第5話
怪奇現象研究部――通称"怪研"。
誰がどう見ても胡散臭い名前の部に俺は所属している。
一年生は必ず何らかの部に所属しなければならないということで、幽霊部員もありかなと人気がなさそうな部を選んだのだが本当に人気がなく廃部寸前だったという。部長が超巨乳だったからという理由で俺のテンションはだだ上がり、どうしましょうと泣きつかれたもんだからちょっと本気を出してしまった。
いやまあ、超本気を出して勧誘活動を続けた結果、勇太とほとり様と秋桜をゲットし、どういうわけか会長もおまけでついてきて部は見事存続と相成ったわけだ。
そうしたらもう部長のテンションが上がるわ上がるわで。
それから一ヶ月は毎日のように怪奇現象が起こる可能性のあるスポットをまわりまくるという恐ろしい強行に打って出るという……。
楽しかったからいいんだけどね。
部室を開けると会長をのぞいた全員が中に集結していた。
中央にどんと置かれた机を中心に各々がパイプ椅子に座ってくつろいでいる。
「おそーいー」
ケーキを食べてリスのように頬を膨らませたほとり様が言う。
毎日毎日部室に設置されている冷蔵庫や机の上に何らかのお菓子が置かれているという。秋桜の実家が金持ちで執事がいるらしいのだが、その執事が異常に世話焼きらしくお嬢様の学校生活を豊かなものに! とかなんとかの一環で怪研に茶菓子を提供してくれている。非常にありがたい執事さんである。
「いや、ちょっと色々あってだな。すんません部長、今日は先に帰らせてもらいます」
「あら、そうなの? 残念ね」
本当に残念そうに言ってくれるからこの人は好きだ。
彼女の名前は鳳神菜。怪研の部長をしている。学業優秀で困ったときに色々と勉強を教えてくれる優しいお姉さん的存在だ。そして何より胸がでかい。その豊満な胸部はあふれ出る母性と相まってもはや神々しささえも醸し出している。ほとり様のような偽乳野郎なんぞ足下にも及ぶまい。
この部には現時点で普通サイズのバストを持つ人間がいないという胸囲的な格差が激しい。これは恐るべき事態だと思う。大きいか小さいかの二極化が凄まじいのだ。ほとり様と秋桜から滲み出る哀愁が涙を誘うのはある意味必然と言えただろう。
もうそろそろ二人も慣れたようで特にこれといったイベントは起きていないが、初期の頃はストレスのせいかぶちキレた秋桜が部長の乳をしばきまわすという事件にまで発展した。
格差社会が何をもたらすのか、しっかりと目に焼き付けさせていただきました。
今はそんなことどうでもいいのに思考がすぐに過去へと飛ぶのは俺の悪い癖だな。
「おい、明人。君は昨日約束したボクとの再戦を蹴るというのかね!?」
「仕方なくはないんだが、また来週な。好きなだけやってやるから」
「ふんっ。そこまで言うなら仕方ない。せいぜい戦略を練っておくことだね!」
オセロの対戦にそこまで熱くなれる秋桜さんがちょっと羨ましいです。どういうわけか秋桜はそういったゲームを好む。将棋にはじまり囲碁からオセロへ。
「貴様こそせいぜい腕を磨いておくことだな。角は渡さんぞ!」
一応言っておいた。
「ああ、後屋上でのことは誰にも言うなよ」
「勇太には言ってしまったよ」
「それなら、まあ。後は空気を読んでくれ」
「明人」
「なんだ?」
「何かあったらすぐ連絡。怪研の鉄則を忘れるなよ」
いつになく真面目な声で勇太が告げた。
怪研はその性質上かは知らないが何かあったらすぐ連絡、というのを徹底している。心霊スポットやら出向いたりしているから帰ってきて何かあるかもしれないからなのだろう。なら最初から行くなよという突っ込みはなしの方向で。何かあったらあったらで部長が卒倒するだろうから俺たちも細心の注意を払っている。恐がりなくせに怖いものが好きなんだよな部長は。
まあ、みんな何だかんだで心配してくれているんだよな。
「気を付けて帰ってね」
「はい。では部長、みんな、また来週」
言って部室を出る。
「ちょっと待ってー! あたしも行く行く」
荷物を持ったほとり様が急いで部室を飛び出してきた。
「今日自転車ないって知ってるじゃん」
「ああ、そうだったな」
すっかり忘れていた。
「もう、忘れてたのー? まあいいけど。じゃ、行こっか」
「ほいほい、行きますか」
「ほとり様もあの件に関しては黙ってくれると助かる」
自転車で坂を下りながら叫ぶ。
風のせいで声が通りづらいからな。
「別にいいけど、部長にも黙っておくの?」
「ああ、あの人には迷惑かけたくないし」
「一人だけのけ者ってのもひどいと思うけど?」
「……まあ、今回の件に関しちゃ、な」
「話せるようになったら話しなよ。それにさ、明人の新しい友達がどんな人なのか興味があるし、紹介してほしいし」
「……判った」
坂を下り終えたところで、
「すまんがスーパーに寄ってってもいいか? 今日は卵が安い」
「あー! それあたしも行こうと思ってたんだよね。奇遇」
「……お前絶対、俺に行く気がなくても行かせるつもりだったろ」
「そ、そんなことないよー?」
声がわざとらしい。
「はいはいそうですか」
茜色に染まる空の下、今日も穏やかな風が気持ちいい。
行きとは違って帰りは何の障害もないから楽なことこの上ない。時折鼻歌を歌いながら体を揺らすほとり様が少しばかりうざいような気もするが、本来なら喜んでいいシチュエーションなんだろうなとは思う。それなのに気分の高揚が全く見られないのはなぜなのか。やはりあのときの鼻骨粉砕パンチに起因するのか……。
