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断罪のエクスタシア  作者: はまごん
3/3

第三話 襲撃

 ドンドンドン


 何処かから、ノック音が聞こえる。

 ドン、ドン、ドン


 もう一度。今度は、さっきよりも強く。

 夢と現実の間を彷徨(さまよ)っていた私の意識がゆっくりと戻っていく。窓越しに見える空は、まだ深い紺色に覆われていた。


「ごめんください、誰かいませんか?」


 見知らぬ男の野太い声が、外から響く。私は布団の上で起き上がり、小窓から頭を少し出して、真下にある玄関の方を見下ろした。


 ゴン、ゴン、ゴン


 さらにノック音が荒々しくなる。私の部屋と玄関は死角になっており、訪問者の姿を確認することはできない。


「……ユキ、起きて」


 私はそう言いながら、隣ですやすやと寝息を立てていた義妹——ユキの肩を揺らした。


「ん……なに? フィオ姉……」

「誰か、来たみたい」

「だれ……パパ……?」

「わからない、玄関に行かないと」


 私はそう言って、火を灯したランタンを片手に自室を後にした。廊下は夏場とは思えないほどひんやりと静かで冷たく、心臓の音がやけに大きく響いていた。私の左手の中でほんのりと温かく湿ったユキの手のひらだけが、私に平静を保たせていた。


 廊下を曲がると、ミラの部屋の戸が半開きになっていた。一足先に玄関へと向かったのだろうか。

 月明かりに照らされた空き部屋。ベッドは乱れたままで、誰もいない。私の胸の中で、何か得体の知れない嫌な予感が、繰り返し渦巻いていく。


 ——その時だった。


「答えろッ!!」


 男の怒声が廊下の向こうで響き渡る。同時に、何かが割れるような音。

 心臓の音がさらにうるさくなっていく。私はユキの手を振りほどき、荒い息を吐きながら、転げ落ちるように目の前の階段を駆け降りる。


「だから……知らないって!」


 玄関の先に、いた。

 ——首元にぎらつく剣の先端を突きつけられた、ミラの姿が。


 足元には割れたランタン。蝋燭(ろうそく)の炎が床板を黒く焦がしていた。

 ミラは依然として硬直している。乱れた黒髪。ゴクリという唾を飲み込む音。剣はすでに彼女の喉を浅く裂いており、脂汗と混ざった血液が、ぽたり、ぽたりと地面に落ちていく。


 その剣を手にする男は、真っ白なローブを羽織っていた。漆黒のマスクを目元につけており、顔は分からないが、唯一晒している口元は、無精髭(ぶしょうひげ)で覆われていた。


「最後にもう一度問う。“器”はどこだ」


 彼は、ミラに再びそう問いかける。殺気すらないその雰囲気からは、まるで話している相手を、人間とも思っていないような冷酷さが感じられた。


 そんな光景を前にして、私は――何もできない。十数メートル先で起こっているその光景を前にして、私はひどく怯えていた。子供たちを逃さなければ。ヴィル爺に助けを求めなければ。だが、声が出ない。体が、動かない。


「だから、知らないって言ってるだろっ……」


 ミラは彼に向かって、振り絞るような声でそう言った。


 数秒の沈黙。


 彼は、ミラに向けていた剣を、ゆっくりと引いた。

 それを見て安堵したミラは、誤解を解くために慌てて口を開ける。しかし——


「なあ、分かってくれただろ? 僕はそんなもの知ら——」

「ならば……死ね」

 

 そう言った直後、彼は剣を両手に持ち替える。そして素早く剣を頭上に構え————振り下ろした。


 音とは呼べないほど静かな斬撃音が辺りに響く。次の瞬間、ミラの顔がぱっくりと縦に割れた。血飛沫が舞い、男の(まと)う白装束が赤に染まっていく。


 そのまま彼女は後ろに倒れ込んだ。後頭部を勢いよく打ちつけたままぴたりと動かなくなり、その場で血溜まりが広がっていく。天井を仰いだ彼女の瞳が、徐々に生気を失っていく。


