七年後から
【七年後】【ウカイ・ジン】【齢十六歳】
里のはずれにある訓練広場には、俺以外の誰もいない。
広場の奥に、触手に見立てた八つの金属の的が並んでいるだけだ。
「火遁!」
掛け声とともに、手裏剣の聖玉に己の聖力をこめる。そして、手首を捻らせながら水平に投げる。
手裏剣は俺の手から放たれた直後、炎を纏い、回転しながらいくつもの火炎弾を発射する。
その火炎弾は寸分たがわず、八つの的すべての中央に命中した。
俺は汗をぬぐった。聖術はたった一度使うだけでも精神力を消耗してしまう。それをこの数十分ぶっ続けで練習していたのだからヘトヘトだ。
「兄様、お疲れ!」
背後から明るい声が聞こえた。
振り返ると、風呂敷包を抱えたカエデが、目を見張っていた。
紅葉柄の赤い着物。
肩のあたりで切りそろえた艶やかな髪。
そして何より、いつも浮かべている朗らかな笑顔。
カエデは、出会ったときの幽霊のような面影はどこへやら、年頃の明るい少女に育っていた。
「訓練まだ続ける?」
「そろそろ休もうと思ってたところだけど」
「じゃあさ、一緒にご飯食べようよ」
カエデはそう言って、風呂敷包を持ち上げた。
***
木陰にカエデと並んで座る。
今日の昼飯は、鳥肉を混ぜこんだ握り飯だった。
一口かじると、出汁の染みこんだ雑穀米が舌の上でホロっと崩れる。嚙みしめるたびに、肉の旨みが口いっぱいに広がる。
「美味い! さすがカエデだなあ」
「えへへ、なんか照れくさい」
本人は謙遜しているが、カエデがこの里に来てから食事の水準が一気に上がったのは事実だ。
記憶は失っていても、料理は天賦の才だったらしい。まずい雑穀米をよくここまでふっくらと炊き上げられるものだと、食べるたびに感心する。
「でもわたし、鳥を捌くのはまだできないんだ。今日も下処理はおばさまにやってもらった」
「血が苦手なんだからしょうがない。気にするなよ」
鳥の解体ではまず首を切り落とさなければならない。
ところが以前、カエデが解体に挑戦してみたところ、噴き出す血を見て気絶してしまったのである。
曰く、血がどうしても怖いらしい。つくづく優しい子だと思う。
そんなことを考えながら二つ目のおにぎりを咀嚼していると、カエデが何やらソワソワしながら上目遣いをこちらに向けてきた。……え、何?
「あのさ……兄様……」
「ん?」
「わたしを見て、ほら、何か変わったところとか、ない?」
「何って……」
こういうことを言ってくるときは髪型か着物を変えていることが多いけれど、今日は別に普段と同じで……。
「……あ、かんざし」
俺はようやく気づいた。前髪を留めているかんざしが、”楓”になっている。
楓の葉を型どった、木彫りのかんざしだ。
それも、都の職人が売っているような立派なものではなく、もっと素朴な作りをしている。
「もしかして手作りか?」
「えへへ、頑張ったんだよ。兄様がつけてくれた名前にちなんで。ね、似合ってる?」
「あ、ああ。すげー似合ってる。かわいいよ」
「カエデ」という名前を気に入ってくれていることが嬉しくて、ちょっと涙腺が緩みかける。
頭を撫でてやると、カエデは自分から褒めるように仕向けてきたくせに、目線を不自然にキョロキョロさせた。
「お、幼馴染に、すぐそういうことする……」
「いやだってかわいいし……」
「うぅぅ」
カエデはたびたび幼馴染を自称する。
普段は俺のことを「兄様」と呼ぶから俺も妹扱いしているのだが、ときどき思い出したように幼馴染を主張してくるので、よくわからない。しかも、そういうときは、なぜか拗ねていることが多いのだ。
親しい人にかわいいからかわいいと言うのは、別におかしなことではないよな?
「あらあら、相変わらず仲がよろしいこと」
透き通った声に茶化され、カエデが声の方をジト目で見やる。
こちらに歩いてきたのは、スイレン姉さんだ。
子供の頃から美人と評判だった姉さんは、大人になってその美しさにますます磨きをかけていた。
今はあえてみすぼらしい農民の格好をしているが、その長髪を解き、服をめかしこめば、どんな男でも籠絡してしまえる恐ろしい”くノ一”に変身する。
「姉さんひさしぶり。帝の護衛任務はどうだった?」
「途中、牛車が賊に襲われたけどね。まあ造作もなかったわ」
こともなげに話しながら、俺の隣に座ると、握り飯に手を伸ばす。
「ひとつ貰うわよ」
「え゛っ」
返事を待たずに握り飯にかぶりつく姉さんに、カエデは顔をしかめた。身を乗り出し、抗議の声を上げる。
「ちょ、ちょっと! それ、わたしが兄様に作ってあげたんだから!」
「ひとつくらいいいじゃない。ケチ」
「ケチじゃない!」
「そんな貧しい性格だから体も貧しいままなのよ。どことは言わないけれど」
「ぐぬぬぬ……」
姉さんは勝ち誇った顔でカエデの胸に視線を落とす。
いや、確かに、二人の体格は天と地くらいの差はあるけれど。あるけれど!
「あー、とりあえず、俺を挟んで喧嘩しないでくれるかな……」
「兄様は黙ってて」
「あっうん」
カエデは里の人たちと大体仲良くなったが、姉さんとだけはずっと険悪な関係のままだ。
姉さんも姉さんでもう大人なのだから上手に付き合えばいいのに、カエデに対しては尖った態度を崩さない。今さら父さんの死のことで恨んでなどいないはずなのだが、一体何が気に入らないのだろうか。
「それよりジン、朝廷から新しい任務の依頼よ」
思わぬ言葉に、俺は身を引き締める。
「あたしとあなたの二人組で、潜入捜査ですって」
「潜入? どこに?」
「詳しい内容は極秘事項。今、外で喋るわけにはいかない。ただ――」
姉さんは黙り込んだ。その瞳に、昏い憎しみの炎が宿る。
ややあって、引きつった笑みを浮かべながら、口を開いた。
「――あたしたちにとっては、ちょっとした因縁の相手ね」




