旦那様の帰宅
「何故レオナルドが居るのだ」
帰ってきたロルフ様は私の隣に座っていたレオナルド王子殿下を見るなり、開口一番にそう言うのです。
帰宅して妻の顔を一番に見ようとした矢先でレオナルド王子殿下とコルネリウス様が一緒だったので、ちょっぴりご機嫌は斜めそう。視線があっち行けと雄弁に語っております。
……多分、ロルフ様が不機嫌なのは、二人が私の隣を陣取っているのもあるでしょう。
そんなロルフ様にレオナルド王子殿下とコルネリウス様は吹き出すのを堪えていますけどね。
背中を震わせて笑いを堪えているコルネリウス様は、それでも穏やかな表情でロルフ様を見上げていました。
「お帰り。開口早々なんて事を言うんだい」
「仕事疲れで癒してもらおうとしたらそこに邪魔者が二人居たら機嫌も悪くなるでしょう」
「ロルフ様、失礼ですよ。レオナルド王子殿下も居るのに」
「どうせ無断で押し掛けてきて私をおちょくるか夕飯を食べに来ただけだろう」
……大抵合ってそうなので反論出来ないというか。
お茶を持ってきてくれたアマーリエ様に夕飯のメニュー聞いてましたからね。然り気無く食べたいものも伝えてるのでお泊まり確定でしょう。
私は食欲が然程ないですし、体調もそこまで良くないので控えめにして頂けたら、何でも良いかなと。レオナルド王子殿下が沢山食べるのを見るだけで満足しちゃいそうです。
レオナルド王子殿下は図星を突かれても動じた様子がなく、というか「そうだけどどうしたの?」とにこにこと笑っています。……ああこれいつもの事なんだろうな……。
まあロルフ様も本気で邪険に扱うつもりもないらしく、むすっと麗しいお顔を顰めつつも追い出したりはしません。まあ、視線が『私のエルに近付くな』くらいは言ってますけど。
流石にこれ以上不機嫌にさせるのも悪いと思ったのか、コルネリウス様は生暖かい眼差しで私の隣をロルフ様に譲ります。……顔が思いきり笑っているので、とても楽しんでますねコルネリウス様。
コルネリウス様のご厚意を素直に受け取ったロルフ様、私の隣に座る……かと思いきや、私を抱き抱えるのです。そのまま、ベッドに下ろして。
「あ、あの?」
「夕飯が出来るまでは暫く休んでおけ、あまり体調が良くないのだろう」
「え、」
「顔色がほんのり悪いぞ」
……隠していた、つもりでした。
いえ、無理していたというより、横になる程でもありませんし話してたら気が紛らわせるかな、と思って、起きていたのです。吐きたいとか眩暈がするとかまでではないですし、これくらいなら平気だと思っていたのですが……。
実際コルネリウス様とレオナルド王子殿下は気付いていなかったらしく、微笑ましそうな顔から、やや気遣わしげな顔に。
……その、無理無茶我慢をしていた訳では、ないのですけど。
「……兄上達も、話に興じてないでエルの体調を気遣ってあげて下さい。エルも赤子も、兄上達みたいに体は強くないのですから」
「ごめんエルちゃん、体調悪かった? 気付けなくてごめんね」
「い、いえ、そこまでではないですよ」
「よく気付いたねロルフも。愛の力ってやつかな?」
「茶化さないで下さい。……身重の妻の様子を気にするのは当然でしょう」
さも当然のように告げるロルフ様に、もわっと顔の辺りが熱くなるのを、感じます。
……私もですが……本当に、ロルフ様も変わりましたね。昔は私が羞恥で気を失っても風邪か何かと誤解していたというのに。お互いに、良い変化を及ぼしているの、でしょう。
これには二人もびっくりだそうで、目を丸くして……それから、とても、優しげな笑みに。
「いっちょまえに男になりやがって」
「全くだよ」
そして二人とも微笑ましそ……違いますね、にやにやと肘でロルフ様をぐりぐりし始めて、ロルフ様のこめかみがひくひくしてます。
「いやー、最初の冷血漢具合からは信じられないねえ」
