CHAPTER 20 総攻撃の開始
【AKF会議室】
キリュウはPCに表示されているデータを確認した。
[氏名:ジアン・パク(34)
出身:テラ第82自治区
略歴:士官学校医学部卒業後、産婦人科専門医取得]
現在は軍付属病院の婦人科医として週二日勤務。
そのかたわらで遺伝子の研究をしている。
ルークの神経リンク切除術から回復した彼女は、テーブルの向かい側の椅子に座っていた。
「覚えていない?」
キリュウの問いかけに、彼女はうつむき加減のまま、うなずいた。
「ルーク・ウォンに遺伝子検査を勧めたことは覚えています。瞳の色が特異だったため、医学的判断として」
「その先は?」
「詳細検査を提案しましたが、本人に拒否されました。そこで終わったはずだったんです」
わずかに間が空く。
「ですが……あとから、検査データがあることに気がつきました」
「誰の?」
「被験者の欄にルークの名前が……それは、私の検査結果を、さらに解析したものだとわかりました」
「自分がやった覚えはない」
ジアンはまっすぐにこちらを見てうなずいた。
「はい」
即答だった。
作り話をしている様子はない。
「誰かが不正にアクセスしたと?」
「そう考えました。私以外、ルークの検体もデータも操作できないはずです」
キリュウはわずかに眉を寄せる。
「それで……あの夜か」
「……はい。正直、大尉を疑いました」
予想外の言葉に、キリュウは一瞬だけ言葉を失った。
「〝何か見ましたか〟と聞いたのは、そのためですか」
「はい、そうです」
ジアンは視線を落とす。
「“Stellar Phase Control Locus”──あれは、すぐに報告できる内容ではありませんでした。誰が調べたのか、確信が持てなかった」
自分のしわざだと、理解していなかった。
「その直後です。私は神経リンク開通を疑われ、隔離された」
淡々とした口調の奥に、かすかな揺れが混じる。
「最初は濡れ衣だと。ですが──」
そこで言葉が止まる。
「監視記録に、自分が映っていた」
キリュウの言葉にジアンは肩を落とした。
「身に覚えのない行動をしている自分を見て、ようやく理解しました」
短くため息をつく。
「このリンクは──張られた本人に自覚がない。記憶も残らない」
静かな声だった。
だが重い。
「だから、覚えがなくても──周囲に違和感があれば、疑うべきです」
気づかないうちに、入り込まれている。
キリュウは小さくうなずいた。
「他に気づいたことがあれば報告を」
「了解しました」
そこまででヒアリングは終わった。
彼女が部屋を出て行くと、ルークとグオが隣のモニター室から出て来た。
「特に嘘をついているとか、装っているような印象はなかったが……どうだった?」
モニター室からは、マジックミラー越しにポリグラフAIがジアンの生体データをスキャンしていた。
「嘘をついているようなデータは検出されなかったよ。なぁ?」
グオは隣のルークを見た。
「そうだな……」
ルークは指先で顎を触る。
「もともと彼女は真面目な性格だ。自分が操られていてショックなのが正直なところだろう」
「操ったことがあるからこそ出てくるセリフだな」
今日もグオの突っ込みは冴えている。
「うるさいわ」
ルークが言い返したところで、対策室のドアが開いた。
「おつかれ」
「あぁ、久しぶりの対策室だわ……」
ニコライとメイヴだ。
「どうだった? ジアン・パクは」
言いながら席に着くニコライ。
ほかのメンバーもそれぞれ席に着く。
ただ一席、リラの場所だけが空いていた。
キリュウはジアンの様子を二人に話した。
「なるほどな……覚えていない、か」
ニコライはそうつぶやきながらリラの席に目をやる。
「リラは全部、覚えていた……」
なぜ、リラだけは覚えていたのか。
キリュウはルークに目を向けた。
あのとき、リラの部屋でルークは、
〝たったひとりの、オレが望んだ──〟
と口にしたあと、その身体から光を発した。
「ルーク、なぜだ」
ルークは視線を下げたままつぶやくように答える。
「リラは、オレの中で星脈が覚醒するためのキーなんだ」
「キー?」
「それがなぜ彼女なのかはわからない。でも彼女が特別な存在であることは確かだ。だから、ゼノンの神経リンクに完全に操られることがなく、連れ戻すことができた」
そう答えたルークは、まだ自分の力や存在に戸惑っているように見えた。
「リラの様子は?」
キリュウはメイヴに問いかけた。
