45話・変わりゆく二人の関係
「王都では滅多に見られないが、ヤモリがいるなんて珍しいな」
「もしかしてノースデン山で会った緑青さんだったりして?」
「それはどうだろうな? 彼女は麓の街に追いやられたようだったから。ヤモリの足でここまで来るには、無理があるだろうな」
「分からないわよ。彼女はブルーノだったステパンさんにかなり執着していたもの。追いかけて来たのかも?」
彼女ならばヤモリの姿に戻されたとしても、鳥などを利用してここまでやってきそうな気がする。彼女の本性がヤモリだったのには驚いたが、彼女は色々な顔を持っていた。もし、魅了なんて使わずにただの人間として存在していても、周囲の男性は翻弄されそうな気がする。
もう一度、窓の方を見ればヤモリの姿は消えていた。まるで家の中の者達を見守っていたかのようだ。緑青は一体、何をしたかったのだろう? 彼女は実の母親に捨てられたと言っていた。その言葉に深い孤独のようなものを感じた。彼女は家族が欲しかったのではないだろうか?
それを知った竜胆は、拾った緑青の願いを叶えるために、記憶喪失だったブルーノを魅了し、仮の夫として側に置き続けたのではないか? 緑青の父親役として。
もしもそうなら、あの家は緑青の夢そのものだったのかも知れない。優しい母に頼れる父親。身体が大人になっても、心は子供のままだった彼女はその夢に浸り続けたかったのだろう。でも、いつか夢は覚めるもの。母親役をしていた竜胆は消えさり、父親役をしていたブルーノこと、ステパンは現実社会に戻った。幻想の家族は綺麗さっぱりなくなった。
それでも父親でいてくれたステパンのその後を心配して、様子を見に来たのではないか? あのヤモリは緑青のような気がしてならなかった。
「彼女、ノアールのことも気に入っていたわよね? ノアールは彼女のことどう思っていたの?」
「どうって?」
「異性として惹かれる要素はあった?」
「興味ない」
突っ込んだことを聞いてしまったが、彼は即座に答えた。それでも気になってしまう。その想いが口をついて出ていた。
「でも、彼女は綺麗だったじゃない? 少しは心惹かれたんじゃない?」
「いや。容姿ならサーラの方が断然綺麗だ。心根も優しいし、あの腐った匂いがする女にはそもそも好感など持てないよ」
「どうもありがとう」
真顔でそう言われて礼を言えば、ノアールは納得のいかない顔をしていた。
「サーラは何故、そんなことを聞くんだ?」
「それは……、あんなに綺麗な女性に言い寄られたら、ノアールだって多少は──」
「俺はさ、さっきも言ったけど、興味ないって言ったよ」
彼が一人称で自分のことを「俺」と、言う場合は、相手に気を許している時が多いが、それとは別に感情が理性を上回った時にも出ることがあった。今、彼は強く否定した。本気で緑青のことを嫌がっているのだ。いくら親しくなってきたとはいえ、異性のことは踏み込み過ぎたようだと、自己嫌悪に陥りたくなった。
「サーラ。きみは緑青のことを気にしているようだけど、それって俺のことを少しは気にしてくれていると己惚れても良いのかな?」
「……!」
ノアールが身を屈めて聞いてくる。彼の整った顔がすぐ目の前にあってドキッとした。これって、ひょっとしなくてもひょっとしたりする?
「俺はサーラのことが気になって仕方ないけど、きみはどう?」
「わ、わたしもノアールさんのこと、だいぶ気になっています」
彼からの追及に口調が堅くなってしまい、ノアールが指摘してきた。
「また、ノアールさんに戻っているよ」
「だって、恥ずかし過ぎて……」
「サーラは可愛いな。真っ赤になっちゃって、茹蛸みたいだ」
「もう。からかわないでノアール」
ノアールから名前呼びをして欲しいと言われてから、二人の関係が変わってきたような気がする。
「ノアールは、いつから私のことを?」
「そうだな。きみと初めて会った時からかな。ボーモン子爵令嬢の結婚式の晩。披露宴会場で、きびきびと働くきみに惹きつけられた」




