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グレゴール・キング殺人事件  作者: ナツ & Kan
13/64

13 早いところ済ませましょう

 自分の部屋に帰ると、パリッとした黒い上着を脱いだ。それを肩に掛け、ドアに背を持たれ掛けた。そのあとタバコをくわえて、マッチで火を点ける。口からドーナツのような煙を出し、それをしばらく眺めていた。眠たいなと、僕は思った。机の上にある鏡を見たら、目の下が暗くなっていた。顔も青白くなっていたし、朝よりも髭が少しだけ伸びている。まだろくな物を食べてないせいか、あるいは寝不足なせいか、胸がきゅっと痛くなった。頭のネジがいくつか血管に落っこちてしまい、それが血の巡りに逆らって心臓に捩じ込んでしまっている感じだ。

 

 ――早いところ済ませしょう。

 

 ふと、頭の中で聞こえた。今まで一度も聞いたこともない声だ。周波数の合っていないラジオのように低くい音だった。それでいて、耳の側でねっとりと囁くようでもあった。

 

 ――早いところ済ませしょう。

 

 また聞こえた。頭がどうにかなりそうだ。僕はアタッシュケースを開くと包丁を取った。これでいいのかなと、僕は自分に言い聞かせた。今から全部済ませちまうから、もう喋るのはやめてくれよ。すると声は聞こえなくなった。代わりにブーン、と羽音が頭の中で聞こえ始めた。すぐに蝿だと確信した。夢の中と同じものだ。僕は頭を両手で押さえると、ゴンと壁に額を打ち付けた。じんじんと痛くなったが、その間も羽音は微かに聞こえ続けていた。済ませると言っただろ! と僕は思わず叫んだ。それも意味のないことだった。

 

 ――早いところ済ませましょう。

 

 「わかった! ……わかったから。もう勘弁してくれ」

 

 ――早いところ済ませましょう。

 

 「頼むから静かにしてくれ」

 

 ――早いところ済ませましょう。

 

 頬がゆっくりと熱くなった。床がぽつぽつと濡れた跡を残した。喉が不規則に動いて、しゃっくり声になった。

 

 「助けてくれよ、母さん」と僕は呟いた。「……なんで、僕なんだよ? 」

 

 ――早いところ済ませしょう。


 もう限界だった。僕は部屋を急いで出ると、303号室へと向かった。剥き出しの包丁を握り締めたまま、がむしゃらに走った。ドアの前に着くと、ぐっしょりと身体全体から汗が吹き出た。僕は息切れを直そうと、深呼吸を五回続けた。それから、ゆっくりドアノブを捻る。しかし鍵はオートロックで、当然のように締まっていた。くそ、と僕は思った。このことも想定内で事前に用意できていたのに。また部屋に戻らなければならなかった。そのとき、針で突き刺すような頭痛がした。

 

 ――早いところ済ませやがれ!

 

 僕は小さく呻いた。白い壁に寄りかかりながら、少しずつ部屋に戻った。

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