目前には赤信号。足を止めて慣性で前に進む。徐々に速度が落ちていったところで青信号に切り替わった。
足に力を込めて踏み出す。
「ねえ明人」
いつになく真剣な口調のほとり様に少しばかり驚いた。
「なんだ?」
「まだあたしたちは出会って二ヶ月くらいしか経ってない。それなのにさ、いつの間にかつるむことが当たり前になって、部室に行くことが習慣になって。きっかけは明人だよ。たぶん明人がいなかったら勇太も秋桜も、怪研には入らなかった。それどころかね、お互いに親しく会話することもなく学校を卒業してたかもしれない。今じゃそんなこと考えられないけど、一番現実的な可能性だったと思う。でもね、明人がいた。だからみんな少しだけ変わったんじゃないかな?」
「な、なんだよいきなりそんな話してさ。それを言うなら部長がいたから俺は勧誘活動に励んだわけで……」
「そうかもしれない。でもそうじゃなかったかもしれない」
ぎゅっと、後ろから回された手が少しだけ力強く俺を締め付けた。
「明人が思っているよりもこの街はずっと特殊なんだよ。学校はもっと。あたしは狐。神社の――跡取り娘。協力できることはたくさんある。だからね、もっと頼っていいんだよ。巻き込みたくないとか、そんな考えいらない」
「…………」
突然。そう、突然だ。
どこか大人びた口調に鼓動が高鳴った。
すっと、ほとり様の手から力が弱まり右手が離れた。
「たまには自分らしくないことをやれっ!」
「いっ……!」
ぱんっ! と。
柏手を打つような爽やかな音と共に背中に激痛が走った。
「てえええええええええええええええええぇえええええ」
一拍おいて焼け付くような痛みに絶叫した。
「あははははっ」
てめえこの野郎いつか殴ってやろうと、これまでも何度も何度も考えたが結局今も手は出せず。
もしかしたらほとり様はどこか俺に元気がないことに気が付いていたのかもしれない。慰めるためにこんなことをしたのだとしたら怒るに怒れないだろう。深読みのしすぎかもしれないが。
未だに笑い続けているほとり様にこの野郎とか思っているとようやくスーパーに辿り着いた。
自転車を降りて互いにかごを手に取り、一目散に卵を手に入れる。
「やっぱりお菓子を買うのか?」
「無論だ!」
拳を握り締めてポーズをとってみせるほとり様に半ば呆れつつ、俺はその後ろについて回る。
チョコレートとか甘いもの全般をかごに放り入れていくあたりやっぱり女の子なんだとは思う。
よくスーパーとかで見かけるが毎回菓子ばっか買ってるな。太るぞと一度直球に投げかけてみたことがあるが、綺麗な一撃を鳩尾にぶち込まれるというおぞましい目に遭ったことがあるのでもう言わない。失礼だよー、ってさ。顔は笑っていたが目が笑っていなかった。とてもじゃないが言えません。
そう言えばエキセルもこういった菓子類は好きなのかもしれない。究血姫の生態なんて知らないが食べられないということはないんじゃなかろうか。
トマトジュースも一応買っておこう。血の代替品になるかもしれない。
二人で会計を済ませてスーパーを出る。
ほとり様の住んでいる神社はいつもの帰り道のほぼ途上にあるため大した寄り道にもならない。
このまますいすいーと帰ろう。
神社が近くなり、人の姿が少なくなってきたとき、横合いから出てきたおばあさんが慌てた様子で地面に平伏した。
気のせいではないだろう。ほとり様がぎゅっと俺の体を抱きしめたように感じたのは。
行く道行く道、すれ違う人々は一様に同じ行動をとって見せた。
即ち、平伏。
両手をつき、頭が地面につくほどに下げて礼をする。尋常ではない光景だ。少なくとも、現代社会で見られるようなことじゃない。
当然のことながら彼らが頭を下げているのは俺ではない。俺の後ろにいるほとり様だ。
曰く、現人神。
曰く、稲荷様。
ほとり様はこの状況が嫌なのだろう。それは彼女の様子を見ていれば誰だって気付く。
どんな背景があって現状に至るのか、それを俺は知らない。簡単に踏み込んでいい事情じゃないだろう。
実の父親ですらほとり様に対して敬語を用いる。学校の生徒ですら、ほとり様を信仰しているかのような素振りを見せるものもいるくらいだ。
特殊な出生なのか、あるいは。
まあ、俺にとってはただの錐芽ほとりという友人でしかない。敬語なんぞ使ってやるものか。
ほとり様と言う癖がついたのも鼻骨が粉砕されてからだが、あれは恐怖からだ。そのまま定着してしまってるから変えづらいというのもあるが、本人が嫌がっていないようなので当分はこのままでいいんじゃないか。いずれは様なんて外してしまいたいが。
「ほい到着」
自転車をとめてほとり様を下ろす。
「ありがとねー」
「どういたしまして。んじゃ、またな」
「うん」
元気よく神社へと続く階段を駆け上がっていったほとり様を見届けた俺は再び自転車を駆る。
いつもいつも、辛そうな様子はあまり見せないが、時折現れる苦悩に満ちた表情は見ていて気持ちのいいものではない。それでも出会った頃よりは見かけなくなったが、一人の友人としてどうにかしてやりたいという思いがある。
……どこからどうしてやるのが最善なのか、それが判らないから――俺にできるのは彼女に迫った明確な危機をどうにかすることぐらい。いつか彼女の口から話してくれるのならばそれが一番いい。
「お前もさ、頼れよ」
絶対に聞こえない。それは判っているが言わずにはいられなかった。




