42 虎と龍
僕は、ベッドに仰向けになったまま、天井を見つめながら、色々と考え込んでいる。やはり僕は羽黒祐介に疑われている気がした。しかし、先ほどのものは根拠のないハッタリかもしれなかった。そう思ってみても、心地の悪さは消えようもなかった。
なるほど、6時頃に物音がしたとしてもおかしくはない。何しろ、本当の殺害時刻は6時頃なのだから。それは事実なので仕方がないが、しかし、もし、腕時計をずらしたことがばれたら、僕のアリバイはたちまち崩れてしまうことになる。
しかし、そんなことぐらいでは決定的な証拠になりはしないんだ。それよりもっとおそろしいのは、彼が僕を疑っているかもしれないという事実の方だ。
長倉 理彩は、犯罪者と断定されることに耐えかねて、自殺未遂を起こしたが、根来や羽黒の目から見れば、彼女が容疑者ではないことは明白なのだろう。まあ、自分が殺した死体の横でぐっすり寝ていた女なんて、いくらなんでも不自然きわまりない。そう考えると、あんなに苦労して密室にしたのに、なんという不運だろう。
……しかし、羽黒はどうして僕を疑わしいと思ったのだろう。
彼女が容疑者じゃないとしても、即僕が疑わしいということにはならないはずだ。
……どこかで失言でもしただろうか?
そこで、考えるのを止めた。こうしてはいられない。今の僕の仕事は人を殺すことだけじゃない。上手く事実を隠蔽することもしっかりと果たさなきゃ、最終的には何にもならないんだ。そうだ。根来とメイがあの後どうなったか、様子を見に行こう。
僕は、そのまま部屋を飛び出した。そして、廊下で偶然出くわしたハワードに「根来さんに会いたい」と伝えた。彼は、僕を案内した。そして、廊下の突き当たりにある船員しか入れないドアを開いてくれて、僕はその内側の廊下を進んで行った。
そこには、白いドアがあった。ハワードが開くと、中で根来とメイが机に向かい合って座っていた。それは、まさに虎と龍の睨み合いに他ならなかった。張り詰めた空気が、その場を覆っていた。机の上にかつ丼の器が置いていたが、食べたのはどうやら根来の方らしかった。
根来はこちらに振り返るとすぐに、
「ああ、倫助さんですか。どうしました?」
と言った。
「いえ、捜査の進行具合をお聞きしたくて……」
「……そうですな。なかなか、このメイという探偵、弁が立つものでして苦戦していますよ……ちょっとこちらへ」
と言って根来は、僕を引き連れて、部屋から出ると扉を閉めた。メイに話が聞こえないようにするためだった。
「まず、長倉 理彩が犯人という説も完全になくなった訳ではありませんが、疑問なのは、彼女はあまりにも無防備すぎる。死体の横で、ぐうすか眠っていたというのもおかしい。だから、彼女は犯人に嵌められた可能性があると思うのですよ。あの密室という状況は、犯人が拵えたものじゃないかという気がするんですな」
「はあ、なるほど」
「だから、彼女は犯人ではないとすると……じゃあ、誰が犯人なのだ? どうも、あのメイという探偵は怪しい。しかし、どうも向こうは弁が立つので、なかなか上手く尋問が進まないで困っているんですよ」
根来は、ぎらぎらとした瞳を輝かせて、虎の如く猛々しかった。
「どうも、プロの可能性がありますな」
「プロ?」
「殺し屋ですよ」
僕は呆然として根来の顔を見た。根来は本気でそう思っているらしかった。
「メイさんは探偵ですよ?」
「表向きはそのようですな。しかし、探偵にしてはタフだ。目も座っているしね。考えてほしいのは、鍵をどのようにしたかははっきりと分かりませんが、犯人が現場を密室にしたという点です。これは、並の人間が思いつくことではない。やはり、プロの殺し屋ですよ」
……根来は、心の底から燃え上がっているようだった。




