第30話 カイル邸
「アトス様、ようこそおいでくださいました。カイル様は今来客中でして、こちらでしばしお待ちください」
執事と名乗る男は丁寧に挨拶をし、アトスを応接室に案内する。
アトスが椅子にかけると、給仕が品の良い紅茶を淹れる。
給仕がおじぎをして立ち去ると、アトスは広い部屋に一人になった。
タンバサ王家のそれと比べても遜色ないと思われるほど立派な応接室だ。
商人って儲かるんだなとアトスは思った。
少しでも時間があると、魔法具について思案し始めるアトス。
次の魔法具はどんなものにしようか。
マジグラミンを活かすにはどのような魔法具を作ればいいか、等々。
考えても中々いい案は出てこないが、それでも思考を巡らせること自体をアトスは楽しんでいた。
魔法の手の時もそうだったが、実際に使ってみた人達の意見を取り入れることでより良い物になった。
そう言えば鷹の目もそうだったな、とアトスは苦笑した。
遊び心も交じって格好いいと思っていた眼鏡型魔法具だったのだが、使用者からすると眼鏡をかけなければならないというのは不便だったらしい。
見た目の問題もあるだろうし、元々眼鏡を使っている者には使えなくなってしまう。
いや、実際のところは眼鏡型というだけでかける必要はないのだが、手持ちで使うには不便な形であるのは間違いない。
そう考えると、やはり実際に使う側の立場からの意見と言うのはとても大切なものなのだ。
アトスが思案にふけっていると、ドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。
「アトス殿、おまたせしました」
要件を済ませたカイルが急いで来てくれたようだ。
「カイル、忙しい時に済まない」
「いえいえ。アトス殿とお会いできるならいつでも時間をつくりますぞ」
「早速だが、この街で商店を開きたいんだ」
「魔法具のお店ですな?」
「あぁ」
「それでしたら、私どもカイル商会のお店をお貸ししてもよろしいですが。もしくは、商品をお預かりして私どものお店でお売りすることもできますぞ」
「ふむ。それも良いな。その場合の手数料も含めて話を進めて良いか?」
「もちろんです。私どもにあの商品を扱わせていただければ、世界のあちこちで売ることも可能ですぞ」
「へぇ、それは凄いな。では、魔法石の販売はカイルに任せたい。魔法具はまだ数が揃わなくてな」
「なるほど。では、魔法石はこちらで取り扱いするということで」
「手数料だが、相場もなにも分からないんだ」
「相場は物によって変わりますが、販売価格の2~4割と言ったところでしょうか。値が高く販売数の少ないものほど手数料が高くなる傾向ですな」
「ふむ。こういうのはどうだ? 俺からカイル商会に販売する。それをいくらで売るかはカイル商会の自由だ」
「それだと私どもの儲けが大きすぎることになりかねませんぞ」
「構わない。これからカイルとは長い付き合いを望んでいる。魔法石については商売のイロハや諸々の礼も込めて、ということでどうだ」
「ふむ・・・では、最初はその形で取り扱わせていただき、実際の販売価格と売れ行きからまたご相談ということでどうでしょう」
「それでいいのか?」
「えぇ。商売の基本はお互いに儲かることです。自分だけが儲かるようなことをしていてはいずれ立ち行かなくなります。それに、礼をしたいのは私も同じですので」
「じゃあそれでいこう」
こうして、お互いに相手の利益を尊重する形で話がまとまった。
固い話はここまでとして、ここからは魔法具について熱く語り合う時間となった。
試作しているものを含め開発案に挙がっているものどれもが、カイルにも魅力的に映ったらしい。
目をキラキラと輝かせ、事細かに尋ねては返答に感動するというのを繰り返している。
特に新型鷹の目と黒の杖は行商の安全性を大きく向上させるから早めに作って欲しいと嘆願するほどだ。
現在出ている案についてひとしきり話しをした後、アトスは他にどんな魔法具があれば便利だろうかと尋ねた。
カイルは商人として欲しいもの、それから商品として求められそうなものという二つの観点で案を出す。
