001 罪を擦り付けられた男/混沌たる邪悪の神
視界を埋め尽くすのは、歓喜に沸く民衆の顔、顔、顔。
鼓膜を揺らすのは、正義の執行を称賛する耳障りな怒声。
「死ね! 王女殿下の仇!」
「この恥知らずの強姦魔め!」
石や汚物が投げつけられ、鳴上修の傷だらけの顔をさらに汚していく。
リンド城前広場。高く掲げられた処刑台の上で、鳴上は太い鉄の杭に身体を貫かれ、天に向けて磔にされていた。内臓を抉る激痛と、絶え間なく流れる己の血の臭い。背中に焼き付けられた『封印の紋』が、魔力を封じるだけでなく、絶えず焼けるような苦痛を全身に発信し続けている。
最悪の監獄タルタロスでの二年間。極悪人たちから受けた想像を絶する暴力の数々は、かつて勇者パーティを裏から支え続けた青年の肉体を、見る影もなく破壊し尽くしていた。
「やめてくれ……頼む……」
薄れゆく意識の中、広場の特等席で見下ろす「かつての仲間たち」の顔が見えた。
聖なる力を纏う、輝かしき勇者グレン。彼は悲痛な顔を作っているが、その瞳の奥には明らかな嘲笑が浮かんでいた。
グレンの傍らには、彼を慕う陽刀の使い手、ベティ。
あからさまな偽造証拠を作り上げた天才発明家、テッド。
目を伏せ、ただ黙り込む暗殺者のタバト。
冷ややかな笑みを浮かべる天才魔法使いにして淫婦、アルミア。
そして、己をタルタロスの底へ突き落とした巨漢の重戦士、ブロム。
六年間、共に死線を潜り抜け、魔王ダゴンを討伐した仲間たち。
だが、彼らは勇者グレンの蛮行――あろうことか、気高く美しいリンド王国のルル王女を強姦し、殺害したという大罪――を隠蔽するため、もっとも立場の弱かった鳴上をスケープゴートにしたのだ。
「これより、大罪人ナルカミ・シュウの処刑を執り行う!」
処刑人ベルガの野太い声が響く。
大斧が、陽光を反射してギラリと光った。
(僕は何もやってないんだッッッ!!)
憎悪に満ちた悲鳴を心の内に吐き出した瞬間。
鈍い衝撃と共に、鳴上の視界は天地を逆さにし、やがて深い闇へと沈んでいった。
***
『――鄒弱@縺�ょョ溘↓鄒弱@縺�オカ譛帙□縲∝ョ壼多縺ョ閠�h』
声がした。
男とも女とも、老骨とも赤子ともつかない、幾千の音が混ざり合ったような不気味な声。
『謌代�繝九Ε繝ォ繝ゥ繝医�繝��縲る吶>蟇�k豺キ豐後ゅ♀蜑阪�螂・蠎輔〒辣ョ縺医◆縺弱k縲√◎縺ョ縺ゥ縺咎サ偵>諞取が窶ヲ窶ヲ閾ウ荳翫�萓帷黄縺ァ縺ゅk縲ら炊荳榊ース縺ォ雕上∩縺ォ縺倥i繧後◆辟。蜉帙�鬲ゅh縲∵�縺後♀蜑阪↓縲千�エ貊��蜉帙代r縺上l縺ヲ繧�m縺�ゅ&縺ゅ∬ク翫l縲ゅ≠縺ョ蟆丞・�コ励↑邇句嵜繧偵∵キキ豐後→縺�≧蜷阪�豕・蝨溘〒蝪励j貎ー縺吶′縺�>』
粘り気のある言葉が脳髄に直接染み込んでくる。
次の瞬間、肺が機能を取り戻し、鳴上はむせ返るような死臭を吸い込んで跳ね起きた。
「ガハッ……! ゲホッ、ァ……!」
周囲は薄暗く、じめじめとしている。見渡せば、そこは山のように積まれた死体の山だった。どうやら、処刑された罪人たちが放り込まれる城の地下焼却場らしい。
鳴上は自分の首を触る。繋がっている。処刑人ベルガの大斧に断ち切られたはずの首が、不気味なほど滑らかに胴体と癒着していた。背中に刻まれていた封印の紋も、今は黒い泥のような不可解な紋様に侵食され、機能を失っているのがわかる。
「おい! なんだあいつ、死体の中から起き上がったぞ!」
「ひぃっ、バケモノか!?」
偶然その場に居合わせた焼却場の管理スタッフたちが、腰を抜かして悲鳴を上げた。
鳴上は状況を把握するより前に、本能に従って駆け出した。裸同然の足で、血と脂にまみれた石畳を蹴り、地下水路へと逃げ込む。六年間のサポーターとしての経験――逃走と索敵のスキルだけは、まだ体に染み付いていた。
しかし、運命はどこまでも彼を嘲笑う。
複雑な地下通路を抜け、ようやく人気のない裏路地へ出たと思った直後だった。
