九頭龍戦争
すべてのはじまりは、イセ地区の海岸に墜落した巨大な円盤だった。
その円盤の第一発見者はイノウ・タダタカ。
当時、ジパングの全国地図を描くために各地を巡っていた学者である。
彼は円盤について震える字で手記にこう綴っている。
***
その円盤の直径は五丈(約15メートル)ほど。
外装は未知の金属で覆われていた。
人々が遠巻きに円盤を見物していると、やがて中央の蓋が開き、見たことのない生物が這い出てきた。
触手に覆われたタコのような頭部と、コウモリのような翼が生えた胴体を持つ、二足歩行の生物である。
色は薄紅で、体長は六尺(約2メートル)。
生理的嫌悪感をもよおす気味の悪い姿だった。
やつの触手は棒切れをへし折るかのように、捕えた者の命を奪った。
円盤から放射された光線によって、あたりは火の海と化した。
まったく情けないことに、私は測量船に飛び乗り、命からがら逃げ出すしかなかった……。
***
ほどなくして、国の各地に次々と似たような円盤が落ちてきた。
中からはやはりタコ型の生物……『陸蛸』が現れた。
やつらは里を、街を、森を、蹂躙していった。
幕府の侍たちは勇敢に立ち向かった。
しかし強靭な肉体と未知の技術を有した陸蛸にはとうてい太刀打ちできなかった。
他国からの応援も望めなかった。
なぜならジパングは大陸から離れた島国であるうえに、当時の幕府は鎖国政策を取っていたからだ。
陸蛸の侵攻はあまりにも早く、使者を送る時間さえなかった。
誰しもが、ジパングはもはや滅びる運命にあると絶望していたそんなとき。
救いの手は差しのべられた。
ジパングの危機に瀕して、時の帝は神々に太平の祈りを捧げた。
そして神々は祈りに応えた。
邪悪を祓う聖なる力を、帝に与え賜うたのである。
聖術。
剣術、武術、忍術、陰陽術。
古来より研鑽されてきた護身術がジパングには数多く存在するが、ここに聖術が新たに加わった。
雷を呼び、炎を燃やし、風を操り、水を作り、物質を土へと還す。
聖術とは人知を超えたまさに神の力と言えよう。
聖術の力は強大であった。神の加護を得た帝は、さらに配下の朝廷軍に聖術を広め、これによって陸蛸に対抗した。
形勢は逆転した。ほんの数日のうちに陸蛸は後退を強いられるようになった。
やがて陸蛸の親玉であろう巨大な怪物、『九頭龍』が海からその恐ろしい姿を現した。
それでも朝廷が退くことはなかった。
最後には帝自身が発せられた浄化の光に照らされ、陸蛸はすべて滅びた。
こうしてジパングは陸蛸の侵略に打ち勝った。
痛ましい傷を残しながらも、再び太平の世が訪れたのだ。
『九頭龍戦争』。
このひと月の災厄はそう名づけられた。
――だが、災厄は終わってなどいなかった。
訪れた平和は嵐の前の静けさ。
ジパングの歴史を大きく揺るがす事件の、ほんの始まりにすぎなかったのである。




