↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
33/37

エクストリーム・スポーツ

シエリアがカウンターでうとうとしていた時、奇妙(きみょう)な音が聞こえてきた。


ビチョッ……ビチョッ……。


その音に気づいて店主は顔を上げた。


すると長い髪(かみ)をだらーんと垂(た)らした女性が立っていた。


水からあがったばかりのようで、ウエットスーツを着(き)ていた。


シエリアほ驚(おどろ)きこそはしたものの、こういった怪奇(かいき)じみたものには強かったので動(どう)じなかった。


「あの……あの、ここが例の……?」


どうやら彼女は依頼人(クライアント)のようである。


風邪(かぜ)をひいてはなんだとシエリアはバックヤードで暖房(だんぼう)を焚(た)いた。


髪(かみ)の毛を上げてまとめると思ったより快活(かいかつ)な印象(いんしょう)を受けた。


成人済(せいじんず)みの女性だろうか。


「私、ミンミと言います。そのですね、私、滝登(たきのぼ)りをしなきゃで……」


雑貨屋少女(ざっかやしょうじょ)は首をかしげた。


「たき……のぼり? あの激流(げきりゅう)に逆(さか)らって上流(じょうりゅう)に上(のぼ)るアレですか?」


ミンミはコクリとうなづいた。


身体(からだ)が暖(あたた)まったからか、彼女は本来(ほんらい)の調子(ちょうし)を取り戻(もど)し始めた。


「セポール・マスって知っていますか?」


シエリアは淡水魚(たんすいぎょ)も売り物として扱(あつか)っていた。


そのため、魚に関しては明(あか)るかった。


「滝(たき)のぼりで元いた川へ戻って産卵(さんらん)するアレですよね? それがなにか?」


ミンミは困(こま)ったような顔をした。


「それじゃあ、″刷(す)り込(こ)み″については?」


それを聞いてシエリアは答(こた)えた。


「卵(たまご)から孵(かえ)る時に見たものを親(おや)と思い込(こ)むという?」


女性は俯いた。


「そう。私は稚(ち)マスたちに親だと思われています。セポール・マスは親が滝(たき)をのぼるのを手本(てほん)として、己(おのれ)を奮(ふる)い立たせて滝(たき)を登(のぼ)るのです。しかし、問題が……」


シエリアは身を乗り出した。


「問題?」


マスの義母(はは)は語った。


「最近、川の遡上先(そじょうさき)に3mを越える堤防(ていぼう)ができてしまって。私の力(ちから)ではこれを越えることが出来ないのです。稚(ち)マス達には滝(たき)を登るポテンシャルがあるのですが……」


