CHAPTER 21 共犯者
【テラ軍 AKF対策室】
「状況の報告を」
ロベールは、キリュウの横で低い声を発した。
通信衛星の落下以降、大規模な事故がEarth各地で連鎖的に起こっている。
それはテラ軍内部においても同じ状況だった。
「ホロONE、機関システム室、夜間ログ」
キリュウは3Dホログラムを立ち上げた。
「この混乱に紛れて、非常用電力の供給先の設定を改ざんしているものがいました」
機関システムの中枢であるパネルを操作しているのは、行方をくらましている第三戦闘部隊のクドウだった。
ロベールは眉間にしわを寄せた。
「クドウ一等兵か……」
医療室へ非常用電力が供給されないようシステムを上書きしてロックしている。
「やっぱりこういうことだったのね」
メイヴが腕を組んでため息をつく。
「彼にシステムを改ざんする技術があったのか」
ニコライがキリュウに訊いた。
「クドウは第三戦闘部隊に入る前、一時期、機関システム部隊にいた。それに──彼女だ」
キリュウの言葉に、メンバーはホロ映像に出てきた女性に注目した。
「機関システム部隊長か」
ルークがそう言った。
「おかしい、部隊長クラスはもう全員G-デバイスを埋植済みのはずだ」
ニコライが声を上げた。
「監視カメラ映像から、神経リンク開通者は医療部隊にもいる」
キリュウの言葉に、ルークが意味を理解したようにつぶやいた。
「なるほど……G-デバイスは抜去も比較的簡単にできる」
これではもう、G-デバイスは意味を成さない。
「クドウも機関システム部隊長も、行方がわかりません」
キリュウのその言葉を最後に、室内に重たい沈黙が流れた。
こうしている間にも、軍内部にカルザ族の神経リンク侵食は進んでいる。
沈黙を破ったのは、L2-D2の声だった。
『リアム、トイレですか?』
そわそわするリアムにL2-D2が気付き、掃き出し窓を開けて庭に出した。
リアムもL2-D2もすっかりAKFの一員のようだ。
その姿はこの場でひとときの癒しとなり、メンバー間の空気も少しかるくなる。
ロベールはそこで話題を変えた。
「バイオドローンが見つかったと聞いたが?」
その問いにはグオが答えた。
「自分が殺しました」
言いながらグオは、蚊を叩くように両手をパチンと合わせるジェスチャーをした。
「危うく刺されるところでしたが、〝虫除けスプレー〟で助かりました」
「虫除けスプレー?」
ロベールは声を高めて聞き返した。
それにはルークが答えた。
「バイオドローンの生体は実際〝蚊〟と変わりありません。蚊に効くものは、効く。その情報を軍内外に広く共有しています」
リラがそれに続く。
「虫除けスプレーは支給しているところです。少佐も携帯してください」
ロベールはうなずくと、正面を向いて改まった。
「……明日にも、戒厳令が発令される見通しだ」
この非常事態に、Earth全域は軍の指揮下で動く。
「私はこのあと、ブラウン大佐と大統領府へ向かう。AKFは各部隊で任務にあたるように」
その場にいる全員が、声を揃えて了解と強く声を発した。
「それから、ウォン」
ロベールがふたたびルークに視線を向ける。
「医療棟への電力はどの程度維持できる?」
ルークは一拍おいて答えた。
「船に残存する電力だけではせいぜい数日」
相次いだ航空機事故や混乱による怪我人は後を絶たない。
医療に対する電力の確保は最優先事項だ。
「電力をさらに供給することは可能か」
「NOとは言わせないつもりでしょう」
ルークの返しにロベールは鋭い眼差しを向けた。
「そうだ」
手段は選ばない。
それを示唆していた。
「……了解です。このあと、電力の増幅を」
「頼んだ」