「ほんとほんと。僕が川に落ちて風邪引いても『自業自得だ』って心配してくれなかったのにねー。奥さんだけは別かー」
「そりゃああのロルフがめろめろだからねえ。マルクスから聞いたんだけど職場で妻馬鹿って」
「……二人共いい加減に、」
「優しい旦那様で良かったね、エルちゃん。一番大切にしてくれてるもんね」
「え? は、はい、自慢の旦那様です」
コルネリウス様から意味深な視線が来たので、照れつつも素直に頷くと、ロルフ様は一気に嬉しそうに。
……コルネリウス様、私で誤魔化しましたね。私なら衝突なく宥められると確信して促しましたよね。
ロルフ様は流されてしまってほっこりしているみたいです。コルネリウス様とレオナルド王子殿下はこっそり笑ってるので、絶対「ロルフちょろいな」とか思ってそうです。
……ロルフ様、私に甘過ぎて色々と心配なのですが……ま、まあ、良いですよね。私が関わらなければしっかりしてますので。
「じゃあ僕らは二人の邪魔しちゃ悪いから退散するよ」
「二人でごゆっくり」
あっ、任せて逃げましたね。からかうだけからかって逃げましたね。
爽やかに、そして素早く部屋から出て行く二人。
ロルフ様は私が居ればどうでも良いらしく、咎める事も忘れてをゆっくりとベッドに寝かせます。丁寧に、慎重に触れて、それから漸く安堵の溜め息。
そんなに心配しなくても良いのに、と言っても聞きませんし落ち着かないそうなので、私はされるがままに横になり、ロルフ様を見上げます。
「……よく分かりましたね、体調が悪いの」
「お前は無理する癖があるからな。それに、毎日見てるのだから、分かるぞ?」
頬を擽るロルフ様は、誰が見てもきっと、慈しみに満ちた顔をしていると思います。最初のロルフ様からは、本当に考えられないくらい、優しくて、包容力がある。
……変わったなあ、私もロルフ様も。
でもきっと、それは素敵な変化だと思うのです。
ふふ、と笑うとロルフ様もまた、穏やかに笑う。何とも満ち足りた時間です。
それでももっと欲しいと思うのは、我が儘でしょうか。
「……ロルフ様、お願い、しても良いですか?」
「どうした? 水が欲しいか? それとも、」
「……温もりが欲しいです」
そっと、力なく手を伸ばして。
「ロルフ様が居なかったの、寂しいです。……駄目ですか?」
おずおずと窺うと、ロルフ様は少しだけ息を飲んで、それから顔から力という力を抜いて、とても表情を緩めるのです。
きっと、それは幸せに満ちた表情だと、断言しても良いでしょう。
「私も、寂しかった。……夕飯まで、一緒に休もうか」
コートを脱ぎ捨てながらいそいそと私の隣に潜り込んでくるので、後でちゃんとコートをかけなきゃな、と思いつつも咎められず、そのままロルフ様に優しく抱き締められました。
膨らんだお腹が密着を妨げますが、赤ちゃんと一緒に親子で寝られると思うと、幸福感もまた一層増えます。
そっと、ロルフ様がお腹を撫でると、少しだけお腹の子が動いた気が、しました。
「……元気な子に生まれそうだな」
「そうですね、ふふ」
ぽこん、ぽこんとお腹を蹴っているのか、お腹の中で動く感覚。それすら、愛おしい。
二人で胎動を感じながら顔を見合わせて微笑み、私もロルフ様も瞳を閉じます。きっと、アマーリエ様達がお越しに来てくれるでしょう。それまで、一緒に。
さらりと、ロルフ様が髪を梳く感触を感じながら、私は心地よい温もりに包まれながら、夢の世界へと落ちていきました。
お腹の子も、幸福感に包まれてくれたなら、良いな。
この度第四回一迅社文庫アイリス恋愛ファンタジー大賞におきまして『旦那様は魔術馬鹿』が大賞を頂きました。
皆様の応援のお陰です、ありがとうございます!
詳しい事につきましては今後活動報告でお知らせしていけたらと思います。
これからも精進していきますので、応援していただければ幸いです。




