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浮浪者の娘  作者: 大久 永里子
終章 黄葉の朝
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黄葉の朝

 木々の葉が色づき始めた頃、ラルクは付き合いのある隣都市(まち)の家に、使用人の職を用意して貰っていた。


 西棟の玄関に、その朝見送りの人間がズラリと揃った。

 涙ぐむマリアの横で、セイレンや何人かの女中達は泣いていた。


 みんなに一通り礼を述べて、膝を着いてキャリーとしっかり抱き合っていたアミィは、もう出発するべきだと感じて、立ち上がった。



 アミィの引っ越しを知ってここしばらくぐずっては父と母になだめすかされていたキャリーは、ようやく諦めて納得してくれて、今日は泣いていなかった。

 ちょっとだけむくれている様な小さな少女の顔を、アミィは微笑わらって見つめた。



 いつか大きくなったキャリーに会うことが出来るだろうか。

 自分のことを覚えていてくれるだろうか。



 会えなくても、覚えていてくれなくても。


 彼女に元気でいてほしい、と思った。





 家の当主が息子を命懸けで救い、自分の命も一度救ってくれた女性に、手を差し伸べて握手を求めた。


「困ったことがあったらいつでも報せていらっしゃい。」


 その手を握り返し、アミィは心から礼を述べた。

 夫の隣で、ラルクの母がそれを無言で見つめていた。



 当主夫妻に深々と頭を下げ、最後に、彼女は何も言わないラルクを見た。

 数瞬、見つめ合った。



 視線に、ラルクの言葉にならない想いが伝わった。

 微笑み、アミィは自分の人生で一番大切だったひとに一礼した。



 そしてラルクに背を向けた。




 髪の色。の色。優しい声。温もり。


 ずっと覚えていられますように。



 懸命に心に刻み込んだ。 





 トーラン家が男の使用人を二人、隣都市(まち)まで同行させてくれることになっていた。



 護衛代わりの二人に連れられ、アミィは馬車に乗り込んだ。


 見送ってくれる人達を、馬車の中から彼女はもう一度見つめた。



 馬車が動き出した。キャリーが手を振る。


 ひととき自分に家庭を与えてくれたその家を、そうしてアミィは去った。






 主役の去った玄関で、涙をこらえるマリアの周りで、女中達がすすり泣いていた。

 馬車が見えなくなるまでアミィの名を呼びながら手を振っていたキャリーが、所在なげにして立っていた。




 ラルクはただ立ち尽くしていた。




 あの日彼女をここに連れ帰って来て、助けたいと思っていた。


 こんな風になるために彼女をここに連れ帰って来たのではなかった。





 自分はどうするべきだったのだろう。


  


 

 一言も話さず、身動きも出来ずにいる息子の横で、彼に言うともなしに父が言った。


「あれは天使の様な娘だ。世界かみが彼女を守るよ。」


「―――――――――――――――――――――――」



 気休めかもしれない。

 だが青年はそうであるよう祈った。



 誰にも知られずに咲いていた美しい花が、自分に相応しい場所を見つけられます様に。

 












⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰⊱⊰



 敷地内の長い道を通って、馬車はトーラン家の門を出た。



 アミィは木々の葉を見上げていた。


 すっかり秋の匂いがする。




 オレンジが勝り始めている黄色い葉を見上げて、綺麗だと思い、彼女は気付いた。




 そんなことを思ったのはどれだけぶりだろう。




 去年も一昨年も木の葉は色づいていた筈なのに、皆自分の心に触れることのない、関係のない出来事だった。





 そういえば、トーラン家にラルクに連れて帰って来て貰ってから、なんてたくさん泣いたり怒ったり、笑ったりしたんだろう。


 そんなことは、ずっとなかった。








 今自分は、目の前の木の葉を美しいと思っている。







 胸の痛みと共に空を見上げると、アミィは深く息を吸い込んだ。













 きれいだ。



 それでいい。

第一部 完



読了ありがとうございました。



第一部は全体で大きな序章のような位置付けで、第二部でヒロインの新たな冒険が始まります。

よろしければぜひそちらもご覧になって下さい。

一、二か月以内には第二部を書き始めたいと思います。


余力次第で、第一部の方に挿絵を入れるかもしれません。

挿絵を入れた場合は、どこか分かりやすそうな所(どこが分かりやすいんだろう…)でお知らせします。


ここまでお付き合い下さった方、心より感謝申し上げます。

今日がいい日になりますように。

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