のび〜るのび〜る
お昼時、シエリアはラーメンを作っていた。
「チャッ、チャッと」
料理にこなれた少女は華麗に湯切りを決めた。
そんな時だった。店先に腕組みした若い男性が立っていた。
彼はタオルを頭に巻いて、Tシャツには麺の文字、そして前掛けのエプロンをしていた。
そして短めの整えられたヒゲを生やしていた。
「あんたがウワサの……。今、ラーメンを作っていたろ?」
かすかな匂いに反応したのだとしたら凄まじく敏感だ。
「俺はラーメン屋、″麺投軒″の店主のケンだ。よろしく頼む」
若い男性はペコリと頭を下げた。
「早速、依頼があるんだが、情けないことに俺が腱鞘炎になっちまってな。ここんとこ特に忙しくてよ」
言われてみれば彼の手にはあちこち痛々(いたいた)しいほどにテーピングが巻いてあった。
「そういうわけで一週間くらい俺の代わりを頼みたいんだ。かなりハードだが、できそうか?」
NOという選択肢はない。雑貨屋少女はうなづいた。
「それで、ラーメン屋さんのどんなお仕事なんですか?」
ケンは真剣な顔をした。
「湯切り……だよ」
湯切りと言えば今さっきやっていたアレだろうか。
「あんたの湯切りの″音″を聞いた。ただものじゃねぇのはすぐわかった。頼む。受けちゃくれねぇか?」
ひとまず彼の店に行ってみないことには始まらない。
こうして2人は″麺投軒″へ向かった。
店の前は行列が出来ている。かなり忙しそうなのはひと目でわかった。
店に入ると威勢の良いかけ声がかかってきた。
「ッしゃーーーせーーーッ!!」
そしてシエリアは厨房を見せてもらった。
店員達は激しく湯切りをしているが、ケンは首を左右に振った。
「あれじゃダメだ。(せんさい)さや、柔らかさが足りねぇ。ああ、まどろっこしい!! もっと……こう……チャッチャッとだな」
そこらへんの感覚は全くわからないが、麺をかなりデリケートに扱う必要がありそうだ。
「じゃ、嬢ちゃんやってみてくんな」
そこはかとなく期待されないのが伝わってきた。
実際、パワー勝負では全く相手にならないだろう。
ならば先ほどケンが言ったとおりにやってみようとシエリアは湯切り器をうけとった。
彼女は手首にスナップを効かせて、ふわりと麺を浮かせた。
その落下速度と湯切りのタイミングを合わせた。
「チャッ……チャッ……」
驚きのあまり厨房の時は止まった。
あまりにも美しい所作に誰もが息を呑んだのだ。
ケンも例外でなく、目を大きく見開いた。
「こっ……こいつぁすげぇ!! 早速、厨房にはいってくんな!!」
シエリアは頭に白いタオル、上半身のTシャツに麺の文字、前掛けエプロンの出で立ちになった。
麺の食感、スープとのハーモニーのために湯切りは非常に大事な工程である。
彼女は料理に関してはプロ顔負けだったのでケンと同等、いやそれ以上にテクニカルだった。
ラーメン作りの中で湯切りはいわばしんがりである。
ここがしっかりしていないことには麺屋の面々(めんめん)も安心して背中を預けることは出来ない。
しかし、ありえないほど凄腕のシエリアを見て、店員たちは奮い立った。
ケンはこれを見て嫉妬の感を抱いたが、同時に不覚にも感動し、ホロリと涙をこぼした。
こうしてラーメン屋の代理は順調な滑り出しとなった。
ケンは店員に指示を出しつつ、シエリアの湯切りを見守った。
なんだかちょっとラーメンが美味くなったと評判になり、来客が増えていった。
たかが湯切り、されど湯切り。
「チャッチャッ!!」
小気味よい音が店に響いた。
だが、そう簡単にはいかなかった。
3日ほど経った頃だろうか。シエリアの右手はプルプルと震えだしてしまった。
短期間で負荷をかけすぎてしまったのだ。
鈍痛が腕に響く。腱鞘炎だ。
それをみていたケンはシエリアの肩を叩いた。
「ありがとうよ。あんたはよくやってくれた。店ぁ休んでから再開すりゃいい。なにもそこまで無理をするこたぁねぇんだ」
帰り道でシエリアは悔しい思いをしていた。
いくら依頼人が満足したからとはいえ、当初の依頼を達成しないことには完遂とは言えない。
だが、右手はこの有様だ。とてもではないが湯切りはできない。
少女は必死に考えを巡らせた。
「あっ!! そっかぁ!!」
翌朝、少女は店に泊まり込みのケンを訪ねた。
「シエリアちゃん!? どうしたんだい。それに、その酷いテーピングは。それじゃもう無理だよ。依頼料は払うから……」
少女は左腕を突き出した。
「仕事は最後までやりきります。左手で!!」
それを聞いたケンは困惑した。
「あんた、両利きだったのか?」
シエリアは首を左右に振った。
「じゃあ、どうやって!! 力が入らねぇと上手く切れねぇよ!!」
すると湯切り少女は不敵に笑った。
そして左の手首に筋トレ用の重りバンドをはめた。
「利き手じゃないとどうしてもスナップ力が落ちます。ですからこのリストをはめて……」
そう言うと彼女は目の前に仕込んであった麺で湯切りを見せた。
「チャッチャッ!!」
右腕と寸分違わぬ素晴らしい音が響いた。
身体に湯切りの加減が染み付いていたのだ。
これにはケンも思わず口をポカーンと開けたが、すぐに店を開ける決断をした。
その話を聞いた店員たちはすぐに駆けつけてくれた。
こうして4日目以降の営業が開始された。
シエリアは相変わらず絶好調だが、疲労を全く無視することは出来ない。
徐々(じょじょ)に左腕も摩耗していった。
そして6日を終える頃にはテーピングでガチガチに固められた無惨な姿になってしまった。
だが1日。あと1日と少女は踏ん張りきった。
7日目の夜、営業が終わり、ついに短くも辛い戦いが終わった。
可憐な少女の両腕はまるで壊れた人形のようになっていた。
その光景と、シエリアに対するプロ根性へのリスペクトでケンと店員達は号泣を禁じ得なかった。
見た目こそ派手な故障だが、右腕は休みを挟んでいた。
そのため激しい鈍痛はあれど、雑貨屋に支障はなかった。
それより、シエリアには楽しみにしていたことがあった。
ケンから麺投軒の名誉会員券をもらったのだ。
好きなだけ食べたいラーメンが食べられるというチケットだ。
今回の功労者への粋な計らいだった。
早速、お店に行って券を見せてラーメンを注文した。
ウキウキしていると誰かが声をかけてきた。
「あの……雑貨屋さんですよね? ちょっと外で……」
シエリアがさっさと依頼を受けて帰ってくるとラーメンはびろんびろんにのびていたのだった。
今回はかなりハードな依頼でした。
得意な料理分野だったので、シビアな運動神経が必要とされなかったのは不幸中の幸いでした。
「でも、麺がのびちゃったのは残念だったなぁ。また今度行こうっと」
だが、シエリアが麺投軒に行くたびに何かしら用事が入ってしまう。
そういうわけで、いっつもいっつも麺がのびてしまうのだった。
……というお話でした。