「体の状態は落ち着いてるわ。でもメンタルが……まさか好きになった男が、アストラの王族の末裔で、カルザ族が狙う〝星脈〟そのものだったとはね」
メイヴの視線の先でルークは遠い目で窓の外を見ていた。
「オレもどうにかなりそうだ」
「ケロッとしてるじゃん、リラを弄んだくせに」
「もて……」
ルークはグオに言い返そうとするが、その力なく口をつぐんだ。
そのときだった。
一斉に響く、リンクコムのアラート。
「はいはいきたよ、なんなんだよ次は」
グオの言葉とともに、メンバーはリンクコムの通知を確認した。
[【緊急】テラ第1自治区大統領府に通信衛星が落下。全員、直ちに緊急配備に就け]
「通信衛星が落下ぁ?」
「通信衛星って、あの、宇宙空間の?」
メイヴが上を指さす。
「ホロセルが……」
ニコライが自分のホロセルを出してつぶやいた。
続けてメンバーも自分のホロセルを確認した。
画面の光が、ふっと歪み、ノイズが走る。
「……通信が、不安定だな」
次の瞬間、照明が一度だけ明滅した。
──ドン……
遠くで、鈍い衝撃音が響く。
全員、顔を上げた。
窓の外、空を横切る光があった。
まっすぐではない。
落ちるように、軌道が崩れている。
「……おい、あれ」
言い終わる前に、二度目の衝撃音。
今度は、さっきより近い。
ホロセルが完全に沈黙した。
「電力も……来てない」
室内が暗転し、非常灯が赤く点る。
静寂。
そのなかで、ノイズ混じりの音声が割り込んだ。
『……こちら第三区……航空機が……墜落……繰り返す、墜落……』
ブツッ、と途切れる。
キリュウはゆっくり息を吐いた。
「インフラを、潰す気だ」
ついに、始まった。
カルザ帝国軍の──
総攻撃だ。
*
【医療棟】
チカチカッと医療用ポッドの中の明かりが点滅する。
「……?」
目を開けると同時に、ポッドの上部カバーが開いた。
「電力が不安定だ、手術には優先して電力を回せ!」
「待て! Aエリアの人工呼吸器がもたなくなるぞ!」
リラは、ただならぬ騒ぎに何かが起こったことを察知し、体を起こした。
再生の進行状況を示すゲージは八十三パーセントで止まったままだ。
部屋の電気が点滅して消え、非常灯の緑の明かりだけが光る。
「リラ!」
メイヴが部屋に入って来た。
「メイヴ! どうしたの? 何が起こってるの?」
メイヴはリラのポッドのパネルを操作しながら状況を説明する。
「大統領府に通信衛星が落ちたのよ」
「通信衛星が?」
眉間にしわを寄せて聞き返す。
「大統領は無事だけど、航空管制系統の混乱であちこちで航空機が制御不能。衛星同期型グリッドが機能停止して電力も不安定。広域でブラックアウトが発生中よ。自治区間の通貨の流れも止まってる」
リラは息を吞んだ。
「まさか……」
「そうよ、口にしてはいけないあの人のしわざ。さ、再生は大丈夫だから、出て」
ゼノン──
ルークの力に阻まれ、リラを乗っ取ることができなかった。
だから、攻撃に出た。
ポッドから足を下ろしたリラは、医療室の混乱を目にしてメイヴに訊いた。
「医療棟には優先して非常用電力が回されるはずでしょう?」
過去の有事も当然のようにそれで乗り切ってきた。
メイヴは首を横に振る。
「その自動制御システムが働いてないのよ。原因を機関システム部隊が調査中だけど……」
そこまで言って、一度、言葉を切る。
「何者かがそうなるよう仕向けてるとしか……じゃなきゃ、こんなことありえない」
──リンクを張られた人間のしわざだ。
「ドクター・ウォン! 手術室に回す電力がもう残っていません」
リラは医療部隊員の声に顔を向けた。
「わかった、なんとかする」
ルークの姿が見えた。
「リラ」
彼はこちらに駆け寄る。
「大丈夫だな?」
リラの顔をのぞきこみ、そう訊く。
リラはうなずいた。
「大丈夫よ」
感情があふれそうになるのを抑え込む。
「オレの宇宙船に行ってくれ」
「え……?」
「電力をこっちに回す」
ルークの目は真剣だった。
「ど……どうやって?」
「指示する。L2-D2とやってくれ、Y2コンソールはきみしか扱えない」
今はもう、軍には存在しないコンソールだ。
「リラお願い!」
メイヴの声。
懇願するような、周りの視線。
リラは震える息を大きく吸い込んだ。
「わかったわ、やってみる」
「リラ……」
ルークはリラの左手首を握った。
その手のなかに、ブレスレットの感触。
「今度は離すな」
ルークの揺れる二重虹彩を見つめた。
「きみを誰にも渡さない」
その言葉に、胸がつまって声が出なかった。
「行って」
