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非業の枷  作者: 陰東 紅祢
第一章
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戸惑い

「セトンヌ」


 謁見の間を離れ、リガルナ討伐の支度をすべく移動していたセトンヌを追いかけてきたマーナリアが声をかけた。振り返ると、目の前に駆け寄ってきたマーナリアは肩で荒く呼吸を繰り返してセトンヌを見上げる。


「マーナリア様……」


 驚いたように声をかけるセトンヌに、呼吸を整えながらマーナリアは口を開く。


「本当に、討伐に向かうのですか?」

「……」


 眉根を寄せて不安そうにも怪訝そうにも見える表情を浮かべるマーナリアの言葉に、セトンヌは瞬間的に面食らったような顔を浮かべ、口をつぐんだ。

 彼女の言わんとする言葉の意図は分かっている。だが、その言葉の中には、リガルナを案じる節が随所に感じ取れた。セトンヌはそれを皆まで言わずとも感じ取った。なぜそうまでしてリガルナに執着しようとするのか? 理解に苦しむ問題だ。


 一般兵として城に上がってからこれまでの功績が認められ、現在2人は婚約者同士となっている。彼女の事は心から愛しているが、だからこそ自分の仇である男の事ばかり気にかけられては、当然面白くない。


 セトンヌは不機嫌に顔を歪め、まるで睨むようにマーナリアを見下ろす。


「もちろんです。あの男は私にとって仇以外の何ものでもありませんから」

「ですが……」


 悲しげに揺れるマーナリアの瞳から逃れるように視線を外したセトンヌは、等間隔に並んだ円柱に手を付き、そこから見える中庭を見ながら小さく溜息をつく。そしてセトンヌは眉間に皺を寄せ、深い執念に満ちた瞳をもう一度マーナリアに向けた。


「もう、これ以上失望させないで下さい」

「……っ」


 睨むように見据えてくるセトンヌの眼差しと言葉に、マーナリアは何も言えず言葉を飲み込んだ。

 憎悪に満ちた瞳のセトンヌが円柱から手を離してマーナリアの前に歩み寄ると、彼女は思わず顔を俯ける。セトンヌはそんな彼女の肩を掴むと、押さえ切れない感情に任せて責め立てた。


「あの時あのまま奴を処刑していれば、今こうして多くの人間が死なずに済み、私も長い間あの男への憎悪に苦しめられる事も無く穏やかな毎日を過ごせていたに違いありません。あなたはまだ私に苦しめと仰るのですか?」


 その言葉に、マーナリアはきゅっと唇を噛み締めた。

 そうではない。彼にはこれ以上苦しんで欲しいなどと思ってはいない。ただ、それでも、悔い改めるべき事はしっかりと受け入れてもらいたい。それだけだった。


「あなたが、とても辛い思いをしてきた事は分かっています。でも、きっと彼はそれ以上に……」

「マーナリア様!」


 セトンヌは語尾を強めてマーナリアの言葉を遮った。本来なら、一国の象徴とも呼ぶべき相手にそんな事は出来ないが、これも婚約者と言う立場だからこそ出来る事。セトンヌの表情は非常に固く、射すくめるかのような目を向けていた。肩を掴んでいる手に力がこもり、咎めるように言葉を吐く。


「あの男は犯罪者です! 多くの人間を手にかけてきた犯罪者であり魔物なのです! あなた様もよくご存知でしょう? 日々の奴の仕出かす罪の大きさを。あの男は、もうあなたの知る者ではありません」

「そ、それは……」

「一体いつまで、あなたはあんな奴に囚われているつもりですか」


 セトンヌの手が怒りに細かに震えている。そしてギリギリのところで何とか怒りを噛み殺し、喉の奥から搾り出すように低く呟く。


「私はこれ以上私の大切にしている物を、守りたい物を奴に奪われたくはない! この気持ちが理解できないとでも?!」

「そう言う訳では……っ」


 セトンヌの言葉に、マーナリアは言葉に詰まった。

 抑えきれない怒りにやや声を荒らげたセトンヌを前に、マーナリアは肩を落として黙り込んだ。


 セトンヌはそんな彼女を見てハッとなり、いささか言い過ぎたと肩から手を離して気まずそうに視線を逸らす。


「……申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」

「……」


 セトンヌは一言謝るとそれ以上何も言う事無く頭を下げて颯爽とその場を離れる。残されたマーナリアは、そっと傍の円柱に手をかけ寂しげに視線を足元に落した。


 大切な家族を奪われたセトンヌの怒りは理解しているつもりだ。誰も彼を止める事はできない。だがそれでもあの時、自分達がリガルナを責め立てるような事をしなければこんな事にはならなかったと、そんな後悔ばかりが胸に押し寄せてくる。

 彼が言うように、いつまでも当時の事にこだわってばかりで先に進めないのは違う事は理解していた。だが、どうしても当時の事を謝罪したかった。そして彼の真実を知ってもらいたかった。そうしなければ、彼はきっとこれから先も報われる事は何一つないままになるだろう。自分がただ自己満足の為に動いているのは分かっている。それでもリガルナの生きる人生を思えば、その手を離すわけには行かないとマーナリアは思っていた。


「……リガルナ」


 いつか下される事になるであろう制裁を止める事はできない。ただ、あの時の自分たちが犯した過ちだけは分かってもらいたかった。

 マーナリアは悲しそうな瞳を浮かべ、そっと夜空を見上げた

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