ロベールはそれだけ言うと退室した。
キリュウはふと外に目をやる。
トイレで中庭に出たリアムが、そのままL2-D2が投げるフリスビーをキャッチして遊んでいた。
「L2-D2は犬の相手も上手いのね」
リラも中庭の様子を眺めながらつぶやく。
「そりゃ、オレのAIコンシェルジュはパーフェクトだから」
ルークがリラの隣に立った。
「船の電力を増幅する。手伝ってくれる?」
ルークの言葉に、リラは少し間をおいてうなずいた。
「ええ。私は、あなたのEarth担当だものね」
ルークは掃き出し窓の縁に手を置き、外のL2-D2とリアムを眺めながら話す。
「ああ、それなら……ほかの惑星担当には逃げられた。きみがワンオペで全宇宙担当」
「ワンオペで全宇宙? ブラック企業じゃない」
リラは呆れたような声を出して隣のルークを見上げる。
「できないなら来なくてもいいけど」
「……できないわけないでしょ」
結局──
派手なケンカにつき合わされただけか。
キリュウは二人から視線をはずした。
*
【宇宙船野外ドック 宇宙船メビウス号】
あたりが薄暗くなり、ヘルメットのライトが自動で点灯した。
ポツポツと雨が降りだす。
稲光が遠く光るのが視界に入る。
屋内の宇宙船ドックは、一連のトラブルで故障した機体であふれている。
ルークの宇宙船に残された場所はここしかない。
リラは脚立にまたがって座り、船体に向き合った。
パネルを開けた瞬間、雨の匂いに混じって、焦げたような鋭い刺激臭と、深い森の奥にいるような湿った甘い匂いが同時に鼻に届く。
「こんなの……見たことがない」
金属でも半導体でもない。脈打つように明滅する、有機回路。
「そりゃそうだ。オレの船だから」
隣でルークがパネル内部をのぞき込みながらそう答えた。
「この有機回路は、星脈に呼応する……」
語る船の構造とは対照的に、ドライバーを回すところはアナログだ。
「だから無意識のうちに、選んで搭載したんだ」
──ゼノンのリンクに囚われたとき。
ルークの星脈が、リラを解放した。
星と星をつなぐ蜘蛛の糸のような、白銀のまばゆい光。
それが自分の身体を包むのが見えた。
温かくて、不思議で、でもどこか懐かしい気がした。
リラはグローブで回路に触れたまま、意識を集中させる。
「これは──」
紫色のオーロラのような物質が、有機回路の中に溶け込んで消えていく。
刺激臭の正体だ。
「プラズマ廃棄物ね。しかも、かなりの高エネルギー」
言葉にした瞬間、自分で理解した。
「廃棄物を〝餌〟にして増幅してるのね」
「正解」
「禁止されてるわ」
「知ってる」
即答だった。
「暴走すれば、ここ一帯が吹き飛ぶ」
ルークは手を止めない。
「きみも聞いてただろ。医療棟に回す電力を増幅しろと少佐に指示された」
医療棟がひっ迫しているのは百も承知だ。
「……ほかに方法があるかも」
自分で言っておいて、リラにはもう、その答えはわかっていた。
ない。
ルークは視線だけをよこす。
「ないだろ」
逃げ道を塞ぐように言い切る。
リラは回路を見つめた。
揺らぐ光。制御しきれていないエネルギー。
「……エネルギーが大きすぎる。システム側のキャパを増やさなきゃ同期できない」
「そのとおり。だからきみを呼んだ」
「私を共犯にする気で呼んだのね」
「そう」
ためらいのない肯定。
ここで軍規を優先して作業をやめれば、どれだけの命が失われるかわからない。
戒厳令が発令されようとする、緊急時での少佐の命令だ。
リラは短く息を吐いた。
「……やりましょう」
それ以外ない。
雨脚はどんどん強くなる。
時間はない。
雨に打たれ、冷えていく手先。
無言で作業を続ける。
『ご主人さま、リラさま』
