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幼馴染は触手の姫  作者: もっしゃん
第二章:逃げる者 追う者
11/29

決別


 教団の村を発ってから数日後。俺たちはケフの都に到着した。


 この国の首都がエドからケフに移転したのが十五年前。

 そのおかげもあって、ケフはエドやサカイに負けないくらい活気のある街に発展していた。

 街中に呉服屋や料亭が立ち並んでいる。普段田舎に引きこもっている身としては、日がな観光して回りたいくらいだ。


 そうは言っても、俺たちは遊ぶためにケフに来たのではない。

 俺と姉さんの二人は、帝の住まう御所ごしょへ赴いていた。


 御所は公務を執り行う神聖な場所だ。

 その性質上、ごく限られた人物しか入ることを許されていない。

 下々(しもじも)の民は足を踏み入れるだけで大罪に値する。

 そういう理由で、カエデは近くの宿屋で待ってもらっている。


 今、俺と姉さんは、御所の片隅にある御殿ごてんで、二人の大臣の前に膝をついている。

 左に座す強面のハゲ男がコノエ左大臣。

 右に座す柔和なヒゲ男がニジョウ右大臣だ。


 俺たちは事の顛末をすべて語り終えた。

 あとは良い判断を下してくれることを祈るだけだが……。


「まずは二人ともご苦労だった。これで九頭龍教団の実態にまた一歩近づいた。引き続き調査に協力してほしい」


 右大臣がヒゲをいじりながら、俺たちにねぎらいの言葉をかけた。


「それで、問題はカエデという少女の処遇だが……。どう思うかい、コノエ左大臣」


 右大臣が左大臣に話を振った。

 補佐的な役割の右大臣よりも、左大臣の方が政治における権力が強い。

 帝が直接関わるような重大な公務でなければ、多くの場合、決定権は左大臣が持つ。

 果たしてそんな左大臣は、想定されうる最悪の答えを下すのだった。


「どうもこうもない。処遇は極刑以外に考えられぬ」


 即答だった。

 極刑……つまりカエデの死刑こそが恐れていた最悪の事態だ。

 俺は大声で反論したくなる気持ちを抑え、努めて冷静に意見する。


「カエデは理性を失っていません。触手も制御できています。何も殺す必要はないと存じます」


 左大臣は据わった目つきで俺のことを睨んできた。

 

「ジンよ、そのカエデという少女と親しいようだが」

「左様でございます」

「故にかばうか」

「……」


 いいえ、とは答えられなかった。

 左大臣は俺のじいさんと同じタイプの大人だ。心を見透かし、嘘を見抜く。

 不用意にごまかそうとすればその隙が命取りになる。


「ヒトの触手憑きの恐ろしさは誰もが知っている。いつ触手に理性を奪われるかわからぬ以上、脅威となり得る存在は排除すべきだ」

「ですが……」

「それにその少女は、教団との関わりも深い可能性があるというではないか。野放しにしておくわけにはいかん」

「ちょっと待ってほしい」


 俺が言葉に詰まっていると、右大臣が口を挟んできた。


「確かに、左大臣の考えは間違っていないと思う。触手憑きを生かしておくのはありえない。だけど、選択肢はもう一つあるんじゃないかな」

「ほう?」

「少女を普通の人間に戻すことだ。そうすれば脅威も何もなくなる」


 その一言で、俺は目の覚めるような衝撃を受けた。

 普通の人間に戻す。その発想はまったく思いつきもしなかったものだ。

 一方、左大臣は鼻で笑った。


「一度触手憑きになれば元に戻れぬ。というより、物理的に不可能だろう。肉体が触手と同化しているのだから」

「どうかな。彼女は触手を吐き出したおかげで完全には同化していないように思える。あるいはセイメイならば、人間に戻す方法を知っていそうだけど」

「貴殿は罪人に頼れというのか」

「セイメイ……?」


 初めて聞く名前だ。朝廷の主要な役人の名前なら一通り知っているのだが。

 俺が眉間にしわを寄せていると、右大臣が説明を続けてくれた。


「セイメイは朝廷で触手の研究をしていた学者だ。かつて九頭龍戦争において、陸蛸の生態を分析し、勝利につなげた立役者でもある。このジパングに彼女以上に触手に詳しい者はいない。だけど十年前、ある事件を境に、研究資料をすべて燃やして朝廷から去ってしまった。今はフジの樹海に一人で籠ってるって噂だよ」

