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聖女のおもてなし  作者: 甘味 太郎
森の静寂(しじま)、一雫の波紋
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1話

【プロローグ:ハーブの香りと、黄金の宝石】




街の喧騒から少し外れた場所にある、カフェ『月溜まり(つきだまり)』

店内は、転移者たちが広めた「抽出」の技術で淹れられた、爽やかなハーブティーの香りで満たされている。


「……ん。おいしい。この『大地のボイル焼き』、お塩だけで、お芋の甘みがすごく、引き立ってる。」


窓際の席で、レンは幸せそうに口を動かしていた。

後ろで一つにまとめられた長い髪が、彼が動くたびに、ゆったりと揺れる。

師匠の真似をして纏めたその髪は、少しだけ、彼に大人びた影を落としているけれど、お芋を頬張る顔は、どこにでもいる穏やかな少年そのものだ。


「でしょー!レンくん、それ食べる時、本当に幸せそうな顔するよね!」


ウェイトレスのスージーが、トレイを抱えて笑いかける。


レンは「ふふ、そうなの?」と、おっとりした口調で返した。


ふと、窓の外を、カシャカシャと鎧の音を鳴らして歩く一団が通り過ぎる。

最先端の装備に身を包んだ「転移者」の勇者候補たち。

彼らの険しい表情と、店内の穏やかな時間は、まるで見えない壁で仕切られているみたいだ。


(レン:あ、彼らは。あんなに急いで、どこへ行くんだろう。それにしてもこのホクホクの食感ッ……!)


そこに、奥のカウンターから巨漢のマスターが歩み寄ってきて、小さな小皿をレンの前に置く。


『虹色ミツバチの、追熟ついじゅくバター』


「……え、マスター、これ?」


マスターはただ一言


『味は保証する』


「わあ、レンくんラッキー!マスターが半年も地下室で寝かせてた、特別なバターだよ!それ、熱々のお芋に乗せると……ね?」


スージーに促され、レンは黄金色に輝くバターを、お芋の断面にそっと乗せる。

じゅわっ、と溶け出す濃厚な香りと、虹色の光沢。


「ん。……っ、おいしい」


あまりの美味しさに、レンは言葉を失って、ただただ、温かい湯気の中で目を細めるのだった。



「ごちそうさまでした。マスター、お芋もバターも、最高だったよ」

「ああ。また来い」


短く、でも温かいマスターの言葉に見送られて、レンは店を出た。



ーーーー



一歩通りに出れば、そこはさっきの静寂が嘘のような、熱気に満ちた王都のメインストリート。

レンは長い髪を揺らしながら、トコトコとした足取りで歩き出す。


「ふふ、やっぱり今日は、人が多いね」


空を見上げれば、遠く雲の向こうに、うっすらと浮かぶ『天を突く方舟はこぶね』――選ばれた強者しか踏み込めないと言われる高難易度ダンジョンの威容が見える。


街の広場では、吟遊詩人が声を張り上げていた。


「聞いたか!北の果て、魔王の封印が揺らいでいるという噂を!」

「ああ、それに『太古の森』じゃ、木々が歌い、方位磁針が狂う怪現象が起きてるらしいぜ……」


レンはそんな物々しい噂話を、まるで他人事のように聞き流す。

道ゆく冒険者たちが腰に下げているのは、今王都で一番話題の武器屋『ヘパイストスの鉄槌』の刻印が入った剣。転移者の知識を取り入れたという、これまでにない鋭さを持つ武器だ。



「みんな、大変そうだなぁ。あ、あそこのハーブ見たことない形。師匠なら、何て言うかな」



不穏な世界の予兆と、最先端の武器。

そんな喧騒のど真ん中で、レンだけは道端に並ぶ珍しい植物に目を輝かせている。

世界がどれだけ激しく動き出そうとしても、彼の周りだけは、どこまでもゆるやかな時間が流れていた。


「あ、あのハーブ、葉先が三股になってる。珍しいなぁ」


レンが露店の隅っこで、くんくんとハーブの香りを確かめていると、背後から聞き覚えのある、懐かしい言語が聞こえてきた。


「やっぱり。その、放っておけなくなる立ち姿、レンだろ?」


振り返ると、そこには最新の魔導アーマーを身に纏った、見慣れた三人の日本人が立っていた。


「あ。ユウキくんに、リアちゃん。それに、ハルトくん。久しぶり」


リーダーのユウキが、ほっとしたように眉を下げて笑う。


「お前、学園を最速で卒業したきり音沙汰ないからさ。みんな心配してたんだぞ? ほら、お前……魔力量は凄いけど、使える術式が少なかっただろ?」

「ん。そうだね。ボク、不器用だから」


隣でリアが、少し申し訳なさそうにレンの肩を叩く。


「レンくん、無理してない? 転移者の私たちと違って、この世界で育つのは大変でしょ? 勇者の血筋の人たちみたいな特別な加護があるわけじゃないんだし……。何かあったら、すぐ私たちを頼ってね」


今の彼らは、自分たちが手に入れた強力な魔法とギフトの成長で、もうとっくにレンを追い越したと信じている。だからこそ、その言葉には純粋な「憐憫と優しさ」がこもっていた。


「ありがとう。ボクは、このハーブでお茶を淹れて、のんびりやるよ」

「はは、お前らしいな。俺たちはこれから『太古の森』の調査だ。あそこ、最近魔力の流れが歪んでて危険だから、近づいちゃダメだぞ?」


ハルトが優しく諭すように言って、三人は颯爽と去っていった。


レンは、彼らの背中を見送りながら、小さく首を傾げる。


(レン:みんな、凄く強くなったなぁ。あんなに真っ直ぐで力強い魔力……。でも、歪んでるのは森の魔力じゃなくて)


レンは「世界の歪み」をぼんやりと感じながら、ハーブの入った袋を大事そうに抱え直した。



ーーーー



(レンがハーブの袋を抱え、穏やかな夕暮れの中を歩いていく背中が遠ざかる)


――転移者という名の「選ばれし者」たちが、この世界のルールを解き明かし、正義と勝利を積み上げていく時代。

その眩い光の裏側で、一人の少年はただ、立ち昇るハーブの香りに目を細めていた。

彼が手にしているのは、最強の武器でも、伝説の術式でもない。

ただ、師匠から受け継いだ「自由」という名の、少しだけ不格好な心。

世界が魔王の影に怯え、英雄の再来を待ち望む中。

運命の歯車は、誰にも気づかれぬほど静かに、そしてゆっくりと――その「歪み」を深めていく。






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