第十二章 プロメテウスの心
東京、ネオンの光と冷たいコンクリートに包まれたこの都市の片隅には、主流から外れた夢と葛藤が常に隠されている。神崎隼人の「ニューラルリンク・ラボ」も、そんな忘れ去られた工業地帯に佇んでいた。
桜井未来のアルファロメオが、錆びついた古い工場の前に停まった時、運転手を務める法務部長でさえ思わず眉をひそめた。空気中には機械油と金属が混じった古びた匂いが漂い、彼らが先ほどまでいた新晨テクノロジーの光り輝く近代的なオフィスとは鮮やかな対照をなしていた。
「ここね」未来は真音から送られてきた住所をスマートフォンで確認しながら、落ち着いた眼差しで言った。
軋む鉄の扉を開けると、混沌としながらも生命力に満ちた奇妙な世界が広がっていた。そこは研究室というより、ギークの天国兼ガラクタ置き場といった方が適切だった。様々なモデルのサーボモーター、分解された機械のアーム、床に散らばるチップや回路基板、そして飲みかけのコーヒーカップやインスタントラーメンの容器が、ポストモダンなインダストリアル風の雑然とした光景を描き出していた。
その混沌の中心で、油汚れた作業着を着て、鳥の巣のように乱れた髪をした若い男が、実験台にかがみ込み、複雑な回路基板にはんだごてを当てていた。彼はゴーグルをかけ、口には棒キャンディーをくわえ、まるで全世界が彼とは無関係であるかのように集中していた。
「神崎隼人さんですか?」未来の法務部長が咳払いをし、探るように尋ねた。
男は振り向きもせず、不明瞭な声で呟いた。「銀行の犬は今日、好みが変わったのか?スーツを着るのが嫌になって、美女を連れてプレッシャーをかけに来たのか?言っておくが、金はない。命が惜しければ……取れるもんなら取ってみろ」
彼の声には隠しようのない嘲笑と敵意が満ちており、明らかに彼らを借金の取り立てに来た銀行員だと勘違いしていた。
未来は法務担当に任せず、自ら前に進み出た。彼女のハイヒールが部品だらけの床を踏む「カツ、カツ」という音は、静かな工場の中でことのほかはっきりと響いた。
彼女は神崎隼人を見ず、むしろ実験台の隣にある作品に目を奪われた。それは極めて精密な作りのバイオニック義手で、指先の関節から手首の腱の構造まで、人体の構造を完璧に模倣していた。義手の表面は半透明のシリコン皮膚で覆われ、その下には淡い「青筋」さえ見えた。数本の細い電線が義手の末端から伸び、複雑な脳波のスペクトルを表示するコンピュータに接続されていた。
「五指連動、独立駆動。各指節にはマイクロ圧力・温度センサーを搭載。神経電流パルスシミュレーションにより、脳信号との初歩的な同期を実現。外部補助動力なしで、生体電流のみでこのレベルの応答速度と精度を達成するなんて……これはもはや天才じゃないわ」未来は純粋な技術的感嘆に満ちた声で囁いた。「これは芸術よ」
その言葉を聞いて、ずっと作業に没頭していた神崎隼人はついに手を止めた。彼はゆっくりと頭を上げ、ゴーグルを押し上げると、長期間の徹夜で充血しているが、鷹のように鋭い瞳が現れた。
彼は目の前にいる、洗練された服装で際立った気品を持つ女性を上から下まで眺め、その眼差しから敵意が次第に探求心と困惑に変わっていった。彼は、ファッション雑誌の表紙から抜け出してきたような女性が、一目でこの義手の最も核心的な技術の秘密を見抜くとは思いもしなかった。
「あんた、何者だ?」神崎隼人は体を起こして尋ねた。
「私は、あなたのすべてを買いに来た者よ」未来は微笑んで手を差し出した。「新晨テクノロジーの桜井未来です」
「新晨テクノロジー?」神崎隼人は一瞬戸惑ったが、すぐに何かを思い出した。「最近、博通のシステムセキュリティアーキテクチャを手がけている会社か?あの『深空』システムの開発元?」
「あなたも、完全に世間から隔絶されているわけではないのね」
神崎隼人は彼女と握手せず、腕を組んで実験台にもたれかかり、皮肉な笑みを浮かべた。「へえ、大企業の社長さんが、うちみたいな倒産寸前の零細工房に興味を持つとはね。安く買い叩いて、私の特許を格安で手に入れ、自社の製品発表会で自分たちの偉大なイノベーションとして自慢するつもりか?」
彼の言葉は毒を含んだ棘のように、鋭く辛辣だった。これは彼が買収を試みるすべての大企業に対して見せる、いつもの戦闘態勢だった。
未来は手を引っ込め、彼の無礼に少しも腹を立てなかった。彼女は静かに彼を見つめて言った。「神崎さん、認めましょう。私は確かに『安物買い』に来ました。あなたの工房は3億7000万円の負債を抱え、来週火曜日の午後4時には銀行によって強制清算されます。その時、あなたの特許と設備はすべてバラバラに競売にかけられ、あなた自身は返済不能な借金を背負う以外、何も残らない」
