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星脈のネクサス ──その愛は兵器か──  作者: RIOKA
Season1〜The Awakening〜
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CHAPTER 31 Dahliaへの潜行

 〜ゼノンが提示した期限当日〜


【惑星Dahlia 北東部】




 ルークはその日の早朝、予定どおり、惑星Dahliaの宇宙船ポートに降り立った。


 ダリス軍のある北東部の季節は冬。

 髪の色が目立たないよう、ニット帽を深くかぶり、ダウンコートに身を包んだ。


 目には偽造虹彩を仕込んだ黒いコンタクトを装着している。

 虹彩認証のゲートは無事通過した。


『ユーシェン・ワン様、Dahlia北東部へようこそ』


 AIの美しい女性がこちらにほほ笑む。



 リラの胎内で生命《いのち》が結びついた瞬間、あの銀色の星脈波と共に、ルークの中に完全に星脈が蘇《よみがえ》ったのを感じた。


 宇宙の全てのエネルギーと人々の意識が、とてつもなく大きな渦となり、その中心にいる自分を襲ってくるようだった。


 ルークは即座に、それを感じないよう、シャットダウンした。


 あまりにも大きな力に、自分が何者なのか見失ってしまいそうだった。



 アルセリオンは最後まで、カルザ族との調和を試《こころ》みた。

 消そうと思えば、簡単に消せたはずだ。

 それをせず、みずからの星と民を亡き者としてしまった。


 その課題を、ルークに残した。


 〈ルーク、おまえならどうするのだ〉


 アルセリオンの声がする。


 ルークは今、試されている。

 アストラ族の王として、相応《ふさわ》しいのか。


 その一歩を、踏み出す。



 約束の場所を前に、人気のない路地裏へ入る。


 想像以上に寒さは厳しく、雪がちらついていた。

 Earthのカラッとした明るい暑さとの対比が、この現実の厳しさを物語るようだ。


 しばらく歩き、使われていないビルの錆びた重いドアを開けた。


 次の瞬間。


 横から額に突き付けられる冷たく硬い銃口。


 ルークは静かに両手を上げ、ゆっくり、視線を銃口の方に向けた。


 会うのを約束していた、ダリス族の患者トニーの父親、クレアスだ。


「クレアス、オレだ。ルーク・ウォンだ」


 抑えた声でそう言うと、クレアスは息をついてその手を下ろした。


「悪いな。例の王妃様のおかげで見張りのカルザ族がウロウロしてやがる」


 それはそれは、ウチの妻が申し訳ない。


 と心の中で謝っておく。


「こっちだ、行こう」


 ルークは、路地に誰もいないことを確認し、静かにドアを閉めた。


「ここの地下が軍につながっている」


 クレアスに、軍で秘密の取引があるから手引きをしてほしい、と頼んでいた。


 最初は渋られたが、息子の病気を治した恩人なのだからと、妻で肝っ玉母ちゃんことマリアが、クレアスの背中を押してくれた。


 降りて来たのは見るからに古い地下道。


 ライトを点けると、細く続く通路が照らし出された。


 人しか通ることを想定していない、大人の男がやっと通れる高さの天井は、ところどころコンクリートが朽ちて崩落しており、地下水が浸み出している。

 幅も、二人並んで歩くのがやっとだ。


 底冷えするような冷たさの中に、カビ臭さが若干鼻につく。


「気をつけな、滑る」


 言ってクレアスは地下道を歩き始めた。

 ルークもその後ろに続く。


「ただでさえ遅れてるインフラ整備が、カルザ帝国の統治下になってますます遅れてやがる。宇宙船ポートばっかりハリボテみたいに最新式にしやがって、庶民の生活は大昔から変わらねぇ」


 ダリス族はもともと、高度な文明は持ち合わせていない。

 ただ、自然と豊富な資源が豊かにあることが強みだった。

 ルークのネックレスの水晶が採れるのも、その豊富な鉱石資源ゆえだ。


「ヤツらは軍も完全に掌握しているのか」


「ああ。順次、ヤツらの神経リンクを張られてる。その上、兵が足りないと言って十代後半の子どもにまで徴兵に乗り出しやがった。ウチの長男もいつ捕まるか……そうなったら大学どころじゃねぇ」