「…………えっ?」


 理解が出来なかった。理解、したく無かった。


「嘘……うそ……」


 ようやく動いた私の身体は、声にならない悲鳴をあげながら、必死にミラの元へ進もうとする。


「……まだ、生きているな」


 涙と嗚咽(おえつ)の中、一歩、また一歩、這いつくばるようにして近づいていく私の存在など、まるで無いかのように彼は振る舞い、止めを刺そうと再び剣を振り上げた。


「やめてッ————!」


 私は咄嗟に手を伸ばす。でも、届かない。

 その刹那(せつな)——顔の横を、何かが掠めた。


 激しい、金属の擦れるような音。何者かが、ミラへの攻撃を止めたのだと数秒経ってから私は気づく。


「黒魔術——《強制回復》五年付与」


 その声の主は、ヴィル爺だった。

 彼は、右手に青白い魔法陣を展開して剣の一撃を受け止める。そして、瀕死のミラの額にそっと手を当てながら再び詠唱した。


「第三階級魔法——|《転移》」


 彼は落ち着いた口調でそう言うとミラの身体が発光し、その姿が突然、音もなくどこかへと掻き消えた。それを見た白装束の男は一瞬驚いたような表情をした後、魔法陣に突き刺さった剣を引き抜いて、付着した血液を地面に振り払った。


「……隊長、追いますか?」

「いや……必要ない。たった“五年”だ、もうじき死ぬだろう……それに、あの娘は傷を負った。我らの望む“器”ではない。さて……」


 背後にいた一人の白装束の女に彼はそう告げ、再びヴィル爺の方に向き直して剣を構えた。


「……それを扱うとは。貴様、何者だ」

「わしはただのおいぼれよ……やはり来たな、アルト」

「なぜ、その名を——」


 ひどく動揺しながらそう言い終わる前に、ヴィル爺が先手を打つ。服に忍ばせてあったナイフを取り出し、それを勢いよくアルトに突きつけた。


 瞬く間に起こった出来事。彼は咄嗟にその攻撃を受け止めようとするが、それは惜しくも敵わない。手で受け止められたナイフの先端。それは深々と左目に突き刺さっていた。


 ヴィル爺はナイフを勢いよく引き抜く。噴き出す血飛沫、床に落ちたマスク。素顔をあらわにしたアルトは強く目を抑えながら、目の前の老人を睨みつけた。

 

 その目を見つめるヴィル爺は、悲しそうな表情をしながら言った。


「本当に、覚えていないんだな」


 アルトは再び剣を構える。もう一度戦闘が始まるその直前——ヴィル爺が、私の名前を呼んだ。


「フィオナ……子供たちを、頼んだぞ」


 先に動いたのはアルトだった。剣を前に突き出して頸を狙った一撃。ヴィル爺はそれを受け流しつつ、しゃがみ込んでの回避に成功する。

 攻撃後の一瞬の隙。それを彼は見逃さなかった。


「第四階級魔法——|《裂空》ッ!」


 そうヴィル爺は言いながら、宙に突き出された剣に向かってそのまま魔法を打ち込む。

 裂空——それは、触れている小物体を消し飛ばす、彼の出せる中で一番強い魔法。


 攻撃を受けた白装束の剣の刀身は、柄を残してその場で霧散した。攻撃手段を失ったその身体にとどめを刺そうと、ヴィル爺は彼の胸に再び|《裂空》を放っ————


 バンッ


 その時、一つの鋭い破裂音が辺りに響き渡った。鼻をつんざくような焦げくさい臭い。ヴィル爺の頭に、一つの小さな穴が空く。彼はそれにすら気付かぬまま息絶え、膝から崩れ落ちた。


 ——たった十数秒。わずかそれだけの間に、私は大切な家族を二人も失ったのか。


 そう自覚する前に、私の身体は先に動いていた。

 ヴィル爺の言葉が何度も頭の中で渦巻いていく。

 

 ——せめて、子供たちだけは。


 私は玄関に背を向けて走り出す——そして、一直線に皆の寝ている寝室へと向かった。

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