30話・危ない! ノアールさん。
「坊ちゃん、坊ちゃん──!!」
「何だよ。朝から騒々しい」
「大変ですぞ。リョクショウの屋敷が石工達に襲われておるのですじゃ」
「……!?」
ロージイがハヤブサに乗って登場するなり叫んだ。朝食を取っていた私達は驚いて席から立ち上がった。どのような経緯でそのようになったか分からないが、怒った石工達がリョクショウの屋敷に、斧を手に乗り込んできたのだと言う。私達は急遽、現場に駆けつけることにした。
「どういうことだよ! 俺たちはあんたの言うとおりにしてきた」
「そんなつもりじゃなかったって、どういうつもりだよっ」
「止めろ、止めてくれ──!」
石工達が斧を持って屋敷の柱や、壁に当たっていた。ぼろぼろと屋敷が崩れ落ちていく。ブルーノは必死にそれを止めようとし、リョクショウは震えていた。
「みんなどうしたと言うの? さっきまで大人しくわらわの言うことを聞いてくれていたじゃない?」
「姫さん。俺たちの何が気に入らない?」
「俺たちは姫さんの求める物を収めてきたじゃないか」
「約束を守れよ」
石工達は口々に不満を述べて、斧を壁に叩きつける。
「止めて。お願い。皆、言うことを聞いて」
リョクショウが胸元で両手を組んでお願いをすると、一瞬あの匂いが香った。それによって男たちは動きを止めたが、またすぐに動き出す。リョクショウとブルーノは途方に暮れた顔をしていた。
「これはどうした?」
「何かに操られてでもいるのか?」
「取りあえず止めるしかないな。サーラは危ないから下がっていろ」
石工達を止めるべく動き出したアコダ夫妻と、ノアールだったが、相手は斧を振り回すせいで、なかなか相手の動きを封じるまでには至らないようだ。何とか夫婦の方は石工から斧を取り上げて、殴りつけ気を失わせていたが、ノアールは苦戦していた。
──ノアールさん!
斧を持った男と向き合って、相手から振り落とされる斧の勢いから逃げるのが精いっぱいのノアールにハラハラしてしまう。もしもあの斧が彼に当たったりしたら──? 不安が胸に押し寄せてくる。ノアールが相手をしている石工を良く見れば、おかしな点に気が付いた。目の焦点があっていない? 他の石工達も見てみれば瞳孔がどこかおかしい気がする。皆、鬼のような形相をして暴れまわっていた。
「逃げろ! サーラ!」
突如、声がして我に返ると、一人の石工が雄叫びのようなものを上げながら、私の前に斧を振りかざして突進してきた。それは凄まじい勢いで、腰が抜けそうなほど恐ろしく、逃げようにも足が竦んで動けなかった。そこへノアールが飛び込んでくる。
「サーラ!」
「ノアールさんっ」
私に覆いかぶさった彼の背に、斧が迫っていた。このままではノアールさんが!
──いやあああああああああああっ。止めて!
そう思ったら、声なのか、悲鳴なのか良く分からない声が出た。それを、斧を振りかぶった石工に目掛けて思い切りぶつけた。咄嗟の行動だった。自分でも良く分からないけど、効き目はあったようだ。男は斧を手放し、頭を抑えて呻き出した。周囲の石工達も次々、膝をつき頭を抱えて地面を転がった。
──サーラ。良く覚えておきなさい。あなたの声はね……。
遠いあの日。フィロメイラさまが、幼い私に教えてくれた。私の声には力が宿ると。だから感情に任せて声を出しては駄目よ。と、今更ながら言われていたことを思い出した。
もう相手にぶつけてしまった後だけど、後悔はない。
「ノアールさん。大丈夫?」
「大丈夫だ。心配はいらない」
「良かった。無事で……」
私の身を庇ってくれたノアールも無事だった。安心したらふと、頭の中に浮かんできた歌があった。それを唇に乗せて歌い出すと、頭を抱えていた石工達に変化があった。
「あれ? 俺、どうしてここに?」
「ここはどこだ?」
「確か、家にいたはずなのに?」
石工達が次々我に返ったように立ち上がり周囲を見渡す。今まで斧を振りかざし、襲い掛かって来たとは信じられないほど、人相が変わっていた。穏やかな顔つきになっている。先ほどの彼らとは全く様子が違っていた。