脚立の下からL2-D2の声がした。
『大雨雷注意報が出ています。そろそろ作業を切り上げませんと──』
「わかってる、もう終わる」
ルークが答える。
「……ここを解放すればいいわ」
リラの言葉にルークの口元がわずかに上がる。
「さすが、仕事が早い」
手の上に手が重なる。
「一緒にやる」
背後からルークの体温が伝わる。
「もう少し押し込んで」
実行するしかない。
それを今、自分で選んでいる。
回路が激しく明滅しながら大きく脈打つ。
「同期した」
つぶやくと同時に、頭上で雷鳴が空を引き裂く。
「っ……!」
反射的に身をすくめる。
「よし、終わりだ、入ろう。L2-D2、工具を」
『かしこまりました』
リラはルークに手を引かれ、雨に打たれながら宇宙船のエントランスに走った。
中に入り、ハッチを閉めた瞬間、外界の音が一気に遠のく。
落ち着くのと同時に、不安が浮き彫りになる。
「……ねぇ」
濡れて重くなった靴を脱ぎながら、リラは言った。
「ほんとに大丈夫かしら」
ルークは振り返らずにジャケットを脱いだ。
「なにが」
「なにがって……あんな高エネルギーのプラズマ廃棄物を……」
ルークが、ようやくこちらを見た。
「怖い?」
かるい声。
からかうようでもあり、試すようでもある。
リラは、少しだけ言葉につまった。
「……危険でしょう?」
「知ってる」
そう言って近づいてくる。
一歩。
もう一歩。
「でも、きみはやった」
心臓が一拍、強く打つ。
「やめられたのに」
「……」
「やめなかった」
淡々と事実をつきつける。
責めているわけじゃない。
ただ、逃げ道を消している。
「あなたが……私を呼んだから」
かろうじて返すと、ルークはわずかに笑った。
「オレのせい?」
いつものかるい口調。
そしてその目から、笑みが消えた。
「選んだのは、きみだ」
静かに告げた。
その瞬間、はっきりした。
──ああ、そうだ。
自分で選んだ。
人命救助のためだ。理由はそれでいい。
でも、それだけじゃない。
この人の隣にいることを、みずから選んでいる。
雨音はもう聞こえないのに、なぜかまだ耳の奥で鳴っている気がする。
ルークは視線をはずし、濡れたTシャツを脱いだ。
あらわになる上半身。
水滴が落ちる。
「きみも脱いで」
いつもの調子に戻った声。
リラは一瞬ためらい、それからジャケットに手をかけた。
「……風邪、ひくから」
自分に言い訳するように、そうつぶやく。
ルークは何も言わない。
ただ見ている。
リラは視線をそらし、Tシャツを脱いだ。
「全部脱いで」
「……」
距離が、近い。
ルークが手を伸ばす。
触れる直前で、一瞬、止まる。
確かめるように。
リラは動かなかった。
それが、答えになった。
ブラのホックに、ルークの指先が触れる。
「……冷たくなってる」
ぼそりとつぶやく。
そのまま、リラの体は引き寄せられた。
体温に包まれる。
「リラ」
名前を呼ばれる。
それだけで、理性はどこかへ消えてしまう。
唇が重なる直前。
ほんの一瞬だけ、思考がよぎった。
──もう、戻れない。
その線を、自分で越えた。
そのまま、バスルームへ引き込まれる。
天井から降り注ぐレインシャワー。
霧のような温水が全身を包む。
「……あったかい」
思わず息が漏れた。
「さっきの続き」
ルークが耳元で、低くささやく。
「……え?」
「同期。まだ完全じゃない」
触れ合う肌の感触は次第に温かくなっていく。
「イヤ?」
吐息まじりの声が耳をくすぐる。
リラは目を閉じて答えた。
「……ううん」
回路が明滅していたときのような、あの白銀の光が、まぶたの裏に焼きついている。
外では、雷が鳴り続けていた。




