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春風のサーガ  作者: 蒼井七海
第十章 奪還と決別のオペレーション
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163 ノクス流の特訓

『交渉』が成立してすぐ、ノクスは伝霊を飛ばした。

 一行はすぐ、場所を移る。人の出入りがある公園から、人がほとんど来ない郊外の緑地へ。


 ノクスは、気が立った猛犬のような空気を漂わせている。ヒワは鼓動が速くなっていることに気づきつつも、唇を引き結び、目もとに力を込める。臆していると思われては、いけない。


 そこへ、ロレンスとフラムリーヴェがやってきた。ひりついた空気を察した少年は、挨拶を三分の二程度言えぬまま、後ずさる。


「こ……これは、なにごと……?」

「見習い。そこ、立て」


 ノクスは、ヒワの右隣を杖で示す。ロレンスは困惑極まって目を回しているが、見えない力に押されるようにして、ふらふらと指定の位置まできた。


 ヒワは思わず挙手する。


「あの。これはあくまでわたしのお願いなので、ロレンスは関係ないと思います」

「知るか」


 青年は、ヒワのもっともな主張を一言で粉砕する。唖然としている後輩たちをねめつけた。


「俺から見りゃあ、てめえら二人とも『お荷物』なんだよ。あの巡視官に喧嘩売るつもりなら、『いねえよりまし』になってもらわねえと困る」


 彼の体からにじみ出る炎のような威圧感は、つくりものか、本心が表れたものか。少年少女には判断がつかない。少なくとも、ロレンスは心底おびえていた。


「……どういう展開?」

「……これはどういうことですか、ヘルミ様?」


 契約者と、遠くに立つ精霊人の問いが重なった。ヒワとヘルミが、それぞれの場所でそれぞれの相手に説明する。


 ヒワの話を聞いたロレンスは、雨に濡れた犬のような表情で頬をかいた。


「つまり……巻き添え?」

「なんか、ごめん。本当に、そんなつもりじゃなかったんだけど」


 ヒワは顔の前で両手を合わせ、精いっぱい謝罪の意を示す。ロレンスは、少しの間視線をうろつかせていたが、髪をかき混ぜてから、杖に指をかけた。


「まあ、俺たちもエルメルアリアの場所が特定できたら、乗り込むつもりでいたしね。フラムリーヴェの足手まといになるのは、確かに嫌だし」

「ロレンス……」


 ヒワが名を呼ぶと、少年はくっと顔を上げて、しかめっ面の青年を見据えた。


「ついでのついでで。よろしくお願いします」


 ――まっすぐな挨拶に、ノクスは鋭い舌打ちを返す。少し離れた木の下で、戦乙女が、自分の体を縛するように腕を組んだ。


 こうして、ノクスがヒワとロレンスを()()()こととなる。彼流の特訓の内容は、単純であった。――二対一で、戦う。試合の範囲で、手加減なし。指揮術はもちろん、霊薬の使用もありだ。


 ヒワかロレンスが、ノクスに一撃でも入れることができれば、二人の勝ち。『体を明確に傷つける攻撃』のみを一撃と判定する。勝利条件であると同時、二人に課せられた目標でもあった。


 はじめての特訓は、何の合図もなしに始まった。いきなりノクスが複数の詠唱を連ねる。指揮術の雷撃と、光線と、地鳴りが二人を襲った。ヒワは、どうにかこうにか動き出す。一度木立に逃げ込み、できる限り身を低くして走った。


 ノクスは、とにかく詠唱が短い。捕捉されれば終わりだ。そう考えて、死角からの攻撃を試みた。


「『石の剣よ』――」

「『ドルファーダ』」


 しかし、難なく対処されてしまう。


 ヒワが暴風にあおられて後ろ向きに転んだ瞬間、ノクスのそばで魔力が弾けた。


「『バム・バム』!」


 爆発。ノクスは眉ひとつ動かさず飛びのき、煙を裂くように杖を振った。


「『ルフ』!」


 爆炎と煙を風が払う。その風に流された遊色の雫の群れが、ノクスを取り巻いた。彼の杖の握りに嵌めこまれた石が奇妙に明滅し、杖がひとりでに震え出す。ノクスが舌打ちすると同時、ロレンスがくるりと杖を回した。


「『レーネン・レーネン・ニュール』――」

「『グロート』!」


 しかし、ノクスもすぐ動く。ロレンスが詠唱している間に身を屈め、杖で地面を叩いた。どう、と彼のまわりの地面が鳴動する。次の時、遊色の雫が一斉に散った。石の刃に貫かれたわけではない。風に散らされたわけでもない。見た目上は、ひとりでに。


