで響く。


「正妻に嫉妬する愛人は多い。その逆もまた然りだな。そして、主人を責める女も少なくない。でもミアは私の立場をわかろうとする」


「わたしは難しいことが何もわかっていないから。……公爵の正妻って大変なの?」


「まぁ、自由ではないだろうな」


 シルファが話すたびに、ミアが頬を寄せている彼の胸元から、心地の良い声が伝わってくる。低くて、落ち着きのある響き。


「そっか。でも、いつかは影の一族(シャドウ)じゃなくて、わたしに正妻を任せてもらえると嬉しいかも」


「面倒なのに?」


「うん、面倒でも大変でも、胸をはってシルファの一番ですって言えるのは格好良い。わたしには、まだまだ無理だろうけど」


「ミア」


 体に回されたシルファの腕に力がこもる。ミアはますます彼の体の逞しさを意識した。耳元に息遣いが触れる。


「おまえのそういうところが、たまらなく愛しい」


 ささやくような声が、熱を帯びていた。ミアは鼓動がさらに激しくなる。


「抱きたい」


「無理です!」


 即座に答えたが、シルファはミアの真っ赤になった顔を見て、浅く笑う。


「聞こえない」


 端正な顔を傾けて、シルファがミアの首筋に口づけた。ミアは「ぎゃ!」と色気のない声をあげる。


「せ、聖なる夜は、大人しく過ごす日なんじゃないの?」


「まだ前日だな」


 シルファに喰われそうになりながら、ミアは室内の飾り時計を見て抗議する。


「もう当日になるのも、時間の問題だよ」


 腕から逃れようと、ミアはぐっとシルファのたくましい胸板を押し戻す。


「わ!」


 逃れようとするミアの力を受け流すように、シルファが姿勢を変えた。突っぱねていた腕が行き場を失う。勢いを殺しきれず、ミアはたやすく寝台に倒れこんだ。


 起き上がろうとすると、シルファの手が容赦なくミアの肩を抑え込む。


「ちょっと待って!」


「待てない」


 寝台にミアを押し倒して、じっとこちらを見下ろしているシルファの目が赤く光っていた。血のような真紅に染まった瞳。欲情に染められた証には、迷いのない欲望が滲んでいる。


 ミアが固まっていると、ふっとシルファが悪戯っぽく笑った。


白の書(パール)の規範は自然と共に生きる、だろ。男女の営みはとても自然な行為だと思うけど」


「屁理屈!?」


「そうでもない。今夜は同じようなカップルが山のようにいるだろうな」


 シルファが嘘を言っているとも思えない。ミアは返す言葉を失ってしまう。見上げるシルファの赤い瞳が、吸い込まれそうなほど綺麗だった。


 彼の長い指が、ミアの唇をなぞるように触れる。

 思いつめた声が、もう一度欲望を打ち明けた。


「抱きたい」


「……うん」


 ゆっくりと、シルファの柔らかな銀髪が落ちかかってくる。唇を重ねると、すぐに甘さに翻弄された。


 ミアはしがみつくようにシルファの背中に腕を伸ばす。素直に受け入れると、心地の良い体温と鼓動が重なった。彼の動きに合わせて寝台が軋んでいる。体に伝わる掌の熱が熱い。与えられる想いに、ひたすら溺れる。


「ミア……」


「ん」


 シルファの想いが、からだ中に刻まれていく。胸がいっぱいになって、視界が淡く滲んだ。




 聖なる夜。 

 胸の内で、ささやかな幸せをたしかめる日。


 ミアは誓う。いつの日か、シルファに相応しい自分になることを。


 そして祈る。共に歩む永遠が、色あせないように。

 二人で生きる世界が、いつまでも美しく輝くように――。



 聖なる夜に、永遠の約束 END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