CHAPTER 32 王の帰還
【惑星Dahlia 北東部 ダリス軍基地】
「ん?」
ルークはリラの気配を感じて立ち止まった。
「どうした?」
リラが、部屋に入って来た様子が頭に浮かんだ。
この、向こうだ。
横の何もない朽ちかけたコンクリートの壁を見る。
3Dホログラムの地図を表示してみると、ここは確かに壁でその先は何もない。
だが──
「王妃を迎える部屋は、この壁の向こうの直線上だ」
「そりゃそうだけど、ここにゃ通路なんてないぜ? ただの壁だ」
ルークは導かれるように、朽ちかけたコンクリートの壁に手の平を当てた。
ゴゴゴ……
低く鈍い石がズレる音がして、壁の一部分が向こう側に押される。
「な……なんだこれ」
クレアスは目を見張る。
やがて、人が一人入れるほどの隙間が開く。
ルークはその隙間から向こう側に侵入した。
そこは、さらに細い通路だった。
湿ったカビ臭いにおいがする。
「マジかよ……」
クレアスは通路をのぞいて驚愕の表情を見せた。
「オレはこの軍に二十年いるが、こんな隠し扉の奥に通路あるなんて……」
言いながら扉になっていた壁を上から下まで見る。
「行こう、ここを進めばすぐにたどり着く」
クレアスは歩きだすルークを追い、石の壁を押して隙間を広げ、自分の巨体をなんとか通す。
「おい、待ってくれ」
そして、ロングコートの内ポケットから、古びた布に包まれた何かを取り出した。
「これを」
ルークは導かれるように、それに手を伸ばす。
布を解くと、古い傷だらけの鞘に包まれた短剣が現れた。
「これは……」
深い群青色の鉱石でできた柄を持つと、まるで主を待っていたかのように、手の平に吸い付くような感触がある。
柄頭の部分には、ルークのネックレスの水晶と同じ石が埋め込まれていた。
ゆっくりと抜く。
曇りガラスのようだった刃は、ルークの星脈を感じ取るように、柄の方から透明に変わり、中から銀色に輝く筋がいくつか走った。
「光った……」
クレアスは、光る短剣を見ながら、信じられないと言うように首を横に振った。
「まさか……本当に……」
そしてルークの顔を正面から見る。
「これは、〝王の短剣〟だ」
〝そうだよ、王の短剣を持ってるんだ〟
いつかのトニーのセリフがよみがえる。
透明になった刃の内側からは星脈がルークの鼓動と共に脈打つ。
「惑星Eliosが消滅する直前に、王族以外の者が守るべきものとして、アストラ族の王アルセリオンに仕えていた親父が受け取った物だ」
握った柄から、アルセリオンの手の感触がわかるようだ。
ネックレスの水晶が、刃の脈動に呼応するように光る。
「何のために、誰のために、親父がそんなもの真剣に守ってるのかオレは意味がわからなかった。でも今、わかった」
ルークは短剣から視線を上げ、クレアスを見た。
「先生、あんたに渡すためだったんだ……」
クレアス一家との出会いは、偶然ではなかった。
ルークにも、今、それがわかった。
渡されたこの短剣が何なのか、誰に教えられたわけでもないのに理解できた。
「この短剣は……人を刺すためのものじゃない。守るための剣だ」
これは、悪意を薙ぎ払う。
カルザ族の神経リンクも。
「ありがとう」
ルークはクレアスにそうつぶやいた。
「よし、行こうぜ先生」
ポンと肩をクレアスに叩かれ、細く暗い通路を再び歩き始めた。
*
リラは、基地に到着すると、ダリス族の女性に体をすみずみまでチェックされた。
ブレスレットに視線を向けられる。
「これは……ゼノン様に、いただいたものです」
とっさにそう答え、左手を女性に向けて差し出した。
「このまま、つけていても?」
女性は確認するようにリラの顔を見据え、手首のブレスレットに触れて注意深く観察する。
危険はないと判断したのか、リラの手を放すと無言のままこちらに背を向けた。
リラは胸をなでおろす。
これはなるべくギリギリまで身につけておかなければ。
女性は白地にゴールドの刺繍が入ったドレスをリラに持ってきた。
