28 レストラン
僕は、そのレストランに一歩足を踏み入れた。そして、赤い絨毯の色鮮やかさに心を奪われた。僕は、あんなに血を見たのに、この赤色を恐ろしく思わなかった。琥珀色の灯りが、ホール全体をやわらかく包みこんでいる。白いはずの天井も余さず琥珀色に染まっている。
白いテーブルクロスのかかったテーブルは、四人席だった。それなのに座っているのは、僕と羽黒のふたりだけ。僕は、ソファー風の肘掛け椅子に深く腰掛けると、先ほどまでの出来事がまるで悪い夢だったように感じられた。カーテンの揺れる窓の向こう側には、やはり黒い海が鎮座していた。
まるで一昔前の貴族風な、ドレス姿の貴婦人が歩いている。それは清蔵を思い出させる、貪欲でけばけばしい世界に違いなかった。ピアノの音色が聴こえてくる。美しいクラシック音楽だなと思ってみれば、大きなグランドピアノを弾きこなしているのは、白いスーツ姿のピアニストだった。
僕は羽黒に、
「バイキングですか?」
と尋ねると、
「ええ、見ての通り」
と答えられて、無性に恥ずかしかった。
殺人犯の僕が、こんなことを恥ずかしがるなんて、よっぽど異常だと思った。
羽黒も、あんな残酷な事件に遭遇したのにも関わらず、妙に冷静だった。彼が、被害者の息子である僕に対して、気遣いの少ないところだけがひどく気にかかった。そうなると、なんだか途端に物足りなさを感じた。そもそも父を殺したのは僕じゃないか、と思うと、また妙な気持ちになった。
「そもそも、倫助さんはどうして、お父さんをこの豪華客船に招待したのですか?」
羽黒は、ピアノの音色に聴き入っている風にしながら、そんなことをそっと僕に尋ねた。
「仲直りしたいと思ったのですよ」
嘘をついた。しかし、豪華客船に乗ってからというもの、僕は嘘をつき通しだから、格別このことに抵抗感はなかった。僕の言葉に、羽黒が満足しているとは思えなかった。しかし、羽黒はうっとりとピアノの音色に酔いしれていた。
「仲直り……あなた方三人で」
「ええ」
「しかし、三人になることは二人は知らなかった」
僕はしばらく黙る。羽黒が僕のことを疑っているのだろうか。
「僕はちゃんと伝えましたよ。父が聞き逃していたんだ」
「そうですか。それならば良いでしょう。それで、三人でお酒を飲んだのですね」
「羽黒さん。僕はこんなところで、事情聴取を受けるつもりはありませんよ」
僕はかっとなって、少し声を荒げた。羽黒は、あまり気にしていない様子で、やはりピアノの音色に耳を傾けていた。
「根来さんはお食事、どうなさるおつもりですか?」
「彼はルームサービスでかつ丼を注文するのでしょう。そういう俗っぽいものしか食べれないんです。西洋料理なんて彼には無理ですよ」
そんな男がなんで、この豪華客船に乗っているのだろうと思った。
「根来さんと羽黒さんがこの豪華客船で出くわしたのは、偶然ですか?」
「ええ。少なくとも、僕と根来さんはね」
その含みのある言い方が、僕は無性に嫌だった……。




