11 君の瞳に乾杯
映画のエンドロールが流れ終わると、カールさんが口髭を扱いながら僕の表情をまじまじと観察していた。そして、彼は不安そうに映画の感想を訊ねた。まるでその映画の監督が自分であるかのように。大きな瞳をさらに見開いていた。
「素敵でしたよ」と僕は言った。「僕もニックみたいな友人がいたならな」
彼はそれにゆっくり頷いた。本当にその通りですね、という感じだった。それから席を立つと、「私の部屋でお酒でも飲みませんか」と言った。
もうたらふく飲んでいたが、その誘いに応じることにした。二人で彼の部屋に行くと、僕は紙袋からワインの残りがあることを思いだし、彼に一瓶プレゼントした。彼は大袈裟なジェスチャーで礼を言うと、すぐに赤ワインをグラスに注いで、テーブルの椅子を僕に勧めた。そのあと彼もゆっくりと腰を落ち着かせると、グラスを持って僕に向けた。
「君の瞳に乾杯」
僕は小さく吹き出した。彼はそれに満足したのか、肩を揺らしながら笑った。というか、その台詞のために僕を部屋に呼びたがっていたのかもしれない。青い目がチャーミングに片目だけ閉じていた。
「あなたは他に何を観ますか? 」と彼は言った。
ちょうど、二杯目のワインを飲んだあとだった。僕はテーブルの上で指を組むと、考えている素振りをした。実際には酔っていて頭がポンコツになりかけていた。
「ソフィーの選択、日はまた昇る、サリーの一日、あとはシャーロック・ホームズ。どれもメジャーですかね? 」
「まさか」と彼は言った。「今時、白黒を観ている人が稀有なんだから気にすることはありません。サリーの一日が好きなんですか? 」
「ええ、最後の家出をするシーンが好きでしてね。それまで実の両親にゴミのような扱いを受けたり、叔父にレイプされたり、近所からも不潔だと嫌われていた主人公が解放される瞬間は泣いちゃいました」
「たしかに、あれは素晴らしい映画だった。私の五本指に入るんですよ。もちろん、市民ケーンとマルチダンスには劣りますが」
「マルチダンス? 聞いたことがないな? 」
彼はにたりと笑った。
「現代社会の問題点が詰め込まれている映画です。パソコンが出てない当時でありながら、その機器を映画で仄めかしていました。そのせいで当時はSF映画だと揶揄されていましたが、最近になって再評価の運動が起きましてね。ジョナサン・カラーの集大成ですよ」
「そんな名前の監督も知りませんでした」
「小説家で言えば、レイモンド・カーヴァーに当たるような人です。まあ、彼とは違ってあまり知られてはないですが、なかなか見応えがありますよ? 」
「観てみたいものです」と僕はいくぶんか真剣に言った。
「それでは、いつか貸してあげますよ。あんまり希少だから市場に出回ってないんです。人気がないから、という意味ではありますが」
本当に観てみようかな、と僕は思った。全てのごたごたが終わったあとに、部屋を暗くして一人ぼっちで楽しんでみたかった。それで誰が死んだとか、生きてるとか、そんなことは頭から抜き出してくれる時間になってくれたら良いのだが……。
それから、僕とカールさんは夜遅くまで映画談義をした。時計の針が12時を示したときは、すっかり二人ともクタクタになっていた。カールさんがあくびをすると、そのまま瞼を瞑ってしまった。僕は彼の寝息を聞きながら、自分も寝てみようかと考えてみた。しかし蝿のことを思いだし、結局そうすることはしなかった。僕はそっと毛布をカールさんに掛けてやると、音を立てないように部屋を出た。