彼女は一呼吸置き、さらに鋭い口調になった。「私はその前に、あなたのすべての債権、工房、特許、チーム……そして、あなたの夢を、まとめて買い取ることができます。私が提示するのは、部外者から見れば絶対に寛大な条件です。だから、ええ、私は『安物買い』をしています。でも私が買いたいのは、あなたの安っぽい特許ではなく、この時代を10年先取りした、『安い』天才であるあなた自身です」
その言葉に、神崎隼人の顔から笑みが消えた。桜井未来は他の人々のように偽善的に彼を褒めそやすのではなく、ほとんど残忍なほどの率直さで、彼の血まみれの現実を目の前に抉り出し、そして彼女が本当に欲しいのは彼自身だと告げたのだ。
その直接的な物言いは、かえって彼に奇妙な感覚を抱かせた。
「俺の夢だと?」神崎隼人は冷笑した。「あんたらビジネスマンに夢がわかってたまるか。夢なんて、あんたらの目には財務諸表の数字の羅列、いつでも切り捨てられる『低収益プロジェクト』に過ぎないだろう!」
「では、あなたの夢は何?」未来は問い返した。「その偉大で、誰にも見向きもされない芸術品を抱えて、銀行に追い出されること?それとも、どこかの大企業で紋切り型の歯車になって、その天才的な頭脳を、お掃除ロボットに馬鹿げた歌の機能を追加する方法を考えるために無駄遣いすること?」
「てめえ!」神崎隼人は彼女の言葉に顔を赤らめた。
「確かに、私にはあなたの夢はわからない」未来の声は和らいだが、その眼差しはさらに熱を帯びた。「でも、それには場所が必要なことはわかる。それを財務諸表の数字としてではなく、未来そのものとして扱う場所が。十分な計算能力、十分なデータ、十分な資金、そして……それを理解できる『脳』を持つ場所が」
彼女はバイオニック義手を指さし、一言一句はっきりと告げた。「あなたの技術は『手』の問題を解決するものです。そして、私の『深空』AIは、その『脳』になることができる。私たちが組めば、真の意味での知的生命体を創造できる。SF映画に出てくるような冷たいブリキの缶詰ではなく、感じ、考え、人間と共存できる『プロメテウス』を。これこそが、私があなたの夢のために描いた未来です」
「プロメテウス……」神崎隼人はその名前を喃々と繰り返し、その瞳に複雑な光が宿った。
彼がすべての大企業を拒んできたのは、その貪欲なビジネスマンたちが彼の技術の商業的価値しか見ておらず、彼の真の探求を全く理解していなかったからだ。彼が創造したかったのは、完璧な「人間」の延長であり、科学技術と生命の究極の融合だった。そして目の前のこの女性は、彼の技術を理解しただけでなく、彼の夢に、これほどまでに的確で壮大な名前を付けたのだ。
工場は長い沈黙に包まれた。
やがて、神崎隼人は再び桜井未来に向き直った。その瞳から棘と警戒心は消え、代わりに好敵手に対する慎重な眼差しがあった。「条件は」
未来は微笑んだ。彼女はこの天才の「心」を勝ち取ったことを知っていた。残るは、価格の問題だけだ。
そして、価格は、最も解決しやすい問題だった。
交渉の過程は、実際には未来の一方的な「告知」だった。彼女が提示した条件は、彼女が言った通り、信じられないほど寛大だった。工房のすべての負債を全額返済するだけでなく、神崎隼人と彼の残った5人のコアメンバーに、今後10年間生活に困らないほどの契約金を支払い、「ニューラルリンク・ラボ」の独立性を維持し、神崎隼人が引き続き責任者を務め、マクロ戦略についてのみ彼女に報告することを約束した。
唯一の「条件」は、ラボのすべての研究成果を新晨テクノロジーのAIシステムと深く統合し、共に「プロメウス計画」に奉仕することだった。
この契約は、買収というよりも「後援」に近かった。
法務部長が作成した書類を神崎隼人に手渡したとき、この反骨の天才は、その高価なモンブランの万年筆を握りしめ、長い間躊躇し、なかなか署名しなかった。
「どうしました?」未来は尋ねた。「条項にまだ疑問が?」
「いや」神崎隼人は首を横に振った。彼は顔を上げ、未来を鋭く見つめた。「一つだけ質問がある。あんたが投じるこの金で、手に入れるこの技術は、最終的に……人を殺すために使われるのか、それとも人を救うために使われるのか?」
その問いに、その場にいた誰もが息を呑んだ。
未来の心は、何かで鋭く突き刺されたようだった。
人を殺すか、救うか?
