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幼馴染は触手の姫  作者: もっしゃん
第一章:幼馴染が触手になるまで
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潜入、探索、儀式


 俺たちが訪れた村は、前情報の通り変哲もないところだった。

 山のふもとの開けた土地に民家が並び、農民が田畑を耕している。


 あえて村の特徴を挙げるなら、養蚕ようさんをやっていそうなところだろうか。

 カイコのまゆを煮るときの、独特な匂いが漂っている。

 とはいえ土地の少ない山岳部の村において、養蚕業はありふれている。特筆することではない。


「ここが本当に教団のアジトなのかしら」

「忍の里も表向きには普通の村だからな。ま、当たらぬも八卦だ」


 当然、俺たちが忍であることは隠さなければならないので、嘘の身分を用意してある。

 今の俺たちは、都から駆け落ちしてきた旅芸人のつがいカップルだ。


 姉さんはきらびやかな踊り子の衣装を身にまとっている。クシで梳かした髪をおろし、右肩ははだけ、薄い衣が体のラインを浮きだたせている。いざというとき動きやすいように軽い素材で作った特注品だ。

 俺の方はというと、三味線を背負っているだけで、なんとも無個性な格好をしている。そりゃ、おしゃれしてみたい気持ちがないわけでもないが、地味な見た目が武器なのだからしかたない。

 

「もし、そこの親切なお方。わたくしどもは旅芸人をしている者ですが、しばらくこの村に泊めていただけませんか」


 立派な屋敷の縁側に座っていた地主らしき男に、姉さんは口説き文句をよどみなく紡ぐ。


「へえ、旅芸人かい。そりゃあ珍しい」

「都で親の借金のカタに売られそうだったところを逃げてきたのです。なにぶん都にすべて置いてきたため一銭も持たぬ身。行くあてもありません」

「気の毒なことに。しかし、うちも貧しい村だ。もてなしなど何も……」

「そのようなお気遣いは要りません。恩は芸とこの身一つ・・・・・で返すほかありませんが……いかがでしょうか?」


 姉さんが上目遣いで男にしなだれかかると、男はゴクリと唾を飲んだ。

 姉さんほどの絶世の美女に誘惑されて、理性を保てる男などなかなかいない。

 そのまま流れるように逗留とうりゅうする約束を取りつけたところで、姉さんは俺に向かってウインクをよこしてきた。


 ……”くノ一”スイレン、おそるべし。



***



 その晩、地主の屋敷で俺と姉さんは芸を披露した。

 俺が三味線を弾き、その音楽に合わせて姉さんが扇情的な踊りを舞う。

 偽りの旅芸人といっても、俺たちの芸は本職に劣らない自負がある。生半可な腕では簡単に正体を見破られてしまうからだ。


「いいぞ、いいぞ!」

「こういう娯楽も悪くないねえ。つまらない村だかんなあ」


 屋敷の広間には、やかましい男たちが集まっていた。酒を飲み、ヤンヤヤンヤともてはやしてくる。

 一方、俺は違和感を覚えていた。

 経験則として、俺たちはそれなり以上の集客力を持っているはずだ。しかし現状、見込んでいた観客の数よりずっと少ない。他の村人はこんな珍しい旅芸人を放っておいて何をしているのだろう。


