CHAPTER 27 第三の惑星にて
〜ゼノンが提示した期限まであと五日〜
【惑星Zeronia カルザ帝国軍基地 司令部】
「ゼノン様、テラ第1自治区大統領より通信でございます」
ネリオスが淡々とした口調でゼノンにそう告げた。
「大統領か」
ついに決めたか。
「つなげ」
「はっ」
目の前に、仰々《ぎょうぎょう》しい部屋のデスクに座り、SPに囲まれた大統領の姿が現れた。
『ゼノン殿、我々の対応を決めたので報告する』
「これはこれは……大統領閣下、直々《じきじき》にご報告いただけるとは、恐縮ですな」
ゼノンは椅子にかけ、脚を組んだ。
『要求通り、ルーク・ウォンは我々のテラ軍と契約を解除、リラ・ミタライは除名の上、そちらに引き渡す予定だ』
「予定?」
『諸々《もろもろ》の手続きを踏まなければならない。Earth内の世論を収めるためでもある。ミタライの引き渡しは期限日の七月四日としてほしい』
「もちろん、それでかまわない。ただし、妙な策略は立てぬよう、徹底していただきたい。我々はそちらの動きを監視している」
『わかっている。それから、ミタライの引き渡し方法だが……指定はあるか』
「私が直接、旗艦で迎えに行く。ZeroniaでもEarthでもない、第三の惑星、Dahliaならば中立を保てると考えているが、異論はないか?」
あくまでも中立を装いながら、万が一攻撃されたときはダリス軍を使えば、我が軍は無傷で済む。
ネリオスの案だ。
大統領は、そばについていた補佐官と何か小声で話して答えた。
『わかった。惑星Dahliaの指定場所の座標を送ってくれ。ミタライの取り計らいについては、人道的な対応をお願いしたい』
「もちろんだよ大統領。大切な、私のかわいい鳥だ」
ゼノンの答えに大統領は黙るが、一息ついて口を開いた。
『用件は以上だ』
「賢明な対応に感謝する」
そこまででホログラムは消えた。
目論見どおりだ。
テラ軍はアストラ王族の男を解放し、ノヴァを差し出す。
「ネリオス」
「はっ」
「おまえの位を上げなければならないな」
ゼノンの言葉に、いつものデイベッドにいたエリュシアはハッとして身を起こす。
カーディスの地位を奪われると気が気でないのだ。
「身に余るお言葉でございます」
ネリオスはひざまずき頭を下げる。
「ノヴァが無事私のもとに戻ったあかつきに、おまえの処遇は決定する」
「はっ」
ネリオスは一段と深く頭を下げ、部屋を出て行った。
「ねぇ、あなた」
エリュシアがゼノンのもとへやって来た。
「私、ノヴァが戻っても、この部屋はゆずらないわよ」
ゼノンは短くため息をついた。
部屋ごときでバカバカしい。
「もちろん、妻のおまえがこの部屋にいれば良い」
ノヴァには別の部屋をすでに用意してある。
ここよりも、より監視を強化した部屋を。
愛しい鳥を、もう二度と、逃がさないように。
「私は宮殿に行く」
皇帝に報告をせねばならない。
【帝都 宮殿】
「報告は以上でございます。陛下」
玉座のラーゼル九世の前で、頭を垂れる。
沈黙のあと──
「油断するでない」
落ちてきたのは想定外の言葉だった。
ゼノンはわずかに眉を動かし、床を見つめたまま答えた。
「──司令官たるもの、いつなんどきも当然のことでございます」
ラーゼル九世はすぐに声を発した。
「おまえは、わかっていない」
押し殺した低い声。
一歩、こちらに近づく。
「みくびるでない──敵も、味方も」
アストラの王が覚醒しているのは解っている。
ノヴァを追いかけて姿を現すはず。
盾に取れば良いのだ。
「──世は、狡猾な司令官を望んでおる」
ゼノンは一瞬考え、短く答えた。
「はっ」
わずかな衣擦れの音。
ラーゼル九世はゼノンに背を向けた。
そして、静かに言った。
「おまえでなくとも、良い」
カーディスが、皇帝に取り入っているのか──?
