きのこの話
3章5のあと、6の間のお話です。
帰り道、迅を先頭に沙羅が続き、喬は一番後ろを歩いている。
何故かふらふらと時々藪の中に入っては急いで沙羅の後ろに戻ってきている。
迅も沙羅も喬が何をしているか気になったが、そのあまりにも高揚した様子に何をしているのか聞くのがはばかられた。
なんとなく聞かないほうがよいような気がしたのだ。
それは迅も同様のようで、喬の様子を気にしながらも無言で進んでいる。
喬は沙羅と迅の様子を気にした風もなく、ついには藪に入ったまま自分を置いていくよう二人に告げた。
「いいものを見つけたから先に行っておいて。もう大分日も傾いているし、今日は最初に見つけた薬草のところ辺りで野宿するでしょ。
私もすぐに戻るよ。」
そう言われ、沙羅は迅と二人で最初の薬草が生えている場所に戻った。
「何を見つけたんだろうな」
「想像はつかないけれど、喬が喜ぶようなものだから、たぶん、何か珍しいもの…かしら」
そうして話すも想像もつかず、先に野営の準備を始めた。
* * *
日が暮れる前に喬は戻ってきた。
丁度野営の準備が終わり、焚火を囲んで夕飯をどうしようかと話していたところだった。
「遅かったな」
顔を上げた迅が固まった。
迅の反応が気になって沙羅も喬を振り返ると、喬が満面の笑みで立っていた。
両手に色とりどりのきのこを抱えている。
「それは、どうしたの?」
「帰り道で道端にきのこが群生しているのが目に入ってね。
よく見ると、あちらこちらに珍しい種類のものが生えていて、少しずつ研究のために採取してきたんだ。
どれも書物でしか見たことがないのに、すごいよ!」
「食うわけじゃないんだな」
研究、という言葉が聞こえ迅はほっとしたように言う。
沙羅も、きのこのあまりにも独特な色味に、食べる、と言われたらどうしようと思っていたところなので、安堵した。
「こっちはね。
遅くなってしまったし、研究用だけ持って帰るのも悪いかと思って、はいこれ、お土産」
差し出された包みには、こちらもなかなかに毒々しい見た目だった。
「すごく、赤いんだが、これは、その、毒キノコではないのか……?」
「それは以前食べたけれど、美味しかったよ」
「こちらは、きのこなのに珊瑚みたいね。色も淡紫で形も似ているわ……」
沙羅の言葉に反応したのか、喬が手に取ったきのこは見た目は普通だった。
「これなんかも珍しいよ」
だが、裏返すとかさの部分が特徴的だった。
「見た目は普通なのに、かさの裏は青緑の斑……」
迅と沙羅がおののいていると、喬はあっさりとした様子で告げた。
「一応食べられるものはそちらに選んでいるんだけど、生で食べると毒性があるものもあるから、一旦湯でこぼしてから鍋にするといいよ」
そういい置いて、喬は水場の方へと向かっていく。
「ちょ、どこいくんだよ」
「採ってきたきのこを処理しないとね。日があるうちにある程度しておきたいんだ。
その代わり、明日からしばらくは食事当番引き受けるから、今日はお願い。
それじゃ、よろしく」
そうして、迅と二人で作ったきのこ鍋は以外にも大変美味しかった。
だがそれからしばらく、喬が、道端で何かを見つけるたびに戦々恐々とした気分になったのは言うまでもない。