第19話 謁見 その2
ーーガタゴトガタゴト。
俺とセリスはギルドマスターのイルスさんが手配してくれた馬車に乗って王城を目指している。
馬車といっても商業用の荷馬車ではなく、貴族が乗るような豪華な馬車だ。これはイルスさんが貴族なことからも当然とも言えるが普通、冒険者に対しての対応としては破格の待遇と思われる。
そんな馬車の中でずっと疑問に思っていた、今回の経緯をイルスさんに聞いてみる。
「しかし、なんで俺達が王様と謁見するような事態になっているのでしょうか?」
「私もはっきりと理由を聞いたわけではない。推測でしかないが、多分お前たちのこの度の功績を考えての処置だろう」
「功績って?俺達何かしました?普通の冒険者ですよ?迷宮で魔物を倒しているだけで、これといって評価されるようなことはしてないと思うのですが・・・」
「ふむ、鈍いのか、謙虚なのかは知らんが、評価されているのは今回の件だ。お前達がどれだけ危機を対処したのか、分かっていないようだな」
イルスさんは眉を寄せて半ば困ったように呟く。
「えと、どう言うことでしょうか?」
セリスも一緒になって首をかしげる。
「はぁ、仕方がない。そこから説明してやろう。お前達も知っていると思うが基本的に迷宮というものは産まれ落ちた階層から移動することはない。有るとすれば、せいぜい戦闘中の冒険者が階層を跨ぐように逃げてそれを追いかける程度、・・・と思われていた」
イルスさんは話を一旦切り、確認するように俺達の目を見る。
「だが、お前達が戦ったとされる死霊の王獣、こいつは違う。40階層の階層主のこいつがこの地上まで出てきたという異例の事態。それだけでも十分王城を騒がす大問題だというのにそんな大物が真夜中に出てきたという報告。本当ならすぐに騎士団を編成して討伐に行かないと危険な事態だ。もしお前たちがこいつを撃破しなかったらこの街の民への被害は甚大なものだっただろう」
イルスさんは馬車の外。流れていく町の風景に視線を流す。
「今回の陛下からの招喚はこの点に関する功績が大きいものと思われる。建物などは時間をかけてでも直せば済むことだが、失った命は帰ってこない。民を大事にされている陛下らしい配慮だと思う」
馬車の外へ流していた視線を俺の方へと向けてくる。
「そんな大物が深夜に現れて、しかも撃破したのは冒険者歴が浅い、16歳の青年だと言うではないか。昔は陛下も冒険者として武者修行に出られていたからか、そういった類いの話に目がない御方でな。興味を示されて喚ばれたと言うわけだ」
「なるほど、本当ならもっと早くに呼び出される予定が俺が寝込んでいたから今日になったのか」
「そういうことだ。しかもオルスティア王家では代々冒険者として修行に出るのが習わしだ。今も第一王位継承者が修行中で諸国を放浪している。そんなこともあって陛下は冒険者に関わる話が大好きだ。国としても冒険者に優遇政策が取られている」
確かに巷でも第一王子が旅をしているという話は聞いたことがある。あんまりいい噂ではなかったが。
「うーん、何というか寝込んでいた間にそんな事になっていたとは思いもしなかったなぁ」
「だよねー、私も王様に御会いできる日が来るなんて夢にも思わなかったよ。なんか今から緊張して来ちゃった」
「先程も言ったが陛下は冒険者に対して寛大な御方だ。そう気負わずともよい。最低限の礼節さえあれば問題ない」
「わかりました。緊張しないように頑張ります。それとさっきの話ですが、『階層主の階層間の移動はないと思われていた』という話ですが。・・・もしかして過去に実例があったんですか?」
深刻そうな顔をして、ゆっくりとイルスは頷く。