リラは黙ったまま強くうなずいた。
【宇宙船メビウス号】
『このメビウス号は、独自の有機電力、神経菌糸ネットワークを搭載しております』
リラはL2-D2の説明に耳を傾けた。
「つまり、配線は生きている有機体だということね」
『さようでございます。宇宙から放射線を取り込み、エネルギーに変換しているのです。停泊する星の電力には依存しておりません』
L2-D2はフレキシブルアームでコックピットのシートをリラの方に向けた。
リラがシートにかけると、レーザーのような緑色の光が体をスキャンする。
『リラ・ミタライ、ようこそ。私はメビウスです』
メビウスがリラを認識した。
Y2コンソールでの起動はまず、操作パネルにタッチして、そのまま左下から右上に向かってドラッグするように動かす。
リラは液体金属のセンサーパネルに指先を置いた。
そのまま、すっと右上に動かす。
『コマンドをどうぞ』
反応した。
『ご主人さまとリンクコムをつなぎます』
軍の通信はかろうじて生きている。
ふわっと腕のリンクコムからルークの3Dホログラムが現れる。
『もう電力が切れる!』
『お願いあと5分なのよ!』
悲痛に響く医療室の声。
「ルーク! どうすれば?」
ルークは意外なことを口にした。
『初めて二人で見た星座を覚えてる?』
「星座? 道場裏で?」
『そう』
あのときの高揚する気持ちと、またたく星の光を思い出す。
「……春の大曲線?」
『そうだ』
ルークは優しく穏やかな表情でうなずいた。
『パネル上で、北斗七星から続く春の大曲線を指で描いて。一緒にするから』
ホログラムのルークはリラの後ろに立った。
リラはふたたびセンサーパネルに指先を置く。
その手に重なる大きな手。
背中越しに感じる温かい気配。
するとそこに、あの夜二人で見た星空が淡い銀色の光で浮かび上がった。
指が接触した部分がポワッと蛍の光のように灯る。
「これが神経菌糸なのね?」
『そうだ、生きてる』
リラはゆっくり、北斗七星の星の並びを形取ってなぞり始めた。
そこにルークの手が重なっている。
「北斗七星から……」
『アークトゥルス』
神経菌糸の光は本当に生きているようにリラの指先についてくる。
「そして……」
蒼白い星に、二人で指を沿わせた。
「スピカ」
『スピカ』
指の動きをスピカの位置で止めると、何かにカチッとはまったような、アナログな感触が指に伝わった。
次の瞬間、Y2コンソールの液体金属パネル全体が眩い銀色を放った。
その光の中に、古めかしいタイプライターが打たれるような規則的な音と共に、一列の数式が刻み込まれていく。
Y2_system = (E_StellarPulse ⊗ E_RilaResonance) → E_TerraGrid
数式が完成し、最後の一文字が打たれた瞬間、リラの指先から何かが逆流してきた。
「あ……っ」
思わず声が漏れ、視界が白銀に染まった。
そしてテラ軍基地の図面が、コンソールのパネル上に浮き上がるように現れた。
『そのまま神経菌糸の光を図面上の医療室にドラッグして』
3D映像のはずであるルークの手が、まるで実体を持っているかのようにリラの手を動かし、光を移動させていく。
図面上の医療室に、リラの指先から伸びた銀色の菌糸が血管のように張り巡らされていく。
すると医療室にポワンと一際大きな光が灯った。
と同時に、3Dホログラムで投影されていた医療室の電気が、チカチカっと点滅した。
『モニターが動きだした!』
『電力が戻ったぞ!』
向こうから聞こえてくる声。
「できた……」
リラは隣のルークの顔を見た。
『じょうず』
ルークは子どもに言うように優しくそう言った。
『メビウスのY2コンソールは、オレ以外にきみだけしか操作できない』
〝きみが好きだから、オレの特定の人になって〟
なぜか、あの夜のルークの告白の言葉が、リラの頭に蘇る。
ふられたはずなのに。
──裏切られた、はずなのに。
『リラさま。あなたさまはもう、今までのあなたさまではないのです』
隣のL2-D2がリラの方を向く。
『リラさまは、我が主の選ばれしパートナー』
「私が……?」
『この宇宙でたったひとり。星脈封印を解くために必要なパズルのピース』
L2-D2の目のような二つの光が、ふわっとピンク色に発光している。
『L2-D2、あまり大げさに言うな、オレが勝手に彼女に惚れてるだけだから』
いつもの冗談めかしたルークのセリフ。
けれど彼は確実に、今までのルークではなかった。