そのドレスを着ると、豪華な部屋へ通された。
パーティーが行われるような、シャンデリアが下がる部屋だ。
その一画にあるテーブルセットの椅子に案内され、座る。
グラスに何か飲み物が用意されたが、飲む気にはなれない。
ダリス族のリラに対する対応は、終始丁寧だった。
それは〝ゼノンの愛人〟だからではなく、〝連れて来られた女性〟を労るような態度に見えた。
ダリス族は、カルザ帝国の統治下にあるものの、その心まで染まっているわけではない。
しばらくすると、広い部屋のドアが開く。
そこからゆっくり、ゼノンが姿を現した。
思わず、息を吞む。
心臓が、凍りつくようだ。
──ああ、そうだった。
〝ノヴァ〟は、いつもこうだった。
本当は怖い。
けれど、〝愛人のノヴァ〟を演じなくてはならなかった。
戦闘用ではない、金糸をあしらった濃紺の儀礼服。その装いに、リラは皮肉にも〝歓迎されている〟のだと察し、余計に喉の奥が渇いた。
すぐ後方に、あの、黒い仮面のカーディスがいる。
彼はいつものように威圧的だ。
いや、いつも以上に警戒しているように感じる。
「ゼノン様」
リラは立ち上がった。
もう、〝ノヴァ〟の声ではなくなっているのに、そう呼ぶ自分の声に違和感を感じた。
「ご無沙汰をしております」
ゼノンは穏やかな表情でリラを見つめ返した。
「やっと私のもとに帰って来てくれたか、ノヴァ」
リラに手を伸ばす。
その瞬間。
ゼノンの体は見えないバリアのような物に弾かれた。
「なんだ……?」
ゼノンは眉をひそめる。
「ゼノン様、先ほどから申しておりますように、Dahliaの重力圏に入ったとたん、NPリンクが不安定です」
ブレスレットで抑えていても、星脈波が生きている。
「やはり、ノヴァが何か仕込んでいるのです」
カーディスはそう訴え、リラの手首に目を止める。
「あれです、あの腕輪が何か発しているに違いない」
声高にリラのブレスレットを指さす。
「ノヴァ……それをはずせ」
ゼノンは低い声でリラに命令した。
「もちろん……はずします」
リラは大きく息を吸い、うつむいて金具に指先をかける。
カーディスと、その後ろに控えた兵が構えた。
ブレスレットをはずし、後ろにいたダリス族の女性に渡した。
瞬間。
抑えられていた銀色の星脈波が、リラから勢いよく部屋中に広がった。
「う……っ」
ゼノンは後ろによろけた。
「おまえは……何者だ……」
腕で顔を覆いながら、カーディスや引き連れた兵と共に後ずさる。
「ゼノン様、わたくしは、ノヴァではありません」
「なん……だと……?」
リラは後ずさるゼノンにゆっくり近寄った。
「お調べになっているのでしょう?」
「うぅ……っ、近寄るな……」
ダリス族は唖然としてリラとゼノンを見つめている。
「私は、リラです。リラ・ミタライ。テラ軍をクビになった、何もない、ただの女です」
ゼノンは後ずさりしながら呻く。
「アストラ族の男に何かさせているな……約束が違う……カーディス、即刻Earthを攻撃だ」
「かしこまりました、ゼノン様」
妙に、静かなカーディスの声がした直後だった。
「うっ」
ゼノンは体をビクンと大きく痙攣させた。
濃紺の儀礼服の真ん中から、赤黒い血のしたたる剣が、こちらに向かって突き出ていた。
「おのれ……カーディス……」
「ゼノン様……この場に儀礼服で来るなど、カルザ帝国軍最高司令官として、あるまじき行為なのです……」
カーディスが──
ゼノンを、裏切った。
信じがたい展開に、リラは両手で口を覆って立ち尽くす。
その目の前で、カーディスは勢いよく、ゼノンに突き立てた剣を抜いた。
ゼノンの胸部から血が吹き出し、それでもよろけながら再びリラに近づいて来た。
「ノヴァ……私の……ノヴァ……」
その姿を見ていたカーディスは、星脈波に苦しみながらも後ずさりして笑う。
「はっはっはっ、最期まで女にうつつを抜かすか……だから皇帝に見放されるのだ」
「ノヴァ……」
血まみれになり、よろけながらゼノンはリラに手を伸ばす。
