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【連載版】悪役令嬢に転生したけど前世で弁護士だったので第一皇子を訴えます!  作者: 雪丸


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7条 命懸けの答弁

 記録保管庫から客室へと戻ると、ヴィオレッタは謁見の前に再度身なりを整えた。

 そんなヴィオレッタに側近との話し合いを終えた公爵が近づいてきた。


「今回の謁見、お前は何も話すな」


「国王陛下から何か尋ねられた場合に答えないのは不敬ではありませんか?」


「陛下が今回の謁見でお前に話しかけることなどない」


 ヴィオレッタと同じ紅の瞳が鋭く光る。

 既にこの件の着地点は決められているのだろう。だから余計なことは言うなという圧だ。


「かしこまりました」


 ヴィオレッタは頭を下げる。

 その様子に公爵は満足げに頷いた。


「エーデルシュタイン卿、謁見の準備が整いました」


 いよいよ謁見だ。

 色々な思惑が絡みあう渦中に飛び込む時が来た。




 呼びに来た王直属の執事に連れられ王城の廊下を抜けると一際重厚な扉があった。この扉にも先ほどの記録保管庫のように王家の紋章が描かれている。

 そして、その重厚な扉が開かれた瞬間、ヴィオレッタは空気の重さを感じ取った。


 謁見の間。


 高い天井から吊るされた巨大なシャンデリア。

 赤い絨毯の先に置かれた玉座。

 左右に並ぶ重臣と近衛騎士たち。


 そして――既にそこに、セドリックはいた。


 第二皇子は玉座の少し下がった位置に立ち、静かに王へ何かを報告していたらしい。

 ヴィオレッタが入室した瞬間、その蒼い瞳がこちらへ向けられる。

 一瞬だけ、視線が交わる。


(……先に来ていたのですわね)


 書庫を出た後、「少し準備をしておく」とだけ言って別れていたが、どうやら王へ先に話を通していたらしい。


「エーデルシュタイン公爵ご到着!」


 侍従の声が響く。

 公爵に続いてヴィオレッタは優雅に一礼した。


「面を上げよ」


 国王の低い声。

 ゆっくり顔を上げると、王は興味深そうに彼女を見下ろしていた。

 その隣では、第一王子アシュレイが露骨に不快そうな顔をしている。


「……なるほど。セドリックが“直接会えば分かる”と言った意味が理解できた」


 王の言葉に、ヴィオレッタはほんの僅かに眉を動かした。


(余計なことを)


 だが隣のセドリックは表情一つ変えない。


「陛下。彼女は噂とは大きく異なります」


「随分と肩を持つではないか」


「事実を申し上げているだけです」


 淡々と返すセドリックに、アシュレイが鼻を鳴らした。


「陛下! 騙されてはいけません。この女は狡猾で――」


「後先考えずに公開断罪をしたやつに狡猾と言われるのは心外だろう」


 セドリックが鼻で笑いながら即座に返す。

 アシュレイの顔が赤く染まる。


「貴様……!」


「控えよ」


 王の一言でアシュレイが押し黙る。

 王は深く椅子に腰掛けたまま、ヴィオレッタを観察していた。


「ここに来る前にセドリックと共に記録保管庫に入ったそうだな」


 公爵には何も話すなと言われているが国王陛下は明らかにヴィオレッタに問いかけている。


(話しかけることは無いんじゃなかったの?)


 隣の公爵に視線を向けるも公爵は何も言ってこなかった。

 これ以上無言でいるわけにもいられないので、聞かれたことに答えることにした。


「おっしゃる通りでございます、陛下」


「何か面白いものは見つかったかな?」


「五十年前に起きた当時の第四王子アルフレッド殿下の婚約破棄騒動の記録を発見しました」


「そうであったか」


 国王陛下に驚いた様子は見られない。やはり既にセドリックによって報告済みの内容のようだ。

 だが、周囲の反応は違った。

 重臣たちの間に小さなどよめきが走る。


 アルフレッド第四王子婚約破棄騒動――。

 半世紀前、王家の権威を大きく揺るがせた問題だ。

 貴族社会に深い傷を残したその事件は、王城内では半ば禁句のように扱われている。


 それをヴィオレッタがこの場で口にした。

 アシュレイの眉間に皺が寄る。


「昔の話を持ち出して何の意味がある」


「前例は法の判断材料になります」


 ヴィオレッタは淡々と答えた。


「特に王族による婚約破棄のような政治問題であれば尚更です」


 アシュレイが苛立たしげに舌打ちする。


「だから貴様は――」


「アシュレイ」


 低い声音。

 国王の一声だけで、アシュレイは言葉を止めた。

 玉座の上から向けられる視線は鋭い。

 だが、その目には怒気よりも観察するような色が強かった。


「ヴィオレッタ嬢」


「はい、陛下」


「其方は、自分が今どれほど危うい橋を渡っているか理解しているか?」


 謁見の間の空気が張り詰める。

 重臣たちも、公爵すらも口を挟まない。

 ヴィオレッタは静かに王を見返した。


「理解しております」


「ほう?」


「王族の行動を法に照らして論じるなど極めて無礼を働いていることと存じます」


 その場の何人かが息を呑んだ。

 だがヴィオレッタは止まらない。


「ですが陛下。この国の法は、王家の威信を守るためにも存在しております」


 国王の目が細められる。


「続けよ」


「王族が法の外にあると思われれば、貴族は王家ではなく自らの武力と権益を信じ始めます」


 静寂。

 ヴィオレッタの声だけが、広い謁見の間に静かに響く。


「それは、王国の秩序の崩壊に繋がります」


 セドリックが小さく息を吐いた。


 ――やはり言った。


 そんな顔だった。

 隣の公爵は微動だにしていない。何を思っているのだろうか。


「つまり其方は、今回の件を放置すれば王家の威信が傷つくと?」


 国王の問い。

 ヴィオレッタは迷わず答えた。


「既に傷ついております」


 空気が凍り付いた。

 近衛騎士たちですら表情を硬くする。

 アシュレイが立ち上がる。


「無礼だ!!」


「座れ」


 国王の声は低く、絶対だった。

 アシュレイは悔しげに歯を食いしばりながら腰を下ろす。

 王はしばらくヴィオレッタを見つめていたが、やがて不意に笑った。


「……面白い」


 誰も声を出せなかった。

 王が笑った。

 しかも、こんな状況で。


「エーデルシュタイン卿」


「はっ」


 公爵が一歩前へ出る。


「娘の教育をどうしたのだ」


「陛下?」


「貴族令嬢ではなく、法学者でも育てたつもりか?」


 謁見の間に微かな緊張混じりの笑いが漏れる。

 公爵は無表情のまま答えた。


「娘が勝手に育っただけにございます」


 ヴィオレッタは内心で少しだけ驚いた。


(……庇いましたわね)


 少なくとも、ここで「余計なことを言うな」と切り捨てられると思っていた。

 だが公爵は違った。

 国王は頬杖をついたまま、ゆっくりと口を開く。


「さて――では聞こうか、ヴィオレッタ嬢」


 その蒼眼が鋭く細められる。


「其方は、この件をどう裁くべきだと思う?」


 文字通り命懸けの答弁が続く。


次回 8条 騒動の結末

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