ミンミは眉(まゆ)をハの字(じ)にした。



「ですが、このままでは手本(てほん)が見せられない。これでは稚(ち)マスたちは流れを遡(さかのぼ)れず、繁殖(はんしょく)できません。なんとかなりませんか?」


さすがに生身(なまみ)の人間が3m(メートル)の堤防(ていぼう)を滝登(たきのぽ)りするのは無理がある。


そんな都合(つごう)の良いアイテムがあるでもなく、シエリアは頭を捻(ひね)った。


吸盤(きゅうばん)のようなものでペタペタ登(のぼ)る手もあるが、3m(メートル)上(うえ)からの水流(すいりゅう)は馬鹿(ばか)にできない。


おそらく流し落とされてしまうだろう。


ならば上から引き上げようかと思ったが、水深(すいしん)は深いしこの場合も水流がネックになる。


こういうときに限って都合(つごう)の良いアイテムはなかったりするのだ。


まずはより詳(くわ)しくセポール・マスの生態(せいたい)について知らねばならない。


シエリアはセポール水族館(すいぞくかん)へ足を運んだ。


ここは国内唯一(こくないゆいいつ)の淡水魚専門(たんすいぎょせんもん)の施設(しせつ)である。


いくつもアクリル水槽(すいそう)が並(なら)んで、渓流(けいりゅう)〜河口(かこう)までのエリアに分けてあった。


注目すべきは中流(ちゅうりゅう)である。


水槽内(すいそうない)には小さな滝(たき)が作られていた。


そのそばには稚(ち)マスが群(む)れをなして泳いでいる。


しらすのような細い体で、腹部にまだ卵がくっついている。


それを栄養(えいよう)にして成長(せいちょう)していくのだ。


その時、館内(かんない)アナウンスが流れた。


「まもなく、セポール・マスの滝登(たきのぼ)りショーが始まります」


すると、ウェットスーツの飼育員(しいくいん)が大きく岩をまたいだ。


あの人物(じんぶつ)に″刷(す)り込(こ)み″が起こっているのだろう。


するとマス達はピョコピョコと滝(たき)を登(のぼ)っていった。


同時に拍手(はくしゅ)が起こった。


こういうものなのかとシエリアは確認した。


だが、良い策(さく)は全(まった)く思い浮(う)かばない。


ボーッとしながら淡水(たんすい)のシュレイン・イルカのショーを見ていた。


イルカに跳(は)ね上げられた飼育員(しいくいん)は高く跳(と)んだ。


「う〜ん、イルカを連(つ)れて行くわけにはいかないしなぁ。訓練(くんれん)も必要だし」


雑貨屋少女(ざっかやしょうじょ)は肩(かた)を落としてとぼとぼと帰ろうとした。


するもとまたもや館内(かんない)アナウンスがあった。


「ボーショク・コイの餌(えさ)やりです。迫力(はくりょく)がありますので是非(ぜひ)ご覧(らん)ください」


シエリアは気乗(きの)りしなかったが、一応見ておこうとその展示(てんじ)へと向かった。


そしてまたガイドが流れ出した。


「このボーショク・コイ。名前の通り暴食(ぼうしょく)でして。マシュマロが大好物なんですよ」


来館者(らいかんしゃ)からは笑いが上がった。


「この水槽(すいそう)は非常に天井が高く造(つく)ってあります。さて、なぜでしょうか? ではエサをまきます。3、2、1!!」


そして飼育員(しいくいん)はマシュマロをばら撒(ま)いた。


すると水面(すいめん)から巨大(きょだい)な魚が躍(おど)り出た。


全部が紅白(こうはく)の斑模様(まだらもよう)をしていて、なんだかおめでたい見た目だ。


大きさは1m前後(ぜんご)はあるだろうか。


彼らはビチビチとはねてエサに食いついた。


そのジャンプ力(りょく)は凄(すさ)まじく、3mは軽(かる)く超(こ)えていた。


これが水槽(すいそう)が高い理由だったようだ。


いけるかもしれない。シエリアはそう思った。


そして下見(したみ)などが終わり、作戦決行(さくせんけっこう)の日がやってきた。


「私がマシュマロを堤防(ていぼう)の下に撒(ま)きます。コイの群(む)れがウロウロしてるのは確認済(かくにんず)みです」


ミンミは気合十分(きあいじゅうぶん)だ。


「そして、飛び出してきたボーショク・コイにつかまって滝登(たきのぼ)りをすると!!」


雑貨屋少女(ざっかやしょうじょ)はうなづいた


「口(くち)のフチに指を引(ひ)っ掛(か)けることが出来れば、滑(すべ)り落ちないと思います。作戦名(さくせんめい)はオペレーション・マシュマロです!! 頑張(がんば)っていきましょう!!」


こうして稚(ち)マスたちの義母(はは)は滝(たき)の下(した)で構(かま)えた。


一方、シエリアは堤防(ていぼう)の上から菓子(かし)を撒(ま)く準備をした。


2人は息(いき)を合わせた。


「「いっせ〜の、せッ!!」」


バッと雑貨屋少女(ざっかやしょうじょ)がマシュマロを投げると、物凄(ものすご)い勢(いきお)いで紅白(こうはく)のコイが飛び出してきた。


「あいてッ!!」


ミンミは巨大(きょだい)な魚に突き飛ばされて湖底(こたい)に沈(しず)んだ。


恐(おそ)ろしいまでの馬力(ばりき)である。


すぐに水面(すいめん)に上がってきたミンミはすぐにサインを出した。


「もっかい、もっかい!!」


こうして何度もコイを呼んだが、タックルを食らったり、ぬめったり、上手く口(クチ)のフチがつかめなかったりで上手く行かない。


自然(しぜん)が相手(あいて)だ。そう簡単にいくわけがなかった。


あれよあれよとミンミは傷(きず)だらけになっていった。


それでも彼女は挫(くじ)けなかった。


「手塩(てしお)にかけて育てた私の子どもたち……なんとしても送り出して見せる!!」


次の瞬間(しゅんかん)、シエリアは水族館(すいぞくかん)のイルカショーを思い出した。


「一気(いっき)に押(お)し上(あ)げればあるいは!!」


そう言いながら少女はザバザバとありったけのマシュマロを堤防(ていぼう)の下にぶちまけた。


すると恐怖(きょうふ)を感じるほど一斉(いっせいに)にボーショク・コイが跳(は)ね上(あ)がった。


それに押(お)し上(あ)げられてミンミは宙高(ちゅうたか)く跳(と)んだ。


そしてそのまま堤防(ていぼう)を越え、その脇(わき)に着地(ちゃくち)した。


「「やった〜!!」」


2人は声を揃(そろ)えて喜(よろこ)んだ。


あとは稚(ち)マスがどうなるかだ。


シエリアとミンミが見守(みまも)っていると幼魚達(ようぎょたち)はスイスイと堤防(ていぼう)を越え、そのまま川を遡上(そじょう)していった。


ホッとしたあまり、魚の義母(はは)はペタンと座(すわ)り込(こ)んでしまった。



最初、滝登(たきのぼ)りが趣味(しゅみ)の人かと思いましたが、そんなことはなかったです。


そもそもそんな趣味(しゅみ)の人なんているんですかね?


そんな時、来客(らいきゃく)があった。ミンミである。


「あのさ、滝登(たきのぼ)りにハマっちゃってさあ。今から一緒(いっしょ)に行かない?」


それ以来(いらい)、生身(なまみ)で堤防(ていぼう)を越(こ)えるエクストリームスポーツがセポールで大流行(だいりゅうこう)したという……。


……というお話でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。