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星脈のネクサス ──その愛は兵器か──  作者: RIOKA
Season1〜The Awakening〜
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CHAPTER 28 星脈波

 〜ゼノンが提示した期限まであと四日〜


【テラ軍本部 AKF対策室】




 リラはルークと早朝の対策室に入った。


 表向きには解体されたAKF。

 だが今日も各自の任務の前に集まっている。


「ゼノンは昨日、大統領宛にリラの引き渡し場所を指定してきた」


 キリュウがその座標のMAPをホログラム投影した。


「惑星Dahliaか……」


 ルークがホログラムを見て腕を組む。


「この場所は、ダリス軍の基地だな」


 冷たい軍事基地が思いうかぶ。

 そこに置き去りにされる恐怖に襲われそうになり、膝のうえで両手を強く握った。


「EarthでもZeroniaでもない中立的な場所としてDahliaを挙げてきたらしいが……」


 キリュウの説明にグオが呆れたように突っ込んだ。


「カルザ領じゃん」


 ルークと子どもをつくると決めてから、ほんのいっときはこの現実に目をつむることができた。

 けれど刻一刻と、期限の日は近づく。


 この限られた数日という間に、妊娠にこぎつけることができるのか。

 できたとして、はたして本当に、カルザ族の神経リンクの無効化などできるのか。

 考えれば考えるほど、不安は尽きない。


「一つ、気になる情報をダリス族の知人から聞いてきた」


 ルークがそう切り出し、メンバーがルークを見る。


「反ゼノン派の勢力が強まっているらしい。ゼノンが愛人にうつつを抜かしてるもんだから、兵が愛想を尽かしてるって話だ」


 ルークはそう言いながらリラをチラッと見た。

 そして対策室の端の方の席に座るジアンに視線を送る。


「パク・ジアン」


 彼女は腕と脚を組んで横を向いて考えていたが、ルークに呼ばれてこちらを向く。


「リラの胎内から星脈波が生まれたとして、その影響範囲は?」


「あのデータにあったとおりよ。同じ磁場圏内……つまり、惑星単位だわ」 


 対話は一瞬途切れ、そのあとでリラが確信をついた。


「つまり……Dahliaで妊娠した私が引き渡されれば、Dahliaではカルザ族の神経リンクは無効化できるけれど、母星であるZeroniaまでは無効化できない……」