「おやァ? こいつぁ、ついさっき広場で首と胴体がお別れした、王女殺しのサポーターさんじゃねえか」
「ヒャハハ! 焼却場から死体が逃げたって報告があったが、こいつのことかよ。ベルガのおっさんも焼きが回ったな。きちんと殺せてねえじゃねえか」
現れたのは、王国兵士の鎧を着た二人組、ゼンとデルマだった。
ニヤリと笑みを浮かべ、剣を抜く二人。
「ま、待って! 僕は、何も――」
弁明の言葉は、喉の途中で迷子になった。
デルマの振るった刃が、無慈悲に鳴上の首を薙ぎ払ったからだ。
ゴトリ、と。
鳴上の頭部が石畳に落ちる。視界が再び地に落ち、自らの首なしの胴体が立つのが見えた。
「ハッ! 今度こそ一丁上がりだ」
兵士たちが笑い合う声が遠く聞こえる。
その時だった。
『――謌代r蠢倥l繧九↑縲ゅ♀蜑阪�繧ゅ≧縲√◆縺�縺ョ閼�シア縺ェ莠コ髢薙〒縺ッ縺ェ縺��縺�』
脳内に、ふたたびあの冒涜的な声が響いた。
直後、鳴上の意識は深い水底へと沈み、代わりに「何か別のもの」が表層へと這い上がってきた。
意識が朦朧とする中、鳴上は客観的な視点で「自分の体」が動くのを見た。
首を失ったはずの鳴上の胴体が、ゆっくりとしゃがみ込み、自らの頭部を両手で拾い上げたのだ。
「は……? な、なんだこいつ……動いて……!」
「ヒィィッ!?」
ゼンとデルマの顔が、嘲笑から極限の恐怖へと歪む。
鳴上の胴体は拾い上げた頭部を、自らの首の断面へと押し当てた。その瞬間、断面から黒いタールのような触手が無数に溢れ出し、縫い合わせるように肉と骨を繋ぎ止めていく。
コキリ、と首が鳴る。
次の瞬間、鳴上の肉体は文字通り「消失」したように見えた。
いや、圧倒的な速度で移動したのだ。
気づけば、兵士ゼンの懐に潜り込んでいた。
「ギャアアアアアアッ!?」
ゼンの右腕が、根元から引き千切られていた。鳴上の両手が、まるで濡れた紙でも破くかのような無造作な動作で、鋼の鎧ごと腕を毟り取ったのだ。噴き出す鮮血が路地を赤く染める。
「ば、バケモ――」
逃げようとしたデルマの顔面に、鳴上の拳がめり込んだ。
頭蓋骨が砕ける嫌な音が響き、デルマの体は錐揉み回転して石壁に激突する。ピクピクと痙攣するデルマの四肢を、鳴上は無表情のまま、一本、また一本と、まるで昆虫の羽をむしる子供のように、ぐちゃぐちゃに引き裂き、へし折っていった。
「ア……ガ……ァ……」
数分後。路地裏に残されたのは、原型を留めない二つの肉塊だけだった。
赤い霧が晴れるように、鳴上の意識が明瞭になる。
己の手を見下ろす。べっとりとこびりついた、生温かい血と肉片。足元には四肢をもがれた兵士たちの残骸。
「……ひどい散らかりようだな。僕がやったんですか、これ」
震える手で自身の首を撫でる。傷跡一つない。
身体の内側から、かつて感じたことのない、底知れぬ圧倒的な力――混沌とした暗い魔力が溢れ出しているのがわかった。
人間としての理から外れた、不死で異形の肉体。
彼はまだ知らぬ――混沌の神が与えた、悪意と破滅の結晶。
鳴上は、血まみれの顔で、ゆっくりと笑みを浮かべた。
口角が異常なまでに吊り上がり、狂気を孕んだ瞳が三日月のように細まる。
「あぁ……そうか。僕って、もう……」
鳴上は自然とその事実を受け入れた――自分がすでに人ではなく、怪物の領域に足を踏み入れていることに。
脳裏に浮かぶのは、美しいルル王女の死に顔と、それを踏みにじった六人の顔。
聖なる力を誇る勇者、グレン。
盲目的な恋慕に狂った女、ベティ。
知恵を悪用した卑劣漢、テッド。
恩義に縛られ真実から目を背けた暗殺者、タバト。
享楽のために全てを弄んだ魔女、アルミア。
保身のために弟分を売った男、ブロム。
「さてと。まずは誰からバラバラにしましょうか。皆さんには、とびきりの絶望をプレゼントしないと」
夜の帳が下りる王都の片隅で、不死の復讐鬼が産声を上げた。
これは、救国を騙る偽りの勇者たちに向けた、血と混沌に塗れた凄惨なる復讐劇の始まりに過ぎない。