「セイメイを訪ねればカエデが人間に戻る、ということですか」

「あくまでもその可能性がある、ということだね」

「ありもしない希望を抱かせるのは残酷だぞ、右大臣」


 左大臣に厳しい口調で咎められ、右大臣は肩をすくめる。


「左大臣殿はこの提案をお気に召さなかったようだ」

「当たり前だ。不確定要素が多すぎるし、数多のリスクを犯す理由もない。極刑に変更はない」


 左大臣はやれやれと首を横に振った。

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。俺はこちら側で用意していた策を使うことにする。


「先だって、カエデ自身の気持ちを聞いてきました。彼女は忍になって、俺たちと一緒に教団を追うことを望んでいます」

「なるほど?」

「実際、カエデの触手は戦力になり得ます。俺たちと付ききりなら万が一理性を失っても対処できる。それに、今回逃したムナガラという男も、カエデを狙って再び現れるでしょう。生かしておくことはあなたがたにとっても悪い話ではないと思いますが……」


 これは朝廷側にとってのメリットを提示する作戦だ。 

 もともと、朝廷がカエデを兵力として利用しようとするのではないかとも予想していたところから考えた話である。勝算はある程度見込めるはずだった。

 ところが大臣たちの顔色は、俺の予想とは裏腹に、ますます渋くなっていった。


「それはなおのこと無理な話だな」

「……理由をうかがってもよろしいでしょうか」

「件のセイメイが朝廷を去る際に言い残していったのだ。『触手の知識はヒトには早すぎた。我々はそれを知るべきでも、利用しようとすべきでもなかった』と。そして、この言葉の重みは我々もよく理解している。触手憑きに情けをかけてはならぬ」


 有無を言わさぬ口調だった。

 俺は助けを求めて右大臣に視線を送るが、今度は右大臣も首を横に振るだけ。

 ……状況は最悪。地雷を踏んでしまったのだと俺は悟った。


「もう一度言う。カエデという触手憑き・・・・の極刑は決定事項だ。変更はない」


 静寂。

 必死に頭を回転させるが、もはや大臣たちを説得できる言葉が見つからない。


 ──それゆえに、俺が次に為すべきこともはっきりとした。


「刑は極秘で行う。我々以外にこのことを知る者はいない。つまり暗殺だ。スイレンよ」

「はい」


 ずっと口を閉ざしていた姉さんの名を、左大臣が呼んだ。


「そなたにカエデの暗殺を命じる」


 俺は姉さんの横顔を観察する。その表情は氷のように冷たい。

 姉さんがこういう顔をするとき、心で何を考えているのか、俺はよく知っている。


「かしこまりました」


 そして予想通り、姉さんは深々とこうべを垂れた。



***

 

 

 カエデの待つ宿屋に向かっている途中、俺と姉さんの間には張り詰めた空気が流れていた。

 二人とも一言も発しない。ザクザクと御所の砂利を踏みしめる音だけが聞こえる。

 そんな中で、沈黙を破ったのは姉さんの方だった。


「ねえ、ジン」

「なに?」

「馬鹿なことを考えていないでしょうね」

「馬鹿なことってなんだよ」

「とぼけないで」


 姉さんは立ち止まった。

 腕を胸の下で組み、俺をじっと見据えている。


「あなた、カエデちゃんを逃すつもりでいるしょう」

「なんでそう思う?」

「わかるわよ。あたしはあなたの姉なんだから」


 俺はため息をついて、姉さんと向かい合った。

 さすがにすべてお見通しというわけだ。


「なら言わせてもらうけど」

「何?」

「姉さんこそ、本気でカエデを殺すつもりだろ」

「なぜそう思うの?」

「わかるさ。弟だからな」


 姉さんが無表情になるのは、人を騙し切る・・・・・・決意を固めたとき。

 偽りの優しい仮面をかぶるため、まず己の心を殺すのだ。

 そして、姉さんが命じられた使命は暗殺。

 誰を騙すつもりなのかなんて言うまでもない。

 

「カエデは俺が守る。絶対にだ」

「朝廷への謀反は重罪よ。あなたは抜け忍として死ぬまで追われ続けることになる」

「そんなことは承知の上さ。けどな、このままカエデが殺されるのを黙って見過ごすような忍は──」


 重大な決断を迫られたとき、人はどうすればいいのか。

 そのときのために”信念”を持てと、父さんは教えてくれた。今がそのときだ。


「──俺がなりたい忍じゃない」

「そう。残念よ……本当に」


 姉さんの身体が、ゆらり、と前のめりに揺れた。

 その手にはいつの間にかクナイが握られている。


 姉さんがクナイで突くと見せかけ、足を払ってこようとしてきたので、俺は小さく跳んで横に避けると、アゴに手刀を入れようとしたが、バク宙で受け流され、その勢いのまま蹴りだされた脚を、俺は両腕で受け止めた。