 芸の披露が終わると、姉さんは男たちに酒を汲んで回りはじめた。


「へへへ、素敵な踊りだったよお」

「満足いただけて嬉しいですわ」

「俺はまだ物足りねえけどなあ、へへ」


 下品な笑いを浮かべながら男は姉さんの腰をさする。

 姉さんは「あらやだ」なんて言いつつ体をくねらせながら、にこやかに酒を注ぎ続ける。

 よくまあ耐えられるものだと感心する。もっとも、任務が終わってから俺がたっぷり愚痴を聞かされる羽目になるわけだが。


 男たちの視線は姉さんの艶かしい仕草に釘付けになってしまっている。

 そして、その隙に俺は一人で広間を抜け出した。

 なにせ顔も格好も地味なので、誰からも注意を払われない。

 姉さんが村人の気を引き、俺が探索を行う。そういう役割分担だ。


 静かに屋敷を探索する。ざっと見て回ったところ、普通の農家の屋敷だった。

 ところが寝床の箪笥タンスを調べていた俺は、まったく予想していなかったものを見つけてしまう。


「これは……!?」


 白い絹で織られた衣服。

 かつて出会ったときのカエデが着ていたものとそっくりだ。

 見つけた服の方は、たけが長く、袖とフードがあるという点で若干異なっているが、そもそも白い絹だけで織られた衣服自体が珍しい。

 記憶を失う前のカエデとこの村に、何か関係があるのだろうか。


「!」


 窓の外で、何かが揺れた。

 こっそり外の様子を伺ってみると、行灯あんどんを持った農民たちが、列をなして山の方へ向かっているのが見えた。

 皆、白い絹の衣を頭から羽織っている。闇に浮かぶ幽霊の行列のようで、なんとも気味の悪い光景だ。


 広間の方に耳を傾けると、姉さんと男たちの晩酌はまだ続いているようだった。

 しかたがないので、拾ったばかりの白い絹の衣を羽織り、俺一人で後をつけることにする。 


 うっそうとした森の獣道を、白い服の一行は進んでいく。

 俺は物音を立てないように気を払いながら、その後ろを尾行する。


 しばらく歩いていくと、木の生えていない開けた場所にたどり着いた。

 人々は弧を描いて整列し、行灯を天にかかげ、呪文のような言葉を唱えている。


 いあ! いあ! くづるう! ふたぐん!

 いあ! いあ! くづるう! ふたぐん!

 いあ! いあ! くづるひ! ふなぐる!

 いあ! いあ! くづるひ! ふなぐる!


 なんと言っているのかさっぱりわからない。

 かろうじて「九頭龍」とだけ聞き取れたが、そもそもジパング語なのかどうかも怪しい。

 聞いているこっちの頭がおかしくなってしまいそうだ。


 広場の中心には、銀色の巨大な円盤が、半分ほど地面に埋まっていた。

 『九頭龍戦争』について記した文献で描写されていたものとそっくりだ。おそらくこの地に墜落したのだろう。

 中にまだ陸蛸が潜んでいる……なんてことはないと思いたいけども……。


 とにかく、一つ、明らかになったことがある。


「大当たり、ってか」


 この村の住人が九頭龍教団の信者であることは疑いもない。

 何が「つまらない村」だ。面白すぎて身震いしてしまいそうだ。

 連中がここで何をしようとしているのか、その一部始終を見届けてやろうじゃないか。


 やがて来た道とは別の方向から、背の高い人物と低い人物のペアが歩いてきた。

 フードを被っているので二人とも顔は見えない。

 背の低い方は、両手を背中の後ろに回している。もしかしたら手首を縛られているのかもしれない。

 二人は呪文を唱和している列に加わらず、円盤の横に並んで立ち止まった。


 背の高い方がフードを下ろした。頬のこけた瘦せぎすの男だ。

 そして、手に何かを持っている。暗がりの中でかろうじて見えるそれは……


「……触手?」


 太い触手の先端の切れっ端。

 まだうねうねと動いているそれを、男は素手で掴んでいた。何に使うのだろう。


 男が、背の低い方のフードを下ろした。

 ──その瞬間、俺は驚きのあまり、世界のすべてが止まったかのように錯覚した。


 露わになったその少女の顔は、あまりにも見慣れたものだったからだ。


 二重の目。

 肩のあたりで切りそろえた髪。

 楓をかたどった木彫りのかんざし──


「──カエデッ!!!!!!!!」


 その名前を、俺は思わず大声で叫んでいた。


 唱和が止まる。信者たちが一斉に俺の方を振り向く。

 こうなってしまっては潜入もクソもない。だが、だからなんだというんだ!


 俺は白い羽織りを脱ぎ捨てると、クナイをかざし、広場に躍り出ていた。

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