 だがロレンスは、自分の魔力と霊薬が、大地の魔力に『押し潰された』のだと理解した。


「そんなのありか……!?」


 ロレンスは顔を引きつらせつつ、後退する。素朴な木の杖が、彼の鼻先を捉えた。


「『レヴレム』」

「『光華(こうか)の砦、ここに建て』!」


 雷撃が迸る。輝きの砦が、それを阻む。ロレンスが目をみはり、ノクスが即座に振り返った。そろりそろりと移動していたヒワと、彼の視線がぶつかった。


「『バム・バム』!」


 ひゅうっ、と杖が風を切る。爆発は、ヒワから数歩分ほど離れた場所で起きた。それでも爆風に巻き込まれ、すぐ後ろの茂みに叩きつけられる。枝が体を打ち、葉が皮膚をひっかいた。ヒワは痛みにうめきつつも、無理やり体を起こす。枝葉を払いのけたとき、ロレンスの杖の周囲に魔力が集まった。


「ヒワ!」

「他人の心配する前に、てめえの心配しとけよ」


 指揮術が発動するより早く、ノクスが動く。ヒワには何が起きたのかわからなかった。ノクスとロレンスの距離が縮まって、次の瞬間にはロレンスの杖が跳ね飛ばされていた。本人も、目と口を力なく開いて手首を押さえている。


 ノクスは少年に一瞥もくれず、身をひるがえした。座り込んだままのヒワに、杖を突きつける。


「おら、どうした? もうおしまいか? 精霊人に守ってもらわなきゃ何もできねえ、素人以下の愚図がよ」


 低い声は容赦なく、少年少女の胸をえぐる。だが、今の彼らにとってそれは、冷水ではなく燃料だ。


 ヒワは、ざらりとした頬をぬぐって膝立ちになる。


「……終わりだなんて、一言も言ってませんよ……!」


 ――速く、速く。心のうちで唱えながら、杖を持ち上げた。


「『あからしま風、押し返せ』!」


 ノクスが目を丸くする。若草色の石を起点に、風が吹き荒れた。



 ――結局のところ、この一撃もいなされてしまう。二人揃って文字通り完膚なきまでに叩きのめされ、ヘルミが制止する頃には、ぜえぜえと息をしながら草地に転がっていた。


 ヒワは懸命に空気を取り込みながら、友人の様子をうかがう。泥だらけだった。さすがに血が出るほどの怪我はしていないが、腕や頬が点々と腫れている。おそらく自分も似たようなものだろう、と天を仰いだ。


 そんな彼女のかたわらに、影が立ち現れる。榛色ヘーゼルが、見下ろしていた。ヒワは、狼みたいだなあ、などと思った。


「話になんねえな」


 ノクスは、無味乾燥に吐き捨てる。


「甘い。詠唱も、術の撃ち方も甘い。殺す気で来いよ」

「こ、殺すって……」


 物騒な言葉に、ヒワは頬を引きつらせる。しかしノクスは、挑戦的な表情で胸を叩いた。


「いいか。素人に毛が生えた新米なんだよ、てめえは。相手を殺す気でなきゃ、精霊人と喧嘩なんざできねえぞ」


 痛いところを突かれて、ヒワは唇を引き結ぶ。「やってみます」と答えを絞り出すと、ノクスは舌打ちした。だが、罵倒はせず、よそを見る。


「フラムリーヴェ」

「……なんでしょうか」

「あの巡視官、天地内界こっちに来たことあんのか?」


 ノクスが尋ねると、フラムリーヴェは困ったように「どうでしょう」と言った。


「私は、彼のことをそこまで存じ上げませんので、なんとも言えません。ただ、巡視官の仕事は天外界を巡ることです。我々ほど、内界へ出た経験は多くないかと」

「……隙があるとしたら、そこか」


 ノクスはぼそりと呟いて、ヒワを一瞥する。ヒワは目を丸くして、そうっと体を起こした。


「どういうことですか? 隙、って?」

「説明だりぃ。てめえで考えろ。似たような話はヒューゲルでした」


 にべもない。二の句が継げないヒワをよそに、ノクスはさっさと背を向けた。大股で歩いたのち、寝そべって力尽きているロレンスの肩を蹴る。力はまったく入っていなかったが、フラムリーヴェは眉をひそめていた。