「陛下、逃げたテラ族の個体を取り戻し、必ずや、このわたくしが、アストラ王族の男をおびき寄せてみせます」
玉座の間を重い静寂が包んだ。
*
【惑星Dahlia 北東部】
「先生、髪の色変えたんだ。メッチャかっこいいじゃん」
ダリス族のトニーは、ルークの髪の色を見るなり目を輝かせた。
「母ちゃん、ボクも先生と同じ髪の色にする」
「バカ、おまえはまず勉強だよ。診察が終わったら宿題だ」
「ちぇっ」
「ほらおとなしくしないと、先生が診察できないぞ」
今日は家にいる旦那のクレアスもそばにやって来た。
いつものやり取りを見ていると微笑ましい。
ここはカルザ帝国の統治下になったものの、人々は温かく、Zeroniaとはまるで様子が違う。
ルークはいつものように、トニーの脳神経の状態を特殊なスキャナーで確認した。
「診察と言っても、これからは経過観察だな」
「先生、じゃあトニーは……」
クレアスは希望の色をその目ににじませる。
「腫瘍は消えてる」
ルークのその言葉に、マリアは大きな目にみるみる涙をためる。
「あんた……」
「マリア……」
二人は手を取り合ってうなずき、ルークの方に向き合った。
「先生、本当にありがとう。感謝してるよ。この星の医者にトニーは見放されたんだ。それをあんたが救ってくれた」
やはり自分は、一介の医者でいたい。
この家族を見ているとそう思えた。
〝アストラ族の王〟
自分がそんな大それた人物になれるとは思えない。
ルークには、世の中の王族の苦悩が少しばかり理解できた。
生まれる家庭は選べない。
おまえは次期王だと言われればそれが絶対で、ほかの道はないのだから。
「……カルザ帝国軍は相変わらずか」
ここに来るときは、カルザ族の動きを探るチャンスでもある。
「それが、このところ足並みが乱れてるって話だぜ」
「足並みが乱れてる?」
「ああ、司令官ゼノンがテラ族の愛人にホネヌキにされてるってウワサでさ」
クレアスはそう言いながら小指を立てる。
「イヤだよ全く。ああいうヤツらは一夫多妻なんだよ」
マリアはぶるぶるっと首を横に振る。
「Earthに帰っちまった愛人を取り戻すために躍起になってるらしくてよ、反ゼノン派勢力まで出てきてるそうだ」
「反ゼノン派?」
初耳だ。
クレアスはいつも、テラ軍にいては仕入れられない情報を持っている。
「でさ、二十八年前に滅びたアストラ族の王の息子が生きてて、そいつと愛人を取り合ってるってウワサなんだ」
ルークは返す言葉につまった。
まさか、ここでもすでに、そんな噂になっているとは。
「ったくよぉ、いい気なもんだよなぁ、司令官だか王だか知らねぇけど、女取り合ってガチで戦争しようとするとか……バカだな」
クレアスは心の底から呆れた様子だった。
「まぁ……どうせバカ息子なんだろ、その王の息子も」
ルークは、その場しのぎにそう言った。
「いやでもな、あの王の息子に限って、そんなバカだとは思いたくねぇんだ……」
クレアスは妙に感慨深げな表情を見せる。
そしてルークに顔を近づけ、小声になった。
「この間、オレの親父は、アルセリオンに仕えてたってトニーが言っただろ」
「え?」
認知症の父親の妄想だったんじゃなかったのか。
「子どものころ、遠くからだが、アルセリオンを見たことがある。そりゃあ神々しくて、美しくて、ホントに神はこの世にいるんだと子ども心に思った」
「本当に親父さんはアルセリオンに仕えてたのか」
クレアスは少し首を傾げながら答える。
「実際どの程度だったかは知らねぇけど、関りがあったのは事実だ。ただカルザ族の手前、そんなことが知れたらウチもまずい。だから大っぴらには言えなかった」
まさか、本当のことだったのか──
「ま、あの王が隠してた息子だ。よっぽどの人物だとオレは見てる」
「その息子が生きてるならさ。カルザ帝国軍を潰してくれることに期待してんだよ」
マリアも身を乗り出してそう言った。
「会ってみたいもんだな」
心拍数が上がる。
夫婦ふたりして、まさかのものすごいプレッシャーをかけてきた。
ルークは話をそらすために話題を変える。
「ああそうだ……ひとつ、報告があるんだけど……」
「なんだ急に、改まって」
息を吸い、一拍おく。
「実は、結婚するんだ」
「ええっ、そうなのかい」
「そりゃめでたいな」
「えー、先生、ケッコンするの? 相手は?」
トニーが話を聞きつけてやって来る。
ルークはニヤッと笑ってトニーに言った。
「目ん玉飛び出るぐらいの美人」
「ホントに? 今度連れて来てよ」
「そりゃぜひ会ってみたいな、連れて来てくれ」
「そのうち」
ルークはうなずいた。
「おめでとう」
満面の笑みを浮かべてマリアがそう言った。
〝おめでとう〟
その言葉が意外なものに感じた。
この結婚は──
一種の、政略結婚のようなものなのに。
「……ありがとう」
嬉しそうにほほ笑む夫婦の顔を見ていると、純粋に祝福されて結婚するのだと思える。
胸の奥が、熱い何かに満たされるような感覚があった。
「今日は嬉しいことばっかりだな」
クレアスはそう言って笑った。
ルークには、結婚を報告する家族はいない。
だがこの家族には、ルークを受け止めてくれる温かさがあった。
【宇宙船 メビウス号】
いつものように第六宇宙船ゲートから飛び立つと、虹色パンチが姿を現した。
『よぉ、ルークのあんちゃん。なんだい、今度はアクセサリーの売買まで始めたのかい。手広くやってんねぇ』
「まぁな。早速、送ってくれ」
『あぃよ』
惑星Dahliaの宝石商に注文しておいた結婚指輪。
受け渡し役は虹色パンチを指名した。
しっかり中間マージンは取られるものの、〝はみ出し者〟なので、金さえ渡しておけば、こちらの事情になど興味はないはずだ。
『ご主人さま、受け取りは完了いたしました』
L2-D2が濃紺のベロアケースを持って来た。
開くと、白銀の指輪が二つ並んでいる。
ルークはその一つを手に取り、確認した。
『そりゃかなり純度の高いステラ・プラチナムだな。なかなか扱ってる宝石商はいねぇよ』
プラチナよりもさらに白く、鏡面のような光沢を放つ。
「いいものを手に入れられて満足だ」
『じゃ、請求書もドラム缶に送っとくからよ。毎度!』
虹色パンチはいつもの調子で通信を切った。
ルークは指輪をケースごとL2-D2に預けた。
『そのままでも素晴らしい輝きですが、この先、お二人の人生を映す様子はさぞ美しいことでしょう』
リラの指にこれが光る瞬間を想像し、ルークの口元が自然と緩んだ。
「さすが、上手いこと言う」
『きっと、リラさまも喜ばれるでしょう』
まさか、こんな唐突に、結婚する日が来るなんて思ってもみなかった。
──運命に導かれたそのときがきた。
二つ並んだリングを見ていると、改めてそう感じた。