 クレアスからはカルザ族の神経リンクを感じない。

 彼が無事なのが幸いだった。


 クレアス一家はまるで、Earthの昔の家庭のようで温かい。

 カルザ帝国の統治により、こんな温かな家庭までもが侵食されようとしている。


「基地内の地図はあるか」


「ああ、ある」


 クレアスは歩きながらポケットに丸めて入れておいた紙をルークに渡した。


「これだ」


 ルークはそれを受け取り、立ち止まって地図をホロセルでスキャンした。

 図示《ずし》された座標と標高を読み取り、3Dホログラムで表示が可能になる。


「よし、読み込んだ、これは返す」


 ルークはクレアスに紙の地図を返した。


「〝例の王妃様〟がおでましになるのはどこだ」


 クレアスは若干口を開け、ルークの顔に強い視線を向ける。


「やっぱり……アストラ族の王妃関連なのか」


 それだけはいったん隠さずに言うしかない。


「そうだ」


「先生、あんた……」


 クレアスはそこまで言い、ふっと口をつぐんだ。

 そして通路の先に目配せする。


「……急ごう、まだけっこうあるぜ、王妃様をお迎えする部屋までは」


「わかった。頼む」


 ルークはクレアスに続き、暗く冷たい地下道を急ぎ進んだ。




 *




【惑星Earth テラ第1自治区 東部宇宙船ポート】




「リラ!」


 メイヴがリラを抱きしめた。


「あんたを行かせるなんて、ホントに軍はろくでなしよ」


「メイヴ……しかたないわ。私は大丈夫だから」


 リラが出向かなくとも、〝ルナ〟の力でEarthはカルザ帝国軍の攻撃から守られるはずだ。


 だがゼノンが執拗にリラを追うことは避けられない。

 ならばいったん出て行くしかない。


「リラ……」


 メイヴに続けてグオとハグを交わす。


「腹出して寝るなよ」


 リラはくすっと笑ってお腹に手を当てた。


「うん」


 星脈位相制御領域は、王の長男に強く遺伝する。

 リラとルークはやはり、ジアンに子どもたちの性別を聞くことにした。


 リラのお腹の子は男の子。

 マザーズ・エコーのなかで受精した子は女の子だった。


 リラのお腹の子には、ルークと同じ星脈位相制御領域が備わる可能性は高い。


 その男の子を〝サン〟

 女の子を〝ルナ〟


 という名前に決めた。


「行こうか」


 リラは黙ってキリュウにうなずいた。


 そして、見送りに来てくれたグオとメイヴともう一度ハグして、キリュウと共にゲートに向かった。


 Zeroniaから帰還するときもキリュウが迎えに来てくれた。

 そして今日もまた、キリュウがDahliaまで付き添ってくれることになった。

 テラ軍大尉としてではなく、一私人として。


 ホロセルには、ニコライと医療部隊のメンバーからホロメッセージが届いていた。


『リラ、行けなくてごめん』


『リラ、無事に帰って来て!』


『待ってるからね!』


 除名という処遇を受け、リラのことを避ける人が大半だったが、なかにはこうやって、温かい言葉をかけてくれる人もいた。


 それだけで十分だ。


 リラはそのホロ映像をしっかり心に焼きつけて、ホロセルの電源を切り、キリュウに渡した。


「もう、渡しとくわ」


「わかった、預かっておく」


 ゼノンに引き渡される前に、持ち物は全て置いていくよう指示されるだろう。


 あらかじめ、データの残る物はキリュウに渡しておく。


「あ、それとこれも……」


 リラは左手の指輪をはずした。


「なんでそんな大事なものをルークに預けとかないんだ」


 キリュウは少し呆れたようにそう言った。


「忘れてたのよ、バタバタして」


 本当は、ルークに渡すことは〝返す〟ことのようではばかられたからだった。

 返してしまえば二度と戻ってこないかもしれない。

 そんな思いに駆られた。