「そのもしかして、だ。今回の件を受けて王城にある古い文献を片っ端から人員を総動員して確認した所、約1000年前にも似たようなことがあったことがわかった」
「1000年前か。何かその前後で問題が発生していて、その前触れで階層主の移動が発生する、とか?」
「その可能性も考えられたが今調べている限りでは1000年前も何もなかったようだ。発生した後は迷宮出入口の警備を強化していたが、結局現在に至るまで何もなかったので警備も風化していってなくなってしまったみたいだな。しかし1000年前の再来ということで陛下も何かをお考えがあるのかもしれないな」
王様がどうかんがえているかわからないが情報が少な過ぎてなにもわからないと思う。階層主の移動なんてたまたまとしか言いようがないだろう。
「王様に御会いできるのは嬉しいんですけど、私達どういう服装で御会いすればいいんですか?やはりドレスとか着た方がいいんでしょうか?」
「先程も言ったように陛下は冒険者に対して寛容だ。余程汚れていたり、みすぼらしい格好でない限り問題ないだろう。今のお前たちの服装でも十分許容できる範囲だろう。一応、謁見待機室でチェックされる。その時に問題有りとされたら服も貸し出されるはずだ」
「わかりました。そう言うことならとりあえず今のままの服装で行きたいと思います」
そんな話をしていると馬車が城門に差し掛かり、御者の人が衛兵と一言二言会話して中に進みだした。
「お前たち、そろそろ城内だ。とりあえずは謁見待機室で自分たちの順番が来るまで待機だ。その間に身なりを整えるなり、心の準備をしっかりしておけ。謁見の際には私も同席する。何かあったらフォローしてやるから安心して望むといい」
「イルスさん、ありがとうございます」
「気にするな。冒険者ギルドの冒険者をフォローするのが私の仕事だからな」
俺とセリスは謁見待機室に2人で入り、ドキドキしながら自分たちの順番を待つ。
「ふぇー、謁見待機室って言うから何もない簡素な部屋を想像していたんだけど、さすがお城!なんかこうを置いてあるものすべてが豪華に見えるねー」
「そうだな。王様に謁見する人は貴賤を問わず、この部屋に通されて待機するみたいだから貴族を通しても恥ずかしくないようにそれなりの格調のもので揃えられているんだろう。だから俺達みたいな田舎の村出身の人間が来たらものすごい部屋だと思うよな」
「そうだよねー、触って壊したりしないか心配で何も触れないよ。私には大人しく座っていることしかできないよ」
そう言って二人ともおとなしく座って待つ、しばらくしてから部屋の扉がノックされる。
「ラオム様、セリス様、お時間でございます、こちらへどうぞ」
案内役の執事のような人に先導されて俺たちは謁見室に向かう。謁見室の前ではイルスさんが部屋の前で立って待っていた。言葉は発せず、目を直視して準備はいいか?と尋ねてくるので無言の頷きで返す。
そして豪奢な扉が開き、王様との謁見が始まる。
謁見室。
その部屋は他国の使者等さまざまな訪問者と会うための部屋。自国の威厳を保つため、他国に舐められないため、室内は広く作られており、内装も豪華で慣れていないものが入れば、萎縮すること間違いないなしの雰囲気が立ち込めていた。
中央には真っ赤な絨毯が玉座の元まで長々と敷かれ、玉座は階段を数段上った高さにあり、階段の手前にはいざという時に備え、見るからに腕利きの近衛騎士達が控えていた。そして玉座の隣には宰相と思われる文官と10歳前後と思われる1人の少女が立っていた。
一見すると護衛が少ないように見える。だがこちらから見えない死角等、あらゆる所から複数の気配を感じる。
ま、警戒して当然だよな。
あれ?なんかあの女の子見た事あるような?どこでだっけ?