 そうなれば、Dahliaでの星脈波をテラ軍の攻撃と捉えられ、Zeroniaから Earthに反撃してくるかもしれない。


「しかも、内乱を起こすかもしれないのが逆に厄介だ……」


 キリュウはそう言って腕を組む。


「カルザ族はあの宇宙域にいくつか統治している惑星がある。別の惑星に分裂される可能性も高い。そうなると一括して力を無効化するのが難しくなる」


 メイヴが大きなため息をついてテーブルに頬杖をつく。


「あー……〝S-100会議〟の神話が崩れた……」


 その隣でニコライが顎をつまむ。


「複数の惑星で、星脈波を発生させられればいいんだ……」


 ニコライはそこまで言い、ルークとジアン三人で顔を見合わせる。


「複数の、受精卵……」


 ルークのつぶやきに、ジアンは短く息をついた。


「やはり……法を犯さなきゃダメみたいね」


「どういうこと?」


 リラが訊くとジアンは答えた。


「簡単よ。受精卵は母親の胎内だけで生まれるものではないわ。培養槽の中でも生まれる」


「あ……」


 リラはハッとした。


「体外受精もするということね?」


 ジアンはうなずいた。


「そしてリラの胎内に戻さず、培養槽の中で育成する。そうすればその場所でも星脈波は生まれるはず」


 対策室に、張り詰めた空気が漂った。


 確かにそれで、複数個所に星脈波を生むことができる。

 ただそれこそ、生命の倫理に反する。


 命を、完全に〝兵器〟として生み出す──


 対策室に流れる沈黙をルークが破った。


「体外受精は──オレがやったことにすればいい」


「え?」


 ジアンは眉を少し上げる。


「きみはオレに利用されるだけ。いかにも軍の連中が好みそうな話だ」


「ルーク……」


「クリニック継ぐんだろ? オレはただのフリーランスだ。もう軍との契約も切った」


 ルークはそんなふうに、横領した元恋人の罪も被ったのだろうか。

 ふと、そんな考えがリラの脳裏をよぎる。


「それに、オレは王だ」


 そう言ってマウントを取るように親指を自分の胸に突き立てる。


「自分に都合の悪い事実は潰す」


「さすが悪い! ルークは悪い!」


 間髪を容れずにグオが合いの手を入れた。

 そしてリラをチラッと見る。


「褒めてるから」


 リラは苦笑した。


「きみは、それでいい?」


 ルークがリラの顔をのぞき込む。


「夫が早速、違法行為を働こうとしてる」


 リラはルークを見つめ返した。


「どうせ私はいつも共犯者でしょ」


 直後、メイヴが声を上げた。


「ちょっと聞いた? 〝夫〟だって!」


「〝夫〟っていうガラじゃないだろ」


「ガラじゃないってなんだよ」


 騒がしくなる対策室。


「さ、そうと決まれば、急ぐわよ」


 ジアンが決心をつけたようにそう言い切って立ち上がる。


「すぐに採卵の準備に入るわ。マイクロナノトランスポートを使うから、体に負担なく、自然妊娠にも同時に臨める」


 単一細胞なら転送することが可能だ。

 卵子は転送で体外に出せる。


「よし、会議はこれで終了だ。各自、任務に就いてくれ」


 キリュウはスケジュールをリンクコムで確認しながらそう言った。


 メンバーはそれぞれ立ち上がり、部屋を出て行く。


「私は先に行って準備してるから、ゆっくり来て」


 ジアンはそう言いながら部屋を出ようとして、ルークに小声で耳打ちした。


「あなたも出せるならすぐ出して」


 そしてさっさと部屋を出て行った。


「なんで男はマイクロナノトランスポートしてもらえないんだ……差別だろ……」


 ルークはブツブツ言いながら部屋を出る。


「出よう、施錠する」


 リラもキリュウに言われて部屋を出る。


「あ、ねぇ、カイ」


「なんだ」


 リラは指紋認証で施錠するキリュウの横顔を見た。


「ありがとう。他の人もそうだけど……あなたは、いちばん忙しいのに」


 みんな、この件にかまう必要などない。

 軍の命令に背くことなのに。

 そんななか、早朝から時間を割いてくれている。


「俺はきみに……」


 キリュウはそこまで言ってリラに向き直る。


「人として当たり前の尊厳を持って生きて欲しいだけだ」


「カイ……」


「体外受精だの兵器だの、そういうことは考えるな。ジアンに任せておけばいい。きみはただ、ルークを愛している気持ちのなかに生きていればいい」


 思わず涙がにじむ。


 キリュウはそんなリラを見つめて穏やかにほほ笑んだ。


「結婚、おめでとう」


 リラは目に涙をため、ほほ笑み返してうなずいた。


「うん、ありがとう」


 ──きっと大丈夫だ。


 Zeroniaに潜入していた時のように、一人ではない。





 〜ゼノンが提示した期限まであと三日〜


【外来宇宙船エリア 宇宙船メビウス号】




「もう七月か……」


 コックピットから見える夜空に、遠く夏の星座が見える。

 リラはルークと寄り添って一つの無重力チェアに座っていた。


『それでは、ごゆっくりお休みくださいませ。失礼いたします』


 L2-D2はそう言って、壁に設置された自分の充電ポッドにカチャッとハマって目の光を消し、動かなくなった。


「言おうと思ってたんだけど……」


 ルークはY2コンソールに手を伸ばした。


「この船にも、自爆シークエンスがある」


 自爆シークエンスは戦闘機を中心に、宇宙船に標準搭載されている。

 敵に乗っ取られたり、制御不能に陥った場合にシークエンスを実行し、脱出ポッドで船外に避難する。


「この間、電力を医療棟に供給しただろ?」


「うん」


「あの時は、春の大曲線を指で描いた」


「うん、そうだった」


「自爆シークエンスは……」


 ルークはそう言いながら、点灯していない暗いコンソールをなぞる。


