47話・マーメイド・レイン(一章・完結)
「金のクリュサオルと、黒のペガサスは二つで一つ」
「つまり表向きこの国の法で裁くのはクリュサオルで、それでは済まなかった者は黒のペガサスによって……」
粛清? 処罰される? 口に出さずに目線で問えば、頷きが返ってきた。クロスは肩を叩いてその場から去った。ノヴァは思った。ひょっとして自分も対象者だったのではないかと。
もしも、そうならば自分は、何か大事なものを失ってしまった気がして仕方なかった。
「なあ、あいつは気が付いたと思うか?」
「さあね。でも、あなたは見捨てられないのでしょう?」
クロスは木陰から出て来たメーラを見て、苦笑を浮かべた。メーラは仕方ない人ね。と、微笑む。
「あなたってお節介よね。彼に色々と思うところはあるでしょうに」
「何故だろうな。あいつを見ていると放っておけない気になる」
「昔のあなたに似ているのかもね」
「そうか? 全然似ていないと思うぞ」
クロスは渋面を作った。メーラは笑った。
「外見じゃないわ。中身よ。生き方が不器用と言うか、何というか……。そうね、一人で何でもしようと頑張りすぎてしまうところとか?」
「……それはきみも同じだと思う」
「そうね。それは認めるわ。でも、そんなあなただから惹かれたのよ」
不服そうにいうクロスの腕に、メーラは自分の腕を絡めた。
「彼はこの先どうなるかしらね?」
「さあな」
「出来ることなら……」
その先は口には出来なかった。それは自分達の勝手な希望でしかないからだ。彼についてすでに処分が下った。今後の生き方については彼の自由だ。記憶を失い、何もかも失った彼にそれを告げるのを躊躇い、保護してしまったが、そろそろどうしたいか聞いても良い頃だろう。
「あの子はどうしているかしらね?」
「元気にやっているさ」
「どうして分かるの?」
「俺ときみの子だ。躓いても起き上がる力はある」
二人が見上げた先の灰色の空から一部、隙間が見えた。青い空が顔を覗かせる。日が差してきて空を覆っていた厚い雲は脇に寄せられたようだ。日は照り出したが、小雨はまだ続いていた。地上の世界では天気雨として知られているが、ある海の王国では、天に昇ったマーメイドが祝福していると信じられていて「マーメイド・レイン」と、呼んでいる。
「見て。私達の雨よ。仲間が祝福してくれているわ」
「ああ。雨が降った後には必ず虹が出る。あの子なら大丈夫だ」
「そうね」
──わたしの可愛い娘……。
メーラはどうか力強く生きて。と、祈った。何よりも大事な娘。側に置いておくことは出来なかったけれど、毎日あの子のことを思わない日はない。あの日の娘の笑顔を思い浮かべるだけで胸が疼く。
許してとは言えない。恨まれても当然のことをした。しなくてもいい不幸を負わせた。しかも、あのような形で別れるしかなかったのだ。娘はどれだけ深い傷を心に負ったことだろう。父親を深く慕っていたあの子から、その大好きな父親を取り上げる形となってしまった。
事情を知る者には、不幸な事故だと言われたが、娘は何も知らない。権力者に飼われている身としては、娘に会い真相を告げる気になれなかった。娘に会うことを禁止されているわけではないが、事情を知れば娘もこちら側の者になってしまう。
そう考えたところで皮肉なものを感じた。自分は記憶のないノヴァにこちら側の人間にならないかと勧誘する気でいたのだ。実の娘を引き入れるのは躊躇われるのに、彼を仲間に誘うのには抵抗がない。それは何故なのか?
滑稽だ。娘には手を汚すような仕事をして欲しくないと考える一方で、他人なら平気で巻き込める。どれだけ自分勝手な母親なのだろう。
そのような自分が母だと名乗る資格はないのかも知れない。でも、願わずにはいられないのだ。あの子の幸せを。その為なら何にでもなってみせる。たとえ、悪魔に魂を売ろうとも。メーラは決意した顔で告げた。
「さあ、雨が上がったら出発よ」
「ああ」
頼もしい護衛に守られながら、ペガサス歌劇団の座長は、希望という名の明日を前に歩き出した。
〇ペガサス歌劇団の座長メーラと、クロスの正体は
もしかしたら……?
今後、サーラと出会うこともありえる?