俺たちはイルスさんが先導する後ろをゆっくりついていく。
赤い絨毯の上を歩くと1歩目から今まで体験したことがない感触が足の裏から感じられた。物凄くふわふわな絨毯で歩く度にとても気持ち良かった。隣をチラ見したところ、セリスも同じことを思っていたのだろう、足元を見ながら何やらニヤニヤしながら歩いていた。
そうして歩いていると少し前を歩いていたイルスさんが立ち止まり跪く。それを見て、俺達も立ち止まり跪く。
王様まで距離はまだしばらくあるが一介の冒険者はこの位置で話すのが礼儀なのだろう。
「冒険者ギルド ギルドマスター イルス・ハーディエンス・デガード、陛下の勅命に従い、冒険者ラオム、並びに冒険者セリスを連れ、参上致しました」
「この度の働き、大義あった。面をあげい、直答を許す」
「ラオムです」
「セリスです」
「ふむ、なかなか良い面構えをしておる。深階層から現れた階層主の水際での撃破、よくぞ成し遂げてくれた。お前達の活躍のおかげで街への被害及び民への被害は無かったと聞いておる。今回の騒動の概要は聞いておるが実際に魔物と戦った当事者たちからも状況を聞いてみたい。当日の状況を話すが良い」
俺とセリスはあの日に起こった出来事を思い出せる限り、覚えている限り、詳細に話した。
俺の切り札を始め能力についてはボカしたけど。
「という感じであの場に死霊の王獣が出現して、撃破することが出来たのです」
「・・・ふむ、余も昔は冒険者としてミザールの迷宮に潜り、あやつの強さは知っておるが人語を解する個体など他の魔物も含め遭遇したことがないな」
王様は手を顎にやり、しばらく何かを考えているようだったが隣にいた宰相からの呼び掛けで俺たちの存在を思い出し、
「おぉ、すまんな。考え事をするといつもああでな。・・・わかった。此度の働き改めて天晴れであった。働きに見合う褒美を授けよう。撃破の褒賞金として一人500万リアルを授ける」
そうして俺たちの元に500万リアルが入った皮袋が運ばれてきた。
跪いたまま、再び頭を下げ褒賞金を受け取る。
宰相が口を開き、
「では、これにてしゅーー」
その時、先程から王様の隣で大人しくしていた少女が始めて口を開く。
「御父様。その者等の働き、褒賞金だけでは見合わないと思われます。ここは何か望みのものがないか、聞いてやってはいかがでしょうか?」
その声を聞いた瞬間、ハッとして顔を上げる。
それはこのミザールの町に向かっていた途中、森で魔物化した熊に襲われていたところを助けた少女、その人だった。
王女様の髪型に王女様のドレス、キリッとした澄まし顔。どれをとってもあの時森で助けを乞う少女とは結び付かなかった。声を聞いてやっと結び付いたくらいだ。
「なんでマルティがそんなところにいるんだ?」
何て事は間違ってもこの場では聞けない。いくら手柄を立てたとは言え、不敬罪で処刑される可能性もある。
別れ際の物腰から、もしかしたら貴族なんじゃないか?とは思っていた。
今、あそこにいるって事はもしかしなくても貴族だ。しかもこの国の王女様だ。
セリスもあまりの出来事に驚きで口をパクパクしている。
「しかし、マルガレーテよ。追加の褒賞と言っても冒険者の望みは千差万別。一番無難で間違いなく皆に喜んでもらえるのは現金だぞ?」
さすが元冒険者の王様。分かっていらっしゃる。
「何を与えるべきか。それならば、その者たちに何か欲しいものがないか、聞いてみてはいかがでしょうか?あまりに今回の報奨として見合わないものであれば、却下すればいいだけですわ」
「ふむ、お前がそこまで言うのであれば、特別に許可しよう。ラオムとやら、何か欲しいものがあれば言ってみるがよいぞ」
「はっ!ありがたき幸せ!」
思いもしなかった展開に頭の中で欲しいものがぐるぐる回る。考えすぎて思考が飛びそうになったが、結論として前から頭の片隅にあったあるものを希望する事にした。
せっかくのチャンスだ。駄目元で聞いてみよう。
「それでは、僭越ながら『スキルの書』の使用許可をいただければ、と思います」