「冬の大三角形」


「冬の大三角形……」


「そう」


 手を伸ばすと、ルークはリラの手に自分の手を重ねた。


「シリウス、プロキオン、ベテルギウス」


 ゆっくりと、一緒に三角形を描く指先。


「いちばん明るいシリウスから、明かりを消すようになぞる。最後のベテルギウスは〝死にゆく星〟だ」


 その言葉は、重く感じた。


「オレかきみじゃないと、このシークエンスは起動しない。だから念の為、きみも覚えてて」


 リラはルークを見てうなずいた。


「わかったわ」


 そう答えた時、遠くで花火が上がり始めた。


「花火……」


 毎年、七月一日。

 夏の始まりを告げる小さな花火大会だ。


「キレイね」


「ああ」


 つぎつぎに上がる花火を眺めている最中、ルークはリラの左手をにぎり、薬指に何かはめた。


 リラは手もとを見た。


「あ……」


 まるで、星脈のような、白銀のリング。

 遠くで上がる色とりどりの花火の色をほのかに映す。


「ずっと、オレのそばにいて」


 ルークはそう言いながら、リラに自分のリングを渡す。


「うん」


 リラは、彼の左手の薬指にそのリングをはめた。


 そのまま見つめ合い、唇を重ねる。


「さ、花火も上がってるし……今夜の任務を決行しなきゃ」


「うふふ……」


 ルークはリラが羽織っていたバスローブを脱がせた。


 エアコンの静かな冷気が素肌を撫でていくのが心地良い。


 その上を伝うルークの唇。


「ここで……?」


「そう、ここで。このコックピットときみが、オレの全て」


「ねぇ……そのセリフは考えてたの?」


「考えてた、朝から」


「うふふ」


 ルークを愛している気持ちのなかに生きていればいい。


 いつなんどきも。

 たとえ、ゼノンの手に落ちても。


 瞼の奥に、白銀の宇宙が広がる。

 そのまばゆい銀色の糸は、日に日に光を増す。


 最初見たときは、毛細血管のように細く繊細にキラキラ輝いていた。


 だが今は、太く脈打つ。

 二人の奥深くで、生命が共鳴しているかのように。


 ひとつになるときを、しばらくコックピットで過ごす。


「あぁ……ルーク……」


「リラ……」


 やがて瞼の奥の白銀の光は絶頂を迎えた。


 まぶしくて、クラクラする。


 ふと、我に返る。


 空調の静かな音。


 胸の谷間を流れて落ちる汗の感触。


「あつい……」


「汗が……すごい」


 ルークの肩にもたれかかり息をついたときだった。


 メビウスの壁や床に潜り込んでいる銀色の神経菌糸がフワッと空中に浮き出てきた。


「え……?」


「なんだこれ……」


 ルークとつながっているときに頭の中に見える、あの、宇宙に広がる星脈のようだ。


 その光は、船全体からまるで生きているように、このコックピットに向かって流れ込んでくる。


 そして、二人を包んでくるくる回る。


 まるで、銀色の光が、祝福しているようだ。


 やがてその光の粒子は、リラの肌に磁石のように吸いつき、撫でていく。


 次の瞬間、船全体が強い光を放ち、外に向かって全方向に波のように広がった。


「星脈波だ……」


 コックピットから外を見るルークの二重虹彩に、銀色の光が映り込んでいた。




 *




【惑星Zeronia カルザ帝国軍 ゼノンの私室】




「ん……?」


 ゼノンはただならぬ気配を感じ、寝室のベッドから身を起こした。


「なんだ……今の光は……」


 間違いなく、どこかで何かが銀色の強い光を発した。


 部屋の中はいつもと何も変わりがなく、少し離れた隣のベッドではエリシュアが寝ている。


 ひどく喉が渇いていた。


 ゼノンはベッドから降りると水を飲むために寝室から出た。


 〈ゼノンよ……〉


 頭の中に響くその声にハッとする。


 窓の外からザァッと音をたてて闇が入り込んで来る。


「アル=ラーグス猊下《げいか》……」


 〈鳥を追うのはやめろ……〉


「鳥を追うのは……やめろ?」


 どういうことだ……


「ノヴァを獲得すれば、アストラ族の王の息子が必ず現れます」


 〈あの鳥はもう、おまえの篭《かご》の鳥ではない〉


「ノヴァは三日後に私が取り返します」


 それは絶対だ。


 〈その不死鳥は、おまえに〝滅び〟を連れて来る……〉


 アル=ラーグスの闇はゼノンの周囲を取り囲み、光る二つの赤い目が見下ろす。


 〈……狡猾な司令官と共に〉


 アル=ラーグスは、ザーッと音を立てて窓の外の闇に同化し、消えた。


「あなた……何を夜中に騒いでるのよ」


 ゼノンの声に、エリシュアが起きて来た。


「アル=ラーグス猊下がおいでだったのだ。起きたなら水を入れてくれ」


「はいはい、かしこまりました」


 エリシュアはグラスに冷たい水を入れてくると、ソファに座るゼノンの前のテーブルに置いた。


「また、ノヴァのことでもお話しになってたの?」


「……そうだ。三日後、取り返しにDahliaへ行く」


 エリシュアはふふっと静かに笑った。


「そうですわね、あなた。あなたの、大切なかわいい鳥ですものね……」


 いやに聞き分けがいい。


「いってらっしゃいな」


 エリシュアはそれだけ言うと、ふたたび寝室へと入って行った。


 ネリオスと共に、万全を期した計画だ。

 カーディスのいいようにはさせない。


 だが──


 ノヴァが、〝滅び〟を連れてくる?


「そんなバカな……」


 ノヴァが逆らえば、Earthを危険に晒す。

 そんなことはしないはずだ。


 愛するノヴァは、永遠に、自分のものになる。

 その日はもう、目前に迫っている。

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