 ただ、位相ノイズ発生ブレスレットだけは、はずせと言われるまでははずせない。

 お腹の子〝サン〟の発する星脈波を観測されてしまう。


 リラはキリュウと出星ゲートを通過し、迎えのダリス軍の担当者と合流した。


 危険物を所持していないかの検査をされ、データを取れるものは置いていくよう指示された。

 キリュウが自身とリラのホロセルを出星ゲートの保安担当者に預けている。


 これで、Earthとは連絡が取れない。

 少しずつEarthから離れていく孤独と不安を感じる。




 *




【惑星Dahlia 北東部 宇宙船ポート】




「付き添いはここまでにしてもらおう」


 宇宙船を降り、到着ゲートを通過すると、迎えのダリス族の担当者はキリュウにそう告げた。


 リラの待機場所を特定されては困るからだろう。


「カイ」


 リラはキリュウに向かい合う。


「リラ」


 思わず、彼女の小さな体を抱き寄せた。


 自分一人の体ならともかく、彼女の胎内には今、大きな力を持つ生命《いのち》が宿っている。


 堕胎させられるようなことがあってはいけない。

 彼女はそのことをいちばん恐れている。


「ゼノンに、Earthを攻撃するとか、ルークを殺すとか俺を殺すとか言われても、まずいちばんに自分を守るんだ」


 そう言って彼女の顔を見る。


「生き延びろ。何があっても、必ず」


 ──助けに行く。


 最後の言葉は、ダリス軍が見ている前では言わなかった。


「うん、ありがとう、ここまで来てくれて」


 もう一度ハグすると、キリュウはリラから離れた。


 一人のダリス軍の男が一歩前へ出た。


「私たちも、乱暴な真似はしたくない。可能な限り、彼女の安全には努める」


「わかった。よろしく頼む」


 ダリス軍の迎えは二人だったが、終始、穏やかな対応だった。

 この二人だけではなく、遠くからはカルザ族が監視しているのかもしれないが。


 ダリス族も望んでカルザ帝国に統治されているわけではない。

 この二人の対応を見ているとそれがよくわかった。


 リラは二人の男に囲まれ、こちらを振り返りながら、雑踏に姿を消した。


 あたりを見回し、帰りの船を確認するフリをしつつ、トイレに入る。


 そして持っていたリンクコムを起動した。


 [Dahliaの宇宙船ポートでミタライを引き渡した]


 メッセージを送るとすぐにロベールから返信が届いた。


 [了解。予定どおりそのまま帰りの船に乗れ]


 テラ軍のリラを見放す決定に、実は多くの隊員が反旗を翻《ひるがえ》した。


 味方を生贄《いけにえ》に捧げるなどという野蛮な行為は、ゼノンの僕《しもべ》になったも同然ではないかという声が上がった。


 当然のことだ。


 ただ、軍としては、表向きには、決定を覆《くつがえ》すわけにはいかなかった。


 ゼノンと、世間の目があるからだ。


 ロベールが中心となり、参謀総長と連携を取って、ジアン・パクの研究室に設備投資を行い万全の体勢を整えた。

 機関システム部隊が協力し、マザーズ・エコーの〝ルナ〟の星脈波を最大限に増幅する措置も取っている。


 〝ルナ〟は、Earthを守る、最後の砦《とりで》だ。


 ゼノンはリラに手を出せないとわかったら、必ずEarthを攻撃してくる。


 すでにテラ軍は、水面下でそのときに備えていた。


 〝だからEarthのことは心配要らない、おまえはリラを救うことだけを考えろ〟


 ルークにはそう伝えた。


 キリュウは、リラに預かった指輪を出して見つめた。


 こちらを振り返ったときの彼女の表情が、脳裏に焼きついていた。


 必ず、これを彼女の指に戻さなければならない。


 強くそう思った。

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