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耳よりも高い位置で縛っていたゴムを外すと、重さを取り戻した髪がばさりと肩に落ちる。
濡れた束が首筋に張り付き、水滴が鎖骨をなぞって落ちていった。
冷たさに思わず身をすくめ、小さく震える。
胸元に貼りついたメイド服を剥がそうとすると、生地が肌に吸いついて離れない。
力を入れるたびに「ぴちゃり」と水音がして、冷たい布が肌を引き剥がす感覚が続く。
濡れたレースやリボンが重たく垂れ下がり、普段なら愛らしさを引き立てる装飾が今は惨めさを際立たせていた。
胸にかかった布をはがすとき、思わず息が詰まる。
長い髪は肩から胸元へと流れ、ところどころ絡まり、乱れている。
その下の裸身は、決して貧相ではない。
むしろ年齢に似合わぬほど女性的で、濡れた曲線が鏡越しにやけに生々しく映っていた。
少女らしからぬ張りのある胸が重さを増して揺れ、布地がじりじりと音を立てながら剥がれていく。
下に着ていたタイツは、どこかで引っ掛けていたのか、電線が走っていて破れ目から白い肌がのぞいていた。
脱ぎ捨てられた服の山を見下ろし、全身を覆っていた重さが一枚ごとに剥がれ落ちていくように感じた。
だがその分、裸になった自分の無防備さがいやに際立って、息が詰まる。
鏡に映った自分の姿をふと見てしまい、思わず目を逸らす。
髪を解いたままの濡れた裸体。
そこに映るのは、気高くも華やかでもない──ただ、居場所をなくした少女の姿だった。
鏡の前に立ったまま、視線を自分に向ける。濡れた髪が鎖骨に張り付き、水滴がゆっくりと胸の谷間を伝って落ちていく。
両手で胸を覆うようにして、ぎゅっと押さえ込む。「……こんなもの、いらないのに」かすれた声が零れた。
笑顔を無理に作り続けた日々を思い出す。──笑えば笑うほど、誰かの目がいやらしく歪んでいった。──信じてほしかった人は、ただ黙って目を逸らした。
胸に添えた手に力を込める。消えてしまえばいいと願うのに、鏡に映るのはどうしても女の身体。それが、自分を追い詰めた現実の証のように思えてならなかった。
「……ほんと、野良猫ね」唇から漏れた言葉は、タイルに吸い込まれて消える。
けれどその口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。小さすぎて、自分でも気づかないほどの笑み。
シャワーのレバーをひねると、温かな蒸気が一気に立ちのぼった。浴室はもう十分に温まっている。温度計は四十二度を示し、その数字にわずかに緊張する。
私は湯船には入らず、まずシャワーを選んだ。シャワーヘッドはホテルのように位置を変えられるタイプ。けれど奥さんも娘さんも平均的な身長なのだろう、普段から高い位置に固定されてはいない。それでも、百四十二センチの自分にはまだ少し遠い。厚底のメリージェーンで誤魔化していた高さが、裸足になるとごまかせなくなる。
「……まあ、いいか」わざわざ位置を変えるのも億劫で、そのまま浴びた。勢いよく降り注いだ湯が髪に当たり、解き放ったばかりの束がぴたりと背中に張りつく。
──耳が汚れてるぞ。あの人の声が、ふいに蘇った。髪を解いたとき鏡で気づいたツインテールについた汚れ。耳のことじゃなく、髪のことを言っていたのだと、今になって思う。気づけば、さっきと同じように口元がわずかに緩んでいた。
シャンプーボトルを手に取る。普段の家では見たこともない高級そうなパッケージ。「娘さんは小さい頃からこんないい物を使ってたのかしら……」思わず小さく呟いて、驚く。こんな状況なのに、少しずつ周囲を理解できている自分に。
雨に濡れたせいか、ウォータープルーフのマスカラももう限界だった。唯一の友達に借りたグロスも色を失い、頬を流れる水滴に溶けている。
「……勝手に使っていいのかな」そう呟きながら、シャンプーを棚に戻し、代わりにクレンジングに手を伸ばす。初めてブリーチを入れてピンクを染めた髪は絡まりやすく、高級そうなシャンプーでも今は洗う気になれなかった。
恐る恐るクレンジングを肌にのばす。普段よりもずっと落ちやすい気がするのは、雨でほとんど流されていたからかもしれない。
──こんな顔を、あの人に見せていたんだ。一瞬、恥じらいが胸をかすめる。でも、私は彼の顔をろくに見ていなかった。覚えているのは、私を猫か何かと勘違いしてるのかしら。と思う変な言動と大人の男性という雰囲気くらい。
……ただ。声が。ほんの少しだけ、本当の父親に似ていた。
ここまで読んでくれてありがとにゃん♡
猫の物語は、毎週木曜日の17時に更新なのですにゃ!
また遊びに来てくれたら超うれしいにゃ〜ん♪