 そのまま地面に組み伏せようとした瞬間、放電の稲妻が脚から光ったのが見えたので、俺は姉さんから手を離し、自身の”雷遁”を起動させると上からクナイを振り下ろした。同時に姉さんも”雷遁”のクナイを下から切り上げてくる。

 稲妻を発する一対の刃を挟み、俺と姉さんはぶつかり合った。


「組み手をするのはいつ以来かしら!?」

「初めてだろ。修行じゃない組み手は!」


 この勝負、お互いはお互いを殺すつもりなど毛頭ない。

 俺の勝利条件は、相手を行動不能にしてカエデのところへ向かうこと。そして姉さんの勝利条件もまったく同じだ。

 そのために必要な行為は、雷遁を一撃当てて痺れさせるだけ。それだけでいい。

 ゆえに、一撃のタイミングは決して見逃してはならない。


 クナイとクナイを高速で切り結ぶ。聖術の光をまとった銀色のひらめきが空を舞う。

 一瞬たりとも姉さんの太刀筋から目を離すなと自分に言い聞かせ、全神経を集中させる。


「そこ!」


 脇腹に飛んできた刃先を、身体を曲げて間一髪で避ける。

 そのときに生じたわずかな隙を突いて、今度は俺が姉さんの方にクナイを突き出した。

 しかしこれも避けられる。さらに突き出した腕を脇に挟まれ、至近距離で固められてしまった。


「勝負あったわね」

「どうかな!」


 俺は歯をくいしばり、頭突きを繰り出した。

 額と額が打ち合う。脳天が衝撃で揺さぶられる。

 俺は身構えていたから持ちこたえられるが、不意打ちを食らった形になった姉さんはそうはいかない。


「うっ……」


 姉さんがよろめき、腕を固める力が緩んだ。

 俺は今度こそ雷遁のクナイを構えると、その刀身をガラ空きになった姉さんの腹に押し当てた。


「あああああああああああああああああ!!!!」


 姉さんが全身を痙攣させながら絶叫した。砂利の上にどさりと倒れこむ。

 俺は一瞬茫然としてしまったが、すぐに身を翻して御所の外へ駆け出した。


「待ちなさい! ジン! ──待って!!」


 俺は無我夢中で走る。呼び止めようとする姉さんの声を後ろから聞きながら。



***



「カエデ!」


 俺が宿の部屋に駆け込むと、カエデはお茶を飲んでくつろいでいるところだった。

 大声で名前を呼ばれたものだから、目を丸くしてしまっている。


「兄様!? ど、どうしたの、そんなに怖い顔して」

「カエデの死刑が決まった。ここにいたら姉さんに殺される!」


 数秒、カエデは言葉の意味を理解していないようでポカンとしていたが、だんだん顔が蒼白になっていった。


「そんな、嘘、姉様がわたしを……!?」

「嘘じゃない。まだ死にたくないだろ?」

「……う、うん!」

「なら追っ手が来る前に逃げるぞ。俺につかまれ!」


 俺はカエデに手を出し出す。カエデを恐る恐る手を握ってきたので、そのまましっかりと抱き寄せる。

 ──なんと小さくて、温かくて、細い体なのだろう。

 こんな罪のない女の子が、なぜ教団に身体を弄ばれ、朝廷に命を狙われなければならないのか。

 誰かが……せめて俺だけはカエデの味方をしてやらなければならない。


「(絶対にお前を人間に戻してみせる)」


 俺は部屋の窓の格子を蹴飛ばして破壊した。人一人が通れるほどの穴ができる。

 そして全ての精神力を草履の聖玉に集中させる。


「風遁!!」


 全身が緑色の光に包まれ、俺とカエデは窓から飛び立った。

 都の街が眼下でみるみるうちに小さくなってく。顔に当たる空気が冷たい。


「すっ……すごい! 空飛んでる! ねえ兄様!」


 腕の中で叫ぶカエデに、俺は返事をしてやれない。

 頭痛がひどい。脳に負荷がかかりすぎている。

 本来風遁は一分も持続しない聖術だ。このまま飛び続ければ俺自身がどうなるかもわからない。

 しかし中途半端なところで降りるわけにはいかない。遠く、遠く、できるだけ遠くに……

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