第二幕:ノアルスイユ侯爵家専用席⑦
というわけで、王都に出てきたジュリエットはノアルスイユ侯爵家に滞在中だ。
三男の一存でほぼほぼ赤の他人の令嬢を勝手に連れて来られたノアルスイユ侯爵夫人の反応が心配だったが、夫人はひと目でジュリエットを気に入った。
夫人の子は男子ばかり4人。
「いつか息子たちにお嫁さんが来てくれたら、女同士できゃっきゃうふふするんだ……」と、男子四人の子育てに追われながら長年夢見て来たのに、長男が結婚した瞬間、「既に貴族女性として完成されている息子の妻にべたべたして、過干渉と思われたらマズいことになる」と気がついてしまった。
だがジュリエットは、ほぼほぼ素材状態。
身体能力が高く、地頭も良いようで、ちょっとなにか教えれば、打てば響くように吸収し、夫人に真っ直ぐに感謝してくれる。
というわけで、侯爵夫人は本腰を入れて令嬢教育を始めた。
ワルツを踊ったこともないと聞けば、ダンスの教師を呼んでレッスンを受けさせたりと大騒ぎだ。
男爵家のドレスはあんまりだ、新しいものを用意してやりたいということになって、アルフォンスも費用を出した。
少し慣れたところで、夫人は、あまり格式張らないサロンにジュリエットを連れて行きはじめた。
そういう時は、アルフォンスもお忍びでちゃっかり顔を出した。
演技するまでもなく、アルフォンスは元気で素直なジュリエットがかわいいし、ジュリエットもアルフォンスになついているので、ちょいちょい甘えてくる。
令嬢に必要な教養を身につけるためと、美術館に連れていったりもした。
二人のやりとりを目にした人の間から、アルフォンスが男爵令嬢と「親しい」ようだという話が自然に広がり始めた。
当然、カタリナはすぐに把握しているはずだ。
ここは思い切って、カタリナが出てくるような場にジュリエットを連れていき、「仲良し」なところを見せるべきかと迷っていたところに、いきなり劇場でかち合ってしまった。
しかも、ジュスティーヌもいる。
カタリナだけなら、この場でジュリエットをエスコートし、親しげに振る舞って見せるのはアリだった。
だが、ジュスティーヌの前でそんなことをしたら、今度という今度は見限られるかもしれない。
ジュスティーヌは、無理に王太子妃にならなくても、ドニと結婚してシャラントン公爵家に残っても全然問題ないのだ。
むしろ、公爵とドニはそうなることを明らかに望んでいる。
幸か不幸か、伯母に召喚をかけられたので、今夜はカタリナにもジュスティーヌにも会わずに済ませられそうではあるが。
ジュスティーヌにはジュリエットとはなんでもないとわかってもらい、カタリナにはなにやらあると思わせるようにするには、どうすればいいのだろうか。
次にアルフォンスが出席する舞踏会には、ジュスティーヌもカタリナも出席する。
どうにかジュスティーヌだけに巧く伝えられればよいのだが──
アルフォンスがぐだぐだと沈思黙考するうち、第二幕はほとんど終わっていた。
「む……」
妻を昔の恋人に持っていかれそうになっている夫役のバリトンが、夜の庭に一人だけ残り、妻への思いをこめた「二度と見つけられない」を歌いはじめた。
自分の愛を失ったら君は不幸になる、一度失ったら一生かけて探しても、自分のように君を愛する者は見つからないのだと訴える。
七色のライトで舞台が目まぐるしく彩られる中、バリトンは夫のせつない心情を甘いメロディーに乗せていた。
この芝居、元恋人と夫の間で揺れる侯爵夫人は、最後の最後で夫のもとに戻る。
第三幕では、元恋人と歌った「愛とは奇妙で悲しいもの」を今度は夫と歌うのだ。
なかなか皮肉な結末だ。
少し前、叔父のコンスタンティンに会った時、一見軽いコメディに見えるが、主役級3人には繊細な演技が要求されるのだと言っていた。
元恋人が軽薄すぎると彼に靡くヒロインが尻軽に見えてしまうし、かと言って真摯に見えすぎると結局昔の恋を捨てるヒロインが非情すぎる。
堅物の夫との間に隙間風が吹いている描写は必要だが、夫の魅力が伝わらないとヒロインがどうして戻るのか説得力がなくなる。
そのあたり、少なくともこの場面は巧く表現されているようだ。
さすが叔父上と感心しながら、ふと向かいの席を見ると、カタリナはじいっとアルフォンスの方を見ていた。
この歌のように、自分の愛はアルフォンスの人生にとってかけがえのないものだとでも言いたいのだろうか。
アルフォンスが動揺しているうちに、大きな拍手と共に第二幕の幕が降りた。
Lou Rawls - You'll Never Find Another Love Like Mine (Official Soul Train Video)
https://www.youtube.com/watch?v=BUh3Hj2-cCo