一つは馬車について。馬車はその性質上、どうしても乗り心地という面が問題となることが多い。特に舗装されていない道を走る場合などは、かなり速度を落とさなければ中に乗っていられたものではない。その点を改善できれば、貴族や商人など基本的に馬車を利用する人々はもちろん、騎士団にも大好評となるだろうと言う。
さらに馬車に関するものだが、振動による乗り心地を改善できたとして、その次は馬車の速度向上だ。長距離移動ともなると、どうしても馬の疲労が出てくるため馬の休憩や替え馬が必要となる。どちらも時間のロスが大きく、特に替え馬が必要な場合は少し遠回りすることになることが多く、費用も大きくかかる。
なるほど、とアトスはワクワクしながら聞き入っている。このカイルの提案は、まだ馬車に乗ったことがないアトスには出ない発想であった。
もう一つカイルは提案する。
それはお風呂に関するものだった。カイルだけでなく、商人や身分の高い物にはきれい好きが多いらしい。そう言った者たちは当然お屋敷に立派なお風呂がある。
ところが、庶民の家にはお風呂が無いこともしばしばあるそうだ。あったとしても、お湯を沸かすことも面倒で毎日入る者はほとんどいないらしい。
だが、それはお風呂が嫌いだということではなく、立派なお風呂を買うにはお金がかかり過ぎて庶民には手が出せないかららしい。何とか頑張って買ったお風呂は使い勝手が悪く、リラックスするというよりは汚れを落とすために仕方なく利用するぐらいのものらしい。
さらに、今お風呂の開発に力を入れている者達もいるらしいが難航しているようだ。
このような背景があるため、比較的安価で簡単に使えるお風呂を作ることができれば売れるだろう、とカイルは言う。
そう言えば、マジグラミンの試作として『どこでも蛇口』を考えていたことを思い出し、こんなものも考えているんだとカイルに説明する。
カイルは興奮気味に、それですよ! と力強く応える。さらにアトスが『シャワー型』の構想を話すと、もう大興奮だった。どうやらこの世界にシャワーは無いようだ。
「そのシャワー型蛇口ができたらぜひ私に売ってくだされ!」と強く懇願する。
「色々と作りたいんだが、これを作れる鍛冶師が二人しかいなくてな。新型の開発と量産を両立することが難しいんだ」
「なるほど、そうでしたか」
「初回分の魔法石を今ここで渡しても良いか?」
「もちろんですとも」
カイルは使用人を呼び、魔法石を入れる箱をいくつか持ってこさせる。
初回分として卸す魔法石は以下の五種類だ。
・持続強化×2(10分)
・持続強化×3(10分)
・探索映写(70m)
・範囲回復(5m、最大10人)
・探索討伐(10m、最大5体)
「いくつずつあれば良い?」
「そうですな・・・・・・できるだけ多く欲しいというのが本音です」
「そうか。なら千個ずつでどうだ」
「せ、千個ですか」
「少ないか?」
「いえ、十分です」
アトスはあっという間に魔法石を作成する。
「一つ辺り銀貨三枚、しめて金貨1,500枚でどうでしょう」
「そんなに貰って商売が成り立つのか?」
「はい。しっかり儲けさせてもらいますぞ」
「そうか。ならそれでいい」
こうして、アトスとカイルの商談は成立した。
お互いに大きな利を得るという、これ以上ない商談となった。
「次から来るときは、玄関にくればよいか? 直接この部屋に来ることも可能だが」
「はっ? あの、それはどういうことです?」
「あぁ、こうやってな」
アトスは街の外に転移門を繋ぐ。
「は、はは、なるほど。やはりアトス殿はとんでもないお方ですな」
カイルも使用人たちも度肝を抜かれたようだ。
「お越しの際は玄関でお願いできますかな。どの部屋で商談中かも分かりませんのでな」
「分かった」
転移門をくぐろうとするアトスに、カイルが声をかける。
「そう言えば、北西の湖近くに鍛冶師だった者が住んでいるという噂を聞いたことがありますぞ」
「ありがとう。行ってみる」
「はい。では、また」
「あぁ、また」
「鍛冶師だった者、か。引退したという事か? ダメ元で会いに行ってみるか」
こうしてアトスの次の目的地が決まった。
次話は明日アップ予定。
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