29 美人すぎる名探偵
羽黒と長らく雑談をしていた。テーブルには二つの皿が置いてあった。一つはクロワッサンが二つ置いてある皿。もう一つはフライドポテトが少ししかない皿だ。そっちが僕が取ってきた料理だった。彼はクロワッサンを半分に千切って、それをオリーブオイルに浸して食べていた。もぐもぐと口を動かしながら、残りの半分も丁寧にオリーブオイルで浸して次の準備に取り掛かった。その際は一言も話さなかった。ごくん、と喉を通したあとで会話が再開した。意味がなさそうで他愛もない話題ばかりだ。仕事は何をしているか、父親はどんな人だったか、どんな本を読んできたか。僕は半ば拍子抜けしていた。それで何がわかるのだろうか。しかし彼の真剣な表情から、その一つ一つの所作にさえ意味があるような気がした。ある種のイデオロギーが確立していたのかもしれない。
コップを空にして、羽黒は席から立ち上がった。少しお手洗いに、と彼は言った。そして自然な動作で視線を横に移した。その先にはステーキと赤ワインがあった。しかし彼の眼差しはそこになかった。彼はそれを食べている女性を見ていたのだ。彼女はそんなことなど露知らず、分厚い肉にナイフを立てて、定規で図ったように切った。それを口に運んで食べ、それからグラスを三回揺らして、ワインをゆっくり飲んだ。
「知り合いですか? 」と僕は彼に耳打ちをした。
「……いえ、どこかで見たような気がするだけで」羽黒はそう言って、顎を指で擦った。「気のせいだったかな」
それから羽黒はそっと食堂を出ていった。彼の姿が見えなくなると、その女性はワインを時間をかけて置いて、こっそり彼が座っていた席を眺めていた。途端に、口元に笑みが作られた。様々な感情が含まれた表情だった。少なくとも喜んではいないような。
「羽黒さんの知り合いですか? 」と僕は聞いてみた。
「違いますよ」
その話し方は日本語としてちゃんと聞けたのだが、少しだけ違和感があった。それが彼女の元々の癖によるものなのか、はたまた外国人であるから日本語を覚えたばかりなのか、判断が難しいところだった。
彼女は億劫そうに言った。
「ただ、それはさっき証明されたことだが」
そして彼女は黙った。あまり話をしたくなさそうだった。しかし、これだけじゃ話を終えられないことも知っているようだった。彼女は仕方なさそうに説明してくれた。国際探偵クラブという催しが京都にありましてね、と最初に言った。そのあとの話を聞くと、それは名前の通り、全国の探偵社が集まる会のようだった。しかし蓋を開けてみれば、韓国人と日本人と中国人の大手調査会社の三つでほとんど埋まってたわけだけど。その会でお互いの情報交換をいくつかして、アジア間の国際問題(たとえば、外国に逃げた家出娘とか)をスムーズに解決しよう、ということが目的だった。しかし、それは彼女にはとことん無意味なものだった。
「そこで羽黒さんと会ったと? 」と僕は言った。
「ああ」と彼女は言った。「そうですよ。厳密には顔を知った程度ではありますが、あの催しで陳腐なクイズ大会が開かれた時にね。賞品はここの船旅で、私も参加しました。まあ、優勝者になって目立つのは嫌だったのだけど」
「どちらが優勝したんですか? 」
彼女はため息をついた。
「彼の方が手を上げるのが早かった」
僕は小さく噴き出した。しかし笑い事ではなかった。もし、羽黒が優勝してこの船旅に来ていたなら、根来(警察組織)とは本当に関係がないのかもしれない。これは大事な情報だったのだ。この女は利用できる。
「あなたの名前は? 」
「メイ」と彼女は言った。「身体の頑丈さが取り柄の探偵です」




