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第六章 第六節

「どうだった?」

 開口一番、成果を問うたのは、夜の自室で待ちつづけていたアーデだった。

「駄目だ、手がかりすら見つからない。意図的に身を潜めているとしか思えない」

 レベッカは翼をたたみながら、窓に腰かけた。

「まあ、この前のことがあったばかりだから、さすがに警戒してるのかもね」

「でも、これほど相手が身を隠す理由ってなんだろうね」

 と、ナータン。

「決まってる、〝極光(アウローラ)〟と同じだ」

 そう吐き捨てたのは、なぜか梁に足を引っかけて天上からぶら下がっているゼークだった。

「何かをしでかそうとしてるんだ、奴らは。だから、隠密裏に動いてる」

「でも、前のような大きい動きをまるで感じないんだけど」

「それだけ慎重にやってるんだろ」

「そうかなぁ」

 ナータンが首をかしげるのも無理もない。〝虹〟は、以前の〝極光〟とは異質な部分が多々あった。

「そういえば、メルたちが言っていたことも気にかかるし」

 思案げな顔のアーデに、レベッカがうなずいた。

「人間の村を救う翼人たち。でも、それは善意ばかりじゃない」

「ええ、人間を管理するだなんて……」

「はっ、実際その必要があるからしてんだろ。アーデのお兄様(、、、)の失態を、イーリスの連中がわざわざカバーしてくれているわけだ」

 ゼークの余計な一言に、アーデがかっとなった。

「お兄様のことを悪く言わないで!」

「事実だろうが」

「今は、たまたま問題が少し増えてるだけよ! だいたい、翼人の世界だって十分問題を抱えてるじゃない」

「そうだ。人間に対して偉そうに語れるほど、翼人が優れているわけでもない」

 レベッカはゼークのほうを見向きもしないが、その指摘が彼に対して向けられたものであることは明白だった。当のゼークは、不機嫌そうに腕を組んで黙り込んだ。

「そもそも、イーリスの実態が未だに見えてこない。リーダーが誰なのか、どれほどの規模なのか、そして拠点はどこか――」

「それすらも、意識的に隠しているのでしょうね」

「なぜ隠そうとするのかが気になる」

 自分たちの実態を知られたくない理由とはなんだろうか。やはり、かつての〝極光〟のように何かを裏で画策しているのか。

「そういえば、アーベルやベアトリーチェたちの動向は摑めたの?」

 ナータンの問いに、レベッカは首を横に振った。

「まったく。そもそも、これほど各地で騒ぎが起きているのに、翼人の姿をノイシュタットでは急に見かけなくなった」

「嵐の前の静けさ、かもな」

 ゼークの言い分は一部では正しく、これから何かが起こる可能性そのものは十二分にあった。だが、その〝何か〟が判然としない。

 ただ、ナータンは別に気がかりなことがあった。

「イーリスはともかく、アウローラのほうはどうなったの?」

「驚いたのはそっちなんだ」

 うつむいていたアーデが、はっと顔を上げた。

「何かあったの!?」

 嫌な予感が増していく。あれだけの騒ぎを起こし、相手はこちらが翼人の奴隷化に関与していると誤解しているかもしれない。新部族の誰かが報復を受けたとしてもおかしくはなかった。

「それが――」

「何?」

「もう一度話し合いたい、と」

 アーデの柳眉が、すっとひそめられた。

「へ? 接触できたの?」

「ああ、駄目で元々と思って、以前から落ち合っていた場所に行ってみたんだ。そうしたら、向こうの使者が待っていてくれた」

「それでなんて?」

「正直に話してくれた。どんな理由があれ、リファーフの村のことは許せないと。それから、まだこちらのことを疑っていると」

「無理もないわ」

「ただ事実を明らかにしたいのと、協力する可能性を捨てたくないという思いは本当だと言っていた」

「どうだか」

 天井から器用に一回転して降り立ったゼークが吐き捨てた。

「すべて罠だということも考えられる」

「もちろん、ありうる話でしょうね。でも、表向きにせよ向こうが話し合おうとしているのに拒絶するなら、こちらが一方的に非難されてもしょうがない」

「ああ。そもそも、可能性をみずから捨てるのは愚か者のすることだ」

「悪かったな、愚か者で」

 相変わらずの相性の悪さで、レベッカとゼークのあいだの空気があからさまに険悪さを増していく。

「でも、ほっとした。私は可能性そのものが消えちゃったと思ってたから」

「それどころか、完全に敵対していてもおかしくはなかった」

「うん、今はいろいろと変化が起きている時期だけど、いい方向への流れもできつつあるような気がする」

 意を決したように、アーデはレベッカのほうに向き直った。

「なんとかして彼らに会いましょう。少なくとも、まだまだ話し合える余地はあるはず」

 今度は、ゼークにも異論はない。

 新部族は、けっしてあきらめない。その根本の意志だけは徹底されていた。

 夜がさらに深まると同時に、虫の音も小さくなっていく。

 たとえそれでも、夜明けはかならずやってくる。

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