「リラ!」
そのとき、後方の壁が勢いよくドアのように開き、ルークが飛び込んで来た。
「ルーク!」
リラはルークに腕を引かれ、その胸元に寄り添った。
ゼノンは、その目の前に崩れ落ちた。
「ゼノン様……」
リラは思わず、ゼノンの脇にしゃがみ込む。
ルークが隣にひざまずき、リラの肩を抱いた。
「ノヴァ……」
ゼノンは震えながらリラに手を伸ばす。
「愛して……いた」
ルークは、そんなゼノンの血にまみれた傷口に手をかざす。
「もう、苦しむな」
ふわっとゼノンの周りを銀色のやわらかな光が包んだ。
その瞬間、ゼノンの苦悶の表情は消え、かつてノヴァに見せていた穏やかな顔に変わった。
そして、目を開いたまま、逝った。
その目から、一筋の涙が床に落ちた。
リラの脳裏に、ゼノンと過ごしたあの穏やかな日々がよみがえる。
そのとき。
「おのれアストラの王!」
カーディスが剣を突き立てこちらに突進してきた。
その瞬間、ルークが光る短剣を振りかざす。
バチッと大きな銀色の光が、目の前に爆発を起こすように広がり、カーディスの獣のような大きな体は後方に数メートルふっ飛んだ。
ルークの白銀の髪はフワッと静電気を帯びたように広がり、二重虹彩が色濃く揺らめいた。
「化け物め……このままで済むと思うな……引け!」
カーディスが率いる兵は、カーディスを支えて部屋を出て行った。
静かになった部屋には、ゼノンが倒れ、ダリス族の兵がリラとルークを囲んだ。
「先生、あんた……やるな」
リラの知らない、恰幅のいい四十代ほどのダリス族男性が前へ出てそうつぶやいた。
ルークは大きく息をつき、リラを支えて一緒に立ち上がる。
「アストラ族の復活だ……」
一人の兵がそう言う。
「王の帰還だ!」
一斉に湧き上がるダリス兵。
そんななか、ルークはリラを腕に抱いた。
「王妃がクールで痺れた」
リラはいつもの軽口のルークを見上げ、少し笑う。
〝サン〟が、その力を見せた。
そしてこの出来事は、ほんの序章に過ぎなかった。
*
【惑星Zeronia カルザ帝国の帝都 宮殿】
「ゼノンは、逝ったのか」
ネリオスは、冷たい床の感触を額に感じながら、玉座から降り注ぐ声を聞いていた。
「は、陛下。カーディスが、始末をつけました」
姿勢を変えぬまま報告する。
「がしかし、カーディスも兵も、ノヴァが発した光により、廃人同然になり帰還しました。もはや使い物には……」
冷たい沈黙が沈む。
「哀れな」
どこかよそごとのような声。
あれほどまでに、ゼノン贔屓だったにもかかわらず。
「その光の正体は」
ラーゼル九世の声が響いた直後。
黒光りする床に、漆黒がうごめいた。
くねくねと動く影は立ち上がり、やがて大きな人の形になる。
「アル=ラーグス猊下」
ラーゼル九世は立ち上がり、その闇に向かって両腕を上げた。
ネリオスはさらに低く床に額をつける。
〈光は、鳥が宿した新たなる星〉
「宿した……?」
ネリオスはそうつぶやいた。
〈星の光はふたつ〉
アル=ラーグスの赤い二つの目が床に落ちる。
その目は大蛇の目となり、ネリオスの周りにとぐろを巻く。
「ぐ……ぅ……っ」
締め上げられる……
〈おまえは、狡猾か……〉
「……アル=ラーグス猊下……っ」
赤い目はネリオスの頭の中に入り込んだ。
〈見せてみろ〉
「ぐぁ……っ」
次の瞬間。
大蛇はすーっと音も立てずにネリオスの身体から離れて消えた。
「……っ」
ネリオスはその場に崩れ落ちた。
視界に、紫の足袋に包まれた足が入る。
「よいな」
真上から落ちるラーゼル九世の声。
直後に、たたんだ扇子をパシッと手に打つ音。
「おまえが、我がカルザ帝国軍、最高司令官だ」
ネリオスは体勢を整え、ふたたび床に額をこすりつけた。
「はっ」
ラーゼル九世は、ネリオスに背を向け、玉座に戻る。
「その光る二つの星とやら……」
ゆっくりと腰を下ろす。
「──消してみせよ」
「はっ」
まずは──
見せしめだ。
我がカルザ帝国が晒した醜態。
このままではおかぬ。




