43 そいつは葉巻を吸ってました
根来は少しの間、本部との連絡があるらしく、僕はこっそりとメイを尋問している部屋に入った。見張りのハワードは見張りの役にしてはこの事態を把握しておらず、関係者の僕をすんなりと通してくれた。
部屋には机と、二つのパイプ椅子があるだけだった。メイは右側のパイプ椅子に座っていた。ここにカウチがあったらな、と残念そうな感じだ。彼女はあくびをしそうな顔で、手をひらひらと上げた。やあ、調子はどうかな? と彼女は言った。あまりよくありません、と僕は答えた。あなたの方は? 上々だよ。
そして会話は終わった。
メイはやる気がないらしく、こくりこくりと眠っていた。そうかと思えば、足を小さく揺すったり、口の中で舌打ちをする。怒っているのだが、まだ落ち着こうとしているのかもしれない。あるいは、ただの癖だろう。本当のところ、どちらかはわからなかった。だけど面白くないことは確実であり、それは僕にだってわかっていた。問題は彼女がクールなのか、もしくは歯止めが効かなくなっているかだ。
「どんな話をしたんですか? 」と僕は訊いた。「その、根来さんと……」
「ありきたりな話です。どこで、何をしていたとかね。恫喝で恐怖感を与えて、缶詰状態で孤独感を与えたら、私がボロを出すと踏んでいるらしい。なんとも古典的な捜査だ」
「どうするのですか? 」
「どうするたって、どうにもならない。私はすぐにでもここから出て行きたいのだが」と彼女は言った。「だけど、どこにも逃げ場所はない。だから従う他にありません。あの図体で喧嘩もしたくない」
彼女はため息をついた。
「こいつは不当な監禁だ。あの刑事だって、日本の刑事訴訟法を習ってなくても、警察学校で教えたもらっただろうにな。あんまりお勉強は得意ではないらしい」
「しかしこれは特殊なケースなのでは? 世の中が法律の通りに出来ているわけでもないでしょう」
「……一理ある。しかし私には最も関係ないことです 」
僕は黙った。彼女は頭を掻いて、気まずそうな顔になった。
「どうやら思った以上に苛立っているようだ」と彼女は言った。「こればっかりは性質みたいです。話を変えましょう」
「ええ」と僕は答えた。「僕もその方が楽です。悪いことばっかりで疲れているみたいだし」
彼女はじろりと僕を見渡した。それから頷いた。
「たしかに、目元が黒ずんでいる。眠れてないんですか? 」
「……眠れないんです。というのも、変な人が部屋にいるせいで」
「知り合いですか? 」
「違います。幻覚かもしれません。ただ、触ったら感触もするし、会話もできます。……ここからは、笑わないでくださいよ? 」
「もちろん」
「蝿の顔をしている人間が見えるんです。そいつは僕の部屋にいて、父親面をしています。ねえ、信じてくれますか? 」
彼女を見ると、静かに笑っていた。腹を抱えて、ひいひいと息をしながら頭をわずかに上下に振っていた。
「信じてますとも」と彼女は言った。「私も似た経験がありますから」
「あなたが? 」と僕はほとんど怒ったように言った。
「ええ、笑わないでくださいよ? 」と彼女は笑った。
しかし、次の瞬間、途端に彼女の顔が真剣な表情になったから、僕は先程の裏切りをほとんど忘れることにした。本当にそう思って言っている顔だった。
「かつて、私は喋る猫の幻影を見たことがあります。その時の私は薬物注射で意識が微睡んでいましたが……。まあ、とにかく飼っている白猫にそっくりで、そいつは葉巻を吸ってました。変な話でしょ? 」
僕は込み上げる笑いを堪えて頷いた。彼女はそれを察知したようで、顔をしかめた。しかし彼女もぷっと笑うと、二人で笑い合った。蝿だろうが、猫だろうが、どちらにせよ変な話だったのだ。それに笑わないといけないこともあるかもしれない。
しかし、しばらくして彼女はぴたりと笑うのをやめて言った。
「だが、これは深刻な問題です。私は助かったことに、その奇っ怪な白猫をそれから見ていません。それは何らかの形で自力救済をしたからです。あなたも、行動によって、打破することが求められています」
「もし、そうできなかったら? 」
「家畜の豚と同じですよ。太るか、死ぬしかない」