 そんなことは知る由もないノクスが、少年を小突きつづける。ロレンスはめそめそしながらも起き上がった。


「てめえはさすがに、新米よりはましだな」

「えっと……どう、も……?」

「術はましだけど、喧嘩が下手すぎ」


 流れるような駄目だしに、ロレンスは言葉を詰まらせる。ノクスは少し、目を泳がせた。


「つーか喧嘩向いてねえな、てめえ。……精霊人の前に立たせて、まじで大丈夫か……?」


 後半のささやきには、珍しく不安の色がにじんでいる。縮こまっているロレンスが、ヒワに救いを求める視線を向けてきた。だが、ヒワも小さくなることしかできない。


 ふいに、太鼓に似た音が響いた。それは一拍ごとに近づいてくる。果たして、大きな影が現れた。


「おう! 全員ここにおったか!」


 褐色肌の偉丈夫――ゼンドラングが、気軽に手を挙げた。彼のそばには二人の少女がいる。


「やたら精霊共がはしゃいでおるので、何事かと思って来てみたが……どういう状況だ、これは?」


 ゼンドラングは、その場をぐるりと見回して、首をかしげる。そばにいたフラムリーヴェが苦々しそうに口を開いた。


「色々あったようで……正直、私も状況をのみこめていませんが……」

「そうなのか? まあ、喧嘩や恐喝でなければなんでもよいが」

「おいゼン。契約者をなんだと思ってやがる」


 ノクスがすかさず噛みつくが、契約相手は豪快に笑って受け流す。


 黙って成り行きを見守っていたヘルミが、苦笑した。


「ゼンさんこそ、どうしたの? 両手に花じゃないか」

「途中で出会ったので、連れてきた!」


 ゼンドラングは爽やかな笑顔で言い切る。二人の少女のうちの一人、カトリーヌ・フィオローネが、桜色の傘を傾けて手を振った。その様子を見たもう一人の少女が、若干頬を引きつらせる。


 ヒワは、その少女――自分の姉を見て、首をかしげた。


「カティはともかく、コノメはどうしたの?」

「どうしたも何も。どっかの誰かが朝早くに出てって、なかなか帰ってこないから、探してたんだけど」

「あ、ごめん……? でも、探されるような時間ではないと思うんだけど……」

「そうだけど。最近のヒワ、気が付いたら樹海にでも行ってそうな雰囲気あったからさ。お母さんが若干動揺してて」


 淡々としたコノメの発言に、その場の全員が――ノクスすらも――顔をこわばらせる。ヒワは思わず、自分の頬をぺたぺたと触った。


「……え。わたし、そんなやばい空気出してた?」

「出してた」


 さっぱりとした断言に、ヒワは返す言葉を見つけられない。杖を抱いてうなだれる。色々落ち着いたら母に謝らなければ、と心に刻んだ。


「そうしたら、途中でカトリーヌさんと、こちらの大きなお兄さんに出会ったってわけ」


 なぜか得意げに語ったコノメは、妹の惨状を見て一転、目をすがめる。


「樹海に行ってなかったからいいとしても。これはこれで何事だよ。ほんとに喧嘩じゃないの?」

「歩いて行ける距離に樹海はないかな」


 ヒワは乾いた笑い交じりに言う。頬が引きつってしまうのは、どうしようもなかった。


「大丈夫。わたしがお願いした特訓だから」


 コノメは釈然としない様子だったが、問い詰めもしなかった。周囲の人々を見て、「精霊指揮士ってわからんわ……」と呟いたのみである。


 一方ヒワは、杖で腿をしきりに叩いている青年を見上げた。


「ノクスさん。二回戦、お願いします」

「やなこった」


 ノクスは間髪入れず吐き捨てる。目を丸くしたヒワをにらんでから、町の方へつま先を向けた。


「んなことより、飯。腹減った」


 契約相手にそう言ったかと思えば、さっさと歩いていってしまう。

 呆気にとられているヒワとロレンスに、ヘルミがにやりと笑いかけた。


「休むのも特訓の内、ってね」


 ヒワは、あ、と呟く。ようやくノクスの言動がのみこめた。


 ロレンスと共に、少し慌てて青年の背を追う。妙に温かい視線がつきまとっていることに気づいても、気にはならなかった。

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読書配信へのお申し込みありがとうございます! さっそくノクスさんの特訓が始まりましたね!(*'ω'*) ロレンスさんも一緒にというのもいいと思います。フラムさんはビシビシしごくタイプじゃなくてロレン…
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