24. 河内富美子(7)
わたしは薄暗く長い廊下を歩いていた。
わたしには葵ちゃんに話さなければならないことがある。そして、謝りたい。許してもらえるかどうかはわからない。
娘がしたことは親の責任でもある。
いつもの場所に着くと、わたし以外の全員がすでに揃っていた。わたしの存在にいち早く気づいた、上條くんがわたしを見つめた。葵ちゃんはわたしを見ると、すぐに視線を逸らした。
張り詰めた空気を感じ、わたしは急に怖くなった。そのせいか、心臓の鼓動が早くなっていることに気づいた。
わたしはみんなの方に向かって歩こうとしたが、誰かに足を掴まれてるかのように重く、前に進めない。
葵ちゃんはわたしの顔を見ることはなく、床をじっと見つめていた。わたしはそんな姿をみて、胸が締め付けらるような思いに狩られた。
「お待ちしておりましたよ。河内さん。いや、山辺さん」
夢島院長はわたしの名前をもう一度確認するように、言い直した。
「河内でいいですよ。皆さんもいまさら呼び方を変えるのは面倒くさいでしょう」
「それに葵ちゃんのことを考えると、河内の方がいいかと…」
院長もそれに納得したようで、わかりました、とだけ言った。
わたしは深呼吸をした。気持ちが少し落ち着いた気がした。
「すいません、皆さん先に来られていたみたいで。お待たせして申し訳ないです」
「皆さんもつい先ほど来たところですよ。ねえ、上條くん」院長が上條くんに話を振る。
「え? あ、はい、そうですね。みんな今来たところですよ」上條くんは急に俺に振るなよという顔したが、話を合わせるような口調だった。
「河内さん、あれから。といってもそんなに日は経ってはいないですが、娘さんとの進展はありましたか?」
「はい、娘と……話をしました」
「ほうほう、具体にどういったお話を?」
「わたしと娘のこと、そして娘と葵ちゃんのこと」
わたしは娘と話したことをみなに伝えた。わたしの話に耳を傾け、みんなはずっとだまったまま聞いた。葵ちゃんだけが、ずっと下を向いたままだった。
「なるほどなるほど。やはり家庭環境が原因でもあったんですね」
「はい」
「これでいじめの理由もはっきりとしたわけだ」
「葵ちゃん、本当にごめんなさい。娘のしたことは、許されることではないと思う。許してもらおうとも思ってない。あなたの傷ついた心は一生かかっても消えないかもしれない。恨む気持ちも、もちろんあると思う。ただ、娘だけのせいだけではないの。恨むならわたしことも恨んでもらってもいい。近いうちに、恵子と一緒に葵ちゃんとご両親に謝罪に行くので、どうか娘の話を聞いてやってください。娘も自分が取り返しのつかないことやったのだと深く反省しています」
わたしは深く頭を下げ、しばらくその体勢を続けた。
「わたしは……別に誤ってほしいとは思っていないです。それに河内さんのことを恨むつもりもありません。わたしは、理由が知りたかったんです。自分の何がいけなかったのか、いじめも苦しかったけど、それと同じぐらいに理由がわからないことも苦しかったんです。正直いって、理由を聞いた時は、どうしたらいいか分からなくなりました。あなたを恨むことは筋違いだと思うし、山辺恵子さんの気持ちも分かりました。かといってこれまでのことを水に流すような広い心はわたしにはありません。わたしは河内さんのことは嫌いではないです。好きと言われれば、好きかもしれません。たぶん会ってまだ時間があまり経っていないので、はっきりとは言えませんが──。でもわたしのクラスメイトに河内さんの娘さんがいて、その娘さんがわたしをいじめている。複雑な気持ちです。わたしも苦しかったけど、それと同じぐらいに河内さんと山辺恵子さんも苦しい思いをしてかもしれない。だけどそんなことを考えていると、わたしは一体なんだったんだろうって思います。あなた方の家庭環境に巻き込まれて、ただ、とばっちりを受けて、不運な目に遭っだけです」
わたしは葵ちゃんが堰を切ったように喋る姿見て、ただ黙って聞いていることしかできなかった。まさにその通りだ。彼女はわたし達の家庭の事情でただとばっちりを受けただけだ。
考えが甘かったのだと思った。わたしは葵ちゃんだったら、なんとなく許してもらえるようなそんな気がしていた。
わたしは自分の甘さ加減に嫌気がさした。
「葵ちゃんも苦しんでいた。それと同時に──、まあ葵ちゃんほどではないけど河内さんとその娘さんも苦しんでいた。いやーなんだかいたたまれない気持ちになりますねー」
「院長!」小鳥遊さんが横で注意する。
「ごめんちゃい」院長はちゃらけた態度から一変して、真面目な視線を葵ちゃんに向けた。
「それで、葵ちゃんはこれからどうしたいんだい?」
「わたしは……、普通に高校に通いたいです。普通に授業を受けて、普通にお弁当を食べて、普通に友達とお喋りしたいです」
わたしは葵ちゃんのことばを聞いて、胸を抉られるような気分だった。
そんな当たり前のことが、この子にはできなかった。わたしは改めて、娘がしたことがどれほどいけないことだったのかをやっと理解できた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」泣いてはいけないと思ったが、涙がわたしの意思とは関係なく流れてくる。泣いてはいけない、泣きたいのは葵ちゃんの方だ。
わたしは泣きながら嗚咽した。呼吸もうまくできないくらいに──
そんな様子を見て判断したのか、その場からわたしは退場することになった。小鳥遊さんに連れられて、わたしは部屋に戻った。
ベッドに横になり、何かを薬なようなものを打たれ、それから少ししたら瞼がだんだんと重くなった。