彼女は、自分がどのようにして裏の情報を使い、黒田重信を屈服させたかを思い出した。それは形のない「殺人」だった。そして、彼女が「深空」システムを創設した当初の目的は、サイバー世界の秩序と安全を守ることだった。それは形のない「救済」だった。
彼女は神崎隼人の澄んでいて、頑なな瞳を見た。それは理想主義者特有の、汚染されていない眼差しだった。彼女はふと、自分が行っているこの取引が、単なる技術の買収ではなく、重い「善悪」についての問いを受け止めることなのだと気づいた。
この瞬間、彼女は山田健太に対してしたように、聞こえの良いビジネスの決まり文句で逃げることはできなかった。
なぜなら、嘘は、目の前のこの男には通用しないとわかっていたからだ。
「それが永遠に『殺人』に使われないとは保証できない」長い沈黙の後、未来はゆっくりと口を開いた。その声には、自分でも気づかないほどの疲労が滲んでいた。「どんな強力な技術も、ナイフのようなもの。医者の手に渡れば命を救い、屠殺人の手に渡れば命を奪う道具になる。私が保証できるのは、刃を握る者として、私の初心が『人を救う』ことにある、ということだけ」
彼女は一呼吸置き、その眼差しは一層固くなった。「しかし、誰かがそれを使って私を、私の周りの人々を、私が守りたい世界を傷つけようとするなら……私は躊躇なく、それを最も鋭い武器に変えるでしょう。これは選択問題ではありません、神崎さん。これは生存に関わる、必要手段です」
その答えに、神崎隼人はさらに深い沈黙に陥った。
彼は偽善的な平和主義者を数多く見てきたし、狂信的な戦争狂も見てきた。しかし、桜井未来のような人物には会ったことがなかった。彼女は自らの「悪」を認めつつ、「善」の初心を固く守る。彼女は創造を渇望しながら、破壊を厭わない。彼女はまるで矛盾の集合体であり、闇と光が、彼女の中で奇妙な形で共存していた。
やがて、彼は深く息を吸い、ペンを取った。
サラサラと、彼は書類の末尾に自分の名前を署名した。
「わかった、刃を握る者よ」彼はペンをテーブルに放り投げ、立ち上がり、手を差し出した。「今日から、プロメテウスの心は、あんたのものだ。願わくば、あんたがそれを武器にする機会が、永遠に来ないことを」
今回、未来は彼の手を固く握り返した。
「最善を尽くすわ」
その夜、新晨テクノロジーは新たに参加した「ニューラルリンク・ラボ」チームのために歓迎会を開いた。
山田健太は、人ごみの中で昔からの仲間たちと肩を組み、大声で笑いながら話している神崎隼人と、少し離れた場所で投資家たちと礼儀正しく談笑している桜井未来を見て、複雑な心境だった。
神崎隼人が、自分に劣らない技術の狂人であり、ある分野ではさらに過激で想像力に富んでいることは見て取れた。未来がこのような荒馬を手なずけたことは、間違いなく会社にとって大きな幸運だった。
しかし同時に、未来の行動スタイルが、ますます彼にとって見知らぬものになっていると感じていた。午後に法務部長から買収の全過程について報告を受け、未来の「刃を握る者」に関する論説を聞いたとき、彼は深い寒気を感じた。
それは、彼がよく知る、バグを一つ解決しただけで子供のようにはしゃいでいた未来ではなかった。それは君主だった。自らの王国を守るためなら、いつでも戦争を始める準備ができている、冷酷で孤独な君主だった。
彼はグラスを持って、彼女に何か話しかけようかと躊躇したが、結局足を止めた。
彼らの間の壁は、さらに厚くなったように思われた。
歓迎会の賑わいが頂点に達したその時、未来の暗号化されたスマートフォンが再び、そして最後に、震えた。
またしても、川端真音からだった。
「選択したようね。おめでとう」
「これが最後の連絡よ」未来の返信は冷たく、決然としていた。「あなたの目的は達したし、私の目的も達した。これからは、これで貸し借りなし」
彼女はもはや、自分を深淵に引きずり込んだこの女とは一切関わりたくなかった。
画面の向こうはしばらく沈黙した。
「馬鹿な子」
真音はただその二文字だけを返し、そして、彼女のすべての連絡先は、まるでこの世から蒸発したかのように、未来のスマートフォンから完全に消え去った。その暗号化された番号は、無効な数字の羅列に変わった。
未来はその二文字を見て、なぜか心が空虚になるのを感じた。真音から解放されれば気が楽になると思っていたが、そうではなかった。真音は鏡のような存在で、彼女が最もなりたくない、しかしなりつつある自分自身を映し出していた。今、その鏡は砕けたのだ。
彼女はスマートフォンをしまい、窓の外に目を向けた。東京の夜景は相変わらず華やかで、無数の灯りが黄金の川となって、絶え間なく流れていた。
しかし、この偽りの夜明けの下で、本当の闇は、おそらく始まったばかりなのだろうと、彼女は知っていた。
彼女のスマートフォンの画面に、経済ニュースのプッシュ通知がポップアップした。
「速報:遠見キャピタル、正体不明の機関による悪意のある空売りに遭う。傘下の複数主力銘柄が取引中に暴落、1日で時価総額3000億円以上が蒸発……」
未来の瞳が、急激に収縮した。
(第十